宴、初日(1) ・・・歌合せ
宴のお話がしばらく続きます。
宴の初日です。あいにくの晴天です。雨を降らせる光の玉出せないかしら?
しかしそんな技が出来ましたら、私は間違いなく京で監禁されますね。
この時代、雨乞いは死活問題ですから。
宴は私の命名を祝って催される訳で、つまりは私が主役です。
……ということで、受付担当は私です。
OL時代に何度か代打で受付業務をしましたが、あの経験が役に立つとは人生分からないモノです。
アシスタントは家人の皆さん。
普段はボロを纏っている家人さんたちですが、今日は身綺麗にして別人の様です。
昨夜は全員に風呂に入る事を厳命しました。
『第一印象が大事! 汚れた湯船、洗える! 汚れた印象、洗えない! つべこべ言わず入れー!』……というやり取りがありましたが。
開始は正午前の予定ですが、ぞろぞろと到着するお客様を迎えします。
お泊まりする豪族の方々には家人の皆さんに簡易宿泊施設にご案内します。
新年の宴に来た近隣の国造の方々も再訪なさいました。
注文していない子供達ももれなく付いてきました。
無邪気な子供達はまたご馳走が食べられる事を楽しみにしているみたいです。
「来てやったぞ! おい、食事食わせろ」
(ピキッ)
前回は同じ立場同士での交友でしたから見逃して貰えましたが、今回は中央の方もお見えになるので居合わせないよう気をつけた方がいいと思うのだけど……。
一応、親御さんには釘を刺しておきました。
「此度はわざわざお越しくださり有り難く存じます。
忌部首の氏上様を始め、中央の有力者や後宮からのお客様がお越しになられる予定が御座います故、宴の席では童子らの粗相には十分お気をつけてなさいますよう伏してお願い致します」
(意訳:中央の偉い人に見せられない様な悪童は遠ざけておかないと、後でどうなっても知らないよ)
「うむ、助言感謝する。ところで姫殿はあの舞を舞われるのかな?」
「忌部氏の巫女様による素晴らしい舞を堪能して頂いた後、最後のご挨拶のついでに拙い舞をご披露する事になります」
(意訳:忌部氏の巫女さん達の舞を観たら帰ってね)
「それは楽しみだな。期待しよう」
……言った事通じたかな?
あまりの長文に、普段使っていない口輪筋が悲鳴をあげています。
チューン!
そうこうしている内にゾロゾロと近隣の有力者さん達がやってきて、土産の品を運んできます。
私は目録を帳簿に書き入れていき、返礼に今や名産品となった竹の扇子をお渡しします。
無地の扇子では味気ないので、それぞれの扇子に現代で習って記憶に残っている百人一首の叙景歌を書き入れました。
『忍ぶれど色に出でにけりわが恋は……』なんて幼女が恋愛の歌を歌ったらドン引きですからね。
それに百人一首なら著作権フリーですから大丈夫! ………ですよね?
【天の声】アウトだと思うぞ。この後どうなっても知らん!
あ、忌部首子麻呂様がお見えになりました。
予め決めてあったハンドサインを私の後ろに控えていた傘持ちのお姉さんに出します。
サインを受けたお姉さんは急いで屋敷へと向かいお爺さんとお婆さんを呼びにいき、私は身なりの綺麗な家人さんをズラリと整列させます。
現代の事務経験でも大切なお客様の来社を出迎える時、同じ事をしました。
並び方、姿勢、表情まで厳しく姫チェックしてあります。
「礼!」
出迎えの家人さん達が一斉に頭を下げます。
……ずっと下げます。
氏上様が私の目の前に来た時、ようやく礼をやめます。
氏上様御一行の皆さん、少〜し引いていた様な気がしますが、多分気のせいでしょう。
お爺さん達も到着しました。
「これはこれは、遠い所を御出で下さり大変恐縮で御座います。
此度は娘、かぐやのために御足労頂き感謝の念に絶えません」
お爺さんが昨夜考えていた台詞を一気に読み上げます。
「造麻呂殿、この様な目出度き霽れの席に招いて頂くことを感謝する。
姫様におきましてはご健勝であらせる事をお喜び致します」
「忌部首子麻呂様、斯様なご配慮を頂き、皆様からの並々ならぬご協力を感謝いたします。
秋田様に頂いたかぐやの名に恥じぬ宴となる事でしょう。
ごゆるりとお過ごし下さいませ」
私も暗記していた台詞を読み上げて、和歌入りの豪華仕様版の扇子を氏上様と横にいる側近さんに手渡しました。
側近さんの髪の毛は完全に復活しているみたいでホッとしました。
ふと見ると、氏上様の後ろに私より少し年上らしき女の子がいます。忌部氏のお姫様かな?
