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鸕野讚良(うののさらら)皇女

満を持して登場です。

 シマちゃんがやって来てから、ようやく後宮らしい生活ができる様になりました。

 後宮らしい生活、それは何の変哲のない生活。

 朝起きて、朝餉食して、書司(しょくば)へ行って、仕事して、昼から建クンと一緒に過ごして、建クンが絵を描いている合間に私達は字のお勉強、夕餉食べて、身体を清めて、就寝。


 これこそがザ・公務員(みやづかえ)ですよね。


【天の声】いや、本人と作者は楽で良いだろうけど、読者が離れるから。


 残念ながらこんな日がずっと続くと良いな……とはなりません。

 何故ならここは帝の住まう政の中心、伏魔殿なのですから。


 今更ですが建クンは中大兄皇子のご子息です。

 そして中大兄皇子にはたくさんの子供がいます。

 子孫を残すための種馬さんみたなものですね。ヒヒーン♪

 つまり建クンにはたくさんの異母兄弟、異母姉妹がいるのです。


 どちらかと言うと中大兄皇子のお子様は女の子が多く、男の子が少ないのが悩みみたいです。

 建クンの性格上、自分から会いに行く事はありませんが、帝に接見するついでに建クンにお会いになられる皇女様はおられます。

 当然ですが、お客様のお持て成しも世話役のお仕事です。

 話をしない建クンに代わって会話もしなければなりません。

 帝と日常会話をするくらいなのだから平気に思われそうですが、初対面の皇女様お迎えするのはやはり緊張します。

 だからお願い!

 亀さん、シマちゃん、早く一人前になって~!


 ◇◇◇◇◇


間人(はしひとの)大后(たいごう)様におきましてはご機嫌麗しゅう御座います」


「かぐやよ、久しいのう。

 後宮に居ると聞いておったが中々会えぬものじゃな」


「これでも一応は典書(ふみのすけ)を賜っております。

 若輩の身には重い職責に日々精進しなければなりません」


「かぐやはもう少し気楽にしたらどうじゃ?

 難波ではもっと活々しておったぞ」


「あの頃は特に職責もなく、自分のすべき事を成すため、自らを奮い立たせて戦さの様な毎日を過ごしておりましたので」


「今は違うのか?」


「変化の少ない日々というのも決して悪くは御座いません。

 じっくりと腰を据えて取り組む事も大切な事ですから」


「真面目じゃのう、かぐやは。

 ところで今日は姪を連れて来たのじゃ。

 弟の(たける)に会いたいと言っておってな。

 ついで(みやこ)で評判の『神降ろしの巫女』殿を見てみたいと言うての。

 滅多に後宮へはこれぬ故、妾が一緒について来てあげたのじゃ」


「お気にお掛け頂き、建皇子様に代わりましてお礼申し上げます」


「ささ、鸕野(うのの)や。

 これが神降ろしの巫女じゃ。

 妾の知り合いじゃぞ」


「妾は鸕野讚良(うののさらら)じゃ。

 其方が神降ろしの巫女か?」


 年はシマちゃんとあまり変わらず、中学生か小学生の高学年といった感じの女の子です。

 でも、その名前に聞き覚えがあります。

 まさか……。


「世間でそう呼ばれる事が御座いますが、私は舞がほんの少し得意なだけの平凡な采女(うねめ)に御座います」


「じゃが、其方が舞ったら光を放つ神の使いが降りてきたと聞いておるぞ」


「それは帝へ参られた使いで御座います。

 偶々私が舞っている時にご降臨されたのだと思います」


「鸕野や。

 かぐやは頑ななのじゃよ。

 決して自分の功とは言わぬのじゃ」


「それは誤解です。

 もし帝にいらした神の使いが、自分の舞っている時に来たからと自分の功にするなどあまりにも不敬な事です。

 畏れ多くて居た堪れません」


「じゃあ、かぐやはあの神の使いは帝の仕業だと言うのか?」


「いえ、鸕野(うのの)皇女様。

 仕業と申されますと語弊がありますが、帝こそが神に祝福されるに相応しい御方だと私は信じております」


 何回も同じ言い訳をしているので、スルスルと嘘が口から出ていきます。

 普段は隠し事があっても嘘を言わない様気をつけています。

 一つ嘘をつけばその嘘を隠すために嘘を幾重にも重ねなければならなくなる、という経験を幼い時からたくさんしていますから。

 ですが、チートに関してだけは嘘でガッチガチ固めております。

ガッチガチやぞ!


