武闘派かぐや姫
何気に護衛さんの名前が決まっていました。
シクシクシクシクシク……。
ああ、何て酷い仕打ちなんでしょう。
帝からの厳しすぎる罰を受け、次から次へと哀しみの歌が浮かんでいきます。
『趣味の書に 心弾ませし 我が想い 失してなおも 光褪せなむ』
『書を想い 生きとし生ける我が魂 酷い仕打ちについに砕けし』
『書と共に我が想いを献上す 人に知られぬ腐の心かな』
額田様なら歌に込めたこの気持ちを分かって下さるかも知れません。
記憶の底から捻り出した和歌集の歌と一緒に、後ほど書に認めましょう。
【後日返ってきた添削結果】
3点、3点、5点。歌は心の愚痴大会ではありません。
ところで『腐の心』って何ですの?
この表現だけは心惹かれます。
◇◇◇◇◇
帝の(厳しい)裁定が下った五日後、鶴姫の移送となりました。
その場で解放とはならず、罪人として讃岐へと運ばれてから引き渡されます。
逃亡は許されません。
私と亀姫は岡本宮の南門で見送ります。
「何よ! 二人揃って私を嘲笑いに来たの?
さぞいい気分でしょうよ。
亀! アンタが日和らずにもっと上手くやっていれば、私達はこんなのに従わなくてもよかったんだからね。
ホントにアンタは昔からバカで鈍間な亀なんだから!」
ボサボサの髪を振り乱して叫ぶ鶴姫の姿は怨讐じみた感じがあります。
「今の貴女に何を言っても耳に届かないでしょう。
だけど全てを抛って貴女を守ろうとしたお父様をこれ以上悲しませないで」
「偉そうに何よ!
お父様から全てを奪ったのはアンタじゃないの!」
「姫様、あまり掛かり合いにならない方が宜しいかと」
新たに里長に就任した元護衛の辰巳さんが私に話し掛けてきました。
讃岐までの護送を請け負ってくれたのです。
「ええ。
ですが目にしたくないからと言って、現実から背を向けてばかりはいられません。
これは私にとっても亀にとっても一つのケジメなのです。
辰巳様こそお忙しいのに護送を申し出て頂いてありがとう御座います」
「里長にご推挙頂いたお礼を是非申し上げたかったのですが、こうでもしませんと姫様にお会いすることが叶いませんので。
本当に有り難う御座いました」
「そんなお礼なんて必要ありません。
辰巳様の実直なお人柄を知っているからこそ、これまでの恩義に報いたかっただけです」
「勿体ない言葉です」
「大変ですが宜しくお願いします」
「はっ! お任せ下さい」
後ろ手に縛られた鶴姫は、辰巳様に引っ張られて出立しました。
見届けの官人さんも同行します。
さて、私達はこのまま忌部氏の宮へ出掛けます。
亀姫の家族を焼き討ちにした領民への対応と、新たに里長に就任したサイトウへの挨拶のためです。
◇◇◇◇◇
忌部氏の宮に着くと大勢の男達が庭にゾロゾロといました。
おそらく彼らが馬見の屋敷を襲撃した領民達なのでしょう。
しかし讃岐の住人に比べると見窄らしい感じがしますので、恵まれた環境では無かったことが偲ばれます。
いつもの様に建クンをお付きの方にお願いして、庭へと向かいました。
本日はお爺さんと源蔵さん、そしてサイトウが来ています。
「皆の者、表を上げ!」
新しく里長となったサイトウが掛け声を掛けました。
しかし領民達は気怠そうに顔を上げたり、上げなかったりです。
「父様、この者達は自分達の処遇に納得しているのですか?」
「うーん、そうじゃのう……」
「姫様、おそらくですが罪の意識というのは無いと思います。
報復が目的の襲撃でしたから、自分達は正しいと思っている者が大半かと」
新たに助評に就任した源蔵さんが代わって教えてくれました。
「そうですか……、それは宜しくありませんね。
今回の襲撃を成功体験にして、気に入らない事がある度に謀反が常態化するかも知れません。
いっその事、全員を追放した方が良いかも知れません」
私達の会話を聞いて領民達はザワつきます。
「ちょっと待ってくれ!
オレ達はずっと馬見に酷い目に遭わされてきたんだ。
中には食べる物も満足に無く、子供を死なせてしまった者も居るんだ」
「貴方は?」
「皆んなの代表として動いた者だ。
オレが先頭に立ってやった!」
「そうなんですか。
では貴方がやった事は犯罪であり、罰を与えなければならないという事は理解しておりますか?」
「何度も言っているだろ!
オレ達は馬見に酷い目に遭ってきたんだって。
仕返しして罰せられるなら、オレ達はどうすれば良かったんだ!」
「馬見様がどの様な無体をしてきたかは聞いております。
でも家族全員を死なせる必要はあったのですか?」
「馬見がオレ達から搾り取った米を食って贅沢な暮らしをしてきたんだ。
オレ達にとって家族も許せねぇ!」
「そんなのは後付けの理由でしょ?
本当は腹立ちまぎれに家に火をつけて馬見様の家族を死なせただけじゃないの?