後でご挨拶しましょう。
それにしてもお土産が凄いです。
今までやって来たお客様全員のお土産を足しても、忌部氏様の勝ちです。
運ぶのも大変だったのではないでしょうか?
ともあれ、本日の主賓がいらっしゃいましたので、そろそろ宴も開演です。
私も準備に入りましょう。
あ、でもその前に氏上様には一つお願いしなくては……。
◇◇◇◇◇
最初の挨拶は主催者の仕事です。
脳内では、朝礼の挨拶をしようとしたらマイクが「キィぃ〜ん」とハウリングを起こして少し戸惑っている校長先生の姿と今のお爺さんの姿が被ります。
頑張って〜!
「わ、わ、我が娘、か、か、かぐやの命名を祝う、うたぐ…宴に、お集まり下さり感謝じゃ、……感謝の念に絶えない。今宵は歌に管絃に大いに楽しんで下され、じゃ」
うーん、二〇点。
噛み方が漫画レベルで酷かったですね。
緊張のあまり普段の口調が抜けなかったみたいですし、無理矢理カラオケに連れて行かれた新人君並みに声のハリがありませんでした。
秋田様が後を引き継ぎます。
「それでは萬田郎女による舞を奉納致します」
挨拶が終わると同時に楽隊の音楽が始まります。
今回は和琴 、龍笛、高麗笛、鍾、笙、バチで叩く鼓、など現代で演奏してもお金が取れる豪勢な楽隊の皆さんが揃っています。
聞くだけだったらどんなに気楽に鑑賞できていたのか……。
萬田先生の舞は見事の一言で、周りの注目を一身に集めて踊りきりました。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
初っ端から拍手喝采、観客さん総立ちです。
私も夢中に拍手するくらいに良かったです。
しかし同じ舞台に私が上がる事を考えますと、『敵・前・逃・亡』、の4文字が脳裏をかすめます。
さて、オープニングセレモニーも終わり、寒空の下での歌合せはさすがに過酷なので、屋敷の大広間で行われます。皆さん、ゾロゾロと屋敷の中に移動です。
歌合せの司会進行は秋田様です。
歌に覚えのある方々が左右の席に分かれて座っております。
設けられた御簾の向こうの一番の上座には氏上様が座っております。
私は客席からの観覧です。
自分の舞までは時間的猶予がありますので休憩気分で観ていられます。
……と油断していたら。
「新たな年に讃岐造麻呂殿のご息女、かぐや姫の命名を祝して歌合わせを行いたく。まずはかぐや様、新春を祝う歌をお願いできますかな?」
『ゲゲゲッ』
本当に逃げれば良かった、と後悔しても後も祭りです。
もしかしたら、この前の天太玉命神社で秋田様に無茶振りしたのを根に持っているのかしら?
どーしよー
うーん、うーん、うーん
とりあえず配られた木簡に筆を入れます。
新春の歌だから……「初春や……………」
うーん、うーん、うーん、今日は天気がいいねー。
「輝きまする陽の光……………」
うーん、うーん、うーん、でも冷えるねー。お婆さんが着ている半纏が暖かそう。私も自分のを着たいよー。
「………母の衣に………」
よし、これで行っちゃおう!
「秋田様、整いました。詠みます。
『初春や〜輝きまする陽の光〜、母の衣に伝う温もり〜〜』」
「「「「「ほうっ」」」」」
「さすがは姫様。初々しさがあり、また家族思いの一面も忍ばれる歌ですな」
ゔ〜〜、今日1日のエネルギーをほぼ全部使ってしまった気分です。
秋田様の生え際が3センチ後退する光の玉をお見舞いしたくなりました。
試した事はありませんが、今ならできる気がします!
(つづきます)
歌の出来、不出来につきましては、作者の力量不足につきツッこまないで頂けますと幸いです。
ネットで拾えば楽なのだろうけど、それだけは絶対にしません。
……当たり前なんですけど。