「つまり、かぐやはお祖母様のことを尊敬しているのか?」


「はい、帝にはたくさんの敬愛を捧げております」


「何故そんなにもお祖母様を尊敬しておるのか?」


「そうですね。

 一言で言い表すのは難しゅう御座いますが……。

 私は建皇子様のお世話を通しまして帝の人となりに触れる機会に恵まれました。

 その帝のお人柄がとても素晴らしい方であると思えたからに御座います」


「ふーん、ではお父上の事をかぐやはどう思っておる?」


「大変申し訳ございません。

 皇太子様が大変有能な御方であるとは聞き及んでおりますが、私自身、皇太子様にお会いする機会があまりないので、それ以上の事は存じ上げません」


「妾に気を使っているのなら無用じゃぞ。

 妾もお父上にお会いする機会はあまりないのじゃ。

 それに母上が亡くなられたのはお父上のせいだと言う者もおる。

 あまり良い評判ばかりではないのは確かじゃ」


 やはりこの皇女様は……。


鸕野(うのの)皇女様は大海人皇子様の事をどの様にお思いでしようか?」


「叔父上か?

 額田様ととても仲が良かったのをお父上が取り上げたと聞いておる。

 惚れた女子(おなご)を護れぬ意気地のない男だと思うとる」


 鸕野(うのの)様、お若いのにキビしぃー!


「私は後宮に来る前、大海人皇子様の舎人としてお世話になりました。

 とても気さくで、有能なお方でした。

 身内での争い事を嫌うあまり、損をしてしまう優しいお方でもあります」


「かぐやは叔父上の肩を持つのじゃの。

 まさか叔父上に惚れているのか?」


「そんな滅相も御座いません。

 私が舎人でした頃、皇子様のお隣に額田様が居られたのです。

 私なぞ敵うところが御座いません。

何よりも額田様に可愛がられておりましたので。」


「それはそうじゃな。

 ところで建は何処じゃ?」


「今、お部屋で絵を描いておられます。

 集中してしまいますと、周りの音が聞こえないみたいです」


「せっかく来たのにのう」


「宜しかったらお部屋に参られますか?

 せめて絵を描いている姿だけでも」


「そうじゃな。

 挨拶だけでもしておこう。

 もっとも建から挨拶が返って来ぬのは知っておる」


「寛大なお気遣い、建皇子様に代わりましてお礼申し上げます」


「かぐやはまるで建の母親みたいじゃの」


「そう言って頂けますのは光栄に御座います」


 結局、建クンが絵を止める事はなく、三人で建クンの姿を見ただけで終わってしまいました。

 さして期待していなかったらしく、鸕野(うのの)様はそのまま葛城の方へと戻られていきました。


 ……ふう。

 緊張しました。

 私の記憶違いでなければ、鸕野讚良(うののさらら)皇女は将来の大海人皇子の奥様で、大海人皇子様が即位された後に皇后となる方。

 そしてその後に持統天皇となり日本で三人目の女性天皇なられる御方です。

 私の中の歴史上の女性ランキングは卑弥呼に並ぶ偉人中の偉人です。

 将来、私が大海人皇子のために動く事があったら、決して避けて通れない方でもあります。


 ……これってフラグ?

ネタバレになりますが、岡本宮が完成した翌年の西暦657年、数えで13歳の鸕野讚良(うののさらら)皇女は大海人皇子と結婚します。

大海人皇子が露離(つゆのはなれ)というわけではなく、兄の中大兄皇子が自分の娘をいっぺんに四人嫁がせたからです。

この時代の結婚観は現代とあまりにもかけ離れておりました。

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