貴方方の腹いせで殺されたのではないの?」
「じゃあオレ達が悪いって言うのか?」
「貴方方が何をしても許されるなんて思うのなら、私は許しません。
その様な者は出ていって貰います。
貴方方はやり過ぎました。
必要のない人まで巻き込んでしまった事を反省なさい」
「分かったかの様に言うな!
家族を亡くした者の気持ちがアンタに分かるって言うのか?」
ふーん、そう言うの?
「亀、こちらに来て」
私は亀を傍に呼びました。
「この娘は馬見様の娘です。
父親だけでなく、家族全員を貴方方に殺されて天涯孤独の身になりました。
貴方の言う通りならこの娘は貴方に復讐しても許されますよね?」
「オレ達を苦しめた国造の娘だろ。
何で恨まれなきゃならねぇんだ」
「この娘が貴方の家に押し入って何かしたの?
貴方はこの娘の家に押し入って家族を殺したのよ。
さっき言ったでしょ?
『家族を亡くした者の気持ちがアンタに分かるのか?』って。
この娘は家族を殺された者の気持ちを知っているわ。
そして殺したのは貴方でしょ?」
「うるせぇ!
黙って仕返しされてたまるか!
返り討ちにしてやらぁ」
「安心しなさい。
私が助太刀しますから」
「へっ、笑わせるんじゃねぇ!
アンタの様な細腕にやられる訳ないだろ」
「それは残念ね」
チューン!
「痛っ!」
チューン!
「痛っ!」
チューン!
「痛たたたたっ!」
頭への打撃と、両脚の肉離れと、生理痛の痛みの光の玉を連続でぶつけました。
男は悶絶して動けません。
「亀、この男は動けなくなりました。
トドメを刺しますか?」
私は亀に問い掛けました。
「いえ、その男は憎いけど、そしたら鶴姫と同じになる。
だからやりません」
「そう、良かった。
それで正解よ」
亀姫は期待していた返事をしてくれました。
もしトドメを刺そうとしたら止めたけど。
私は動けなくなった男に近づいて、話し掛けました。
「命拾いして良かったわね。
でも私は貴方を許しません。
やむを得ない事情があったにせよ、貴方は腹いせのために亀の家族にまで手を出したのよ。
その罪を認めようとしない貴方に私は怒っているの」
チューン!
男の髪の毛がスルスル抜け落ちていきます。
周りの領民達はドン引きしています。
「讃岐では罪人とそうで無い者を分け隔てるために印を付けます。
今からここにいる者全てにそれを施します」
私は呆気に取られている領民達に向かって光の玉を発射しました。
チューン! ×53
皆、一斉に髪の毛がズルズルと抜け落ちて53人のピッカリ軍団になりました。
皆慌てふためいています。
大丈夫、死にはしないから。
「向こう十年、罪を重ねないのなら元通りにします。
しかしこの頭の者が罪を重ねたのであれば今度こそ追放します。
次は容赦しません。
いいですね!」
「はは〜」
皆、一斉に土下座しました。
ただしリーダー格の男だけは動くに動けず、何も出来ません。
チューン!
ひとまず痛みから解放してやりました。
「どう? 気分は」
「え、あ……。
讃岐には天女様がいると聞いてたが、とんでもない物の怪だったんだ」
チューン!
「痛たたたたた!
申し訳ない! 貴女は天女様です。
お許し下さい」
やっと私には敵わない事が身に染みて分かったみたいです。
もっともこの男をダシにして領民達を従わせようとしていたので、少し良心の呵責を感じています。
「貴方の家族は?」
「済みません!
オレはどうなっていいから家族だけはっ!」
「そんな事聞いていないわ。
貴方に家族はいるのと聞いているの」
「娘一人を残して皆、洪水の時に死んじまったよ。
今のオレにとって娘だけが生き甲斐なんだ」
「そう、年は幾つ?」
「十三だ」
「そうなのね。
では娘さんを私の雑司女として雇って差し上げます」
「え? それは人質って事か?」
チューン!
「あだだだだ」
「人聞きの悪い事を言わないで頂戴。
私の雑司女になれば少なくとも食べる物に不自由はさせないわ。
年頃になったら家に戻って結婚なり離婚なりすれば良いから」
「離婚はしねぇだろうが、オレの娘に宮使いなんて務まるか?」
「今までのが最悪でしたから、どうにかなるでしょ。
これは命令です。
分かった?」
「はい、姫様の言う通りにしやす」
思いつきではあるけど、実質人質なのは違いありません。
それと亀姫が馬見に戻らなければならない時に仲の良い友人が居れば帰り易くなるという打算もあります。
「サイトウ、大変だけど舵取りを宜しくね」
「はっ!
姫様に一つお願いが御座います」
「何?」
「私も彼らと同じにして下さい。
私一人だけ毛を生やしても誰もついてきません」
「いいの?
サイトウは髪の毛の復活のために一生懸命やってきたじゃ無いの?」
「構いません。
半端な覚悟でありませんから」
「分かりました」
チューン!
髪の毛がスルスルと抜けて、以前のサイトウに戻りました。
でも少しだけ凛としてカッコよく見えます。
……サイトウのくせに。
正しくは「ドジで間抜けな亀」というのが定番のセリフですね。




