ツルカメ合戦
かぐや vs ツルカメ。
軽く前哨戦です。
ツルカメコンビが雑司女としてやって来て三日。
エントリーシートも面接も無い縁故採用で就職したせいか、今一つ就労に対する熱意は感じられません。
お爺さんは2人の親に頼まれたと言ってましたが、彼女達は本当に此処へ来たかったのかすら不明です。
もしかしたら就労そのものをよく知らずにやって来たのでは無いかと思える言動が多く、困り果てる事がしばしば。
兵庫にある子供向け職業体験型テーマパークの子供の方がよほど熱心で優秀です。
一番問題なのはあの反抗的な態度よりも、いつも二人が連んで行動する事ですね。
1人で出来る簡単な仕事も2人でやるため効率が悪く、お喋りばかりしているので悪目立ちしている事に彼女達は気付いていません。
注意はするのですが……、
「二人とも、お喋りばかりしていますとお仕事になりませんよ」
「少し話をしただけですぐに怒るのですね。讃岐国造の娘は」(ツル)
「細かいったらありはしませんのね。讃岐国造の娘は」(カメ)
何かにつけて突っかかってくるのは昔から変わりません。
性格改善の光の玉があれば速攻で打っているのに……。
いえ、試しにやってみようかしら?
チューン!(ツル)
チューン!(カメ)
「讃岐国造の娘は何を睨んでいるのかしら?」
「きっと良からぬ事を考えているのですわ」
……ダメか。
今のところ二人に頼める事はお使いだけです。
字を書けるか聞いてみたら書けるというので、私の写経のお手伝いをやってみようとしました。
結果、自分の名前が書けるだけで読む事も侭ないレベルである事が判明しました。
掃除はしたことがないらしく、やらせたところでキレイにするのは無理そうです。
お掃除はイメージが大切です。
掃除した後のキレイになったお部屋をイメージ出来ない彼女達には出来ないでしょう。
パンデミックを経験した私には彼女達だけでなく、他の人ですら不合格です。(私基準)
貴重な書などは何を仕出かすか分かりませんので私が運んでいます。
海外動画でトンデモ航空職員が乗客の荷物を投げ飛ばす様子が公開されて大騒ぎになった事がありますが、彼女達も同じことをする可能性がかなり高そうです。
大切な品物をどの様に扱うかも分かっていないので、貴重な壺をゴロゴロと転がして運ぶとか、楽器をズリズリと引きずるとか、埴輪を投げ飛ばすとかしそうで頼めません。
【天の声】流石に埴輪は宮の中にはないと思うぞ。多分……。
本当は食事すら運ばせるのも心配なのですが、流石に自分達の食事も一緒に運ぶので粗相はしないでしょう。
そう思っていた時期が私にもありました。
でもそれが甘かった……。
帝と相談した結果、建クンの献立は忌部氏の宮で作り、毎日持って来て頂いております。
費用と材料は全てお爺さん持ちです。
讃岐でとれる白米、饅頭の原料となる小麦、豆腐の原料となる大豆、乳製品、難波から取り寄せた苦汁と海魚、甘味としての蜂蜜、などなど。
施術所の運営を通じて培った流通路に乗じて、ここへも横流しして頂いているのです。
この時代としては手の込んだ食料品ばかりで、もちろん味は一級品です。
ところが最近になって量が減ってきました。
最初はおや? と思う程度でしたが、今では明らかに少なくなっています。
建クンが大好きな饅頭が一個もない時もありました。
こっそりと後を付けて見てみたら、パクパク食べているではありませんか!
流石にこれは許せません。
とは言え、ここで叱ったところで盗み食いを止めないでしょう。
そこで一慶を案じました。
次の日から彼女らが持って来る食事を全て記録しました。
覚えている限り彼女達がこれまで配膳した建クンの食事も全て書き記しておきました。
自慢ではありませんが、食べ物に関する記憶力には自信があります。
建クンの足りない食事は、私の食事の中で建クンの食べられる物を融通して補いました。
◇◇◇◇◇
そしてツルカメコンビが来た翌月。
二人を前に呼び、話をしました。
「二人は報酬について何か存じておりますか?」
「こんなに大変な思いをしているのだから、たくさんくれるんでしょ?」(ツル)
「ここに来れば生活に困らないと聞いたわ」(カメ)
「つまり何も知らないのですね」
「讃岐国造娘は私達をバカにしているの?」(ツル)
「讃岐国造の娘が教えないせいなのよ」(カメ)
「では説明するわ。
私は書司の典書として位階に応じた位禄を、絁、綿、調布、庸布という形で受け取っております。
その一部を私専属の雑司女である貴女方に給付します。
後宮の中では役に立ちませんので国許へ送るつもりです。
宜しいでしょうか?」
「ふん、当然半分は私達に寄越すのでしょうね?」(ツル)
「半分では足りないわ」(カメ)
「食事を運ぶだけの者に、大層な給付は出来ません。
掃除、仕事の手伝い、留守番、やる事はたくさんあります。
食事しか運ばず、私以上に働いていない方に半分を請求するのは無理があります。
せいぜい一割です。
二人合わせてです」
「何よ! 讃岐国造娘はケチね!」(ツル)
「一割って何よ。どれくらいなの?」(カメ)
あ、一割が分かっていないかも?
「はい、これが二人に給付する先月の給付分です」
私はそう言って木簡を渡しました。
「何て書いてあるの?」(ツル)
「何が書かれているの?」(カメ)
「『給付として調布ニ端、庸布十常を給う。
但し、饅頭四十個、白米十五杯分、蜂蜜一瓶、豆腐三丁、その他の支払いとして庸布五十五常を請求す』
と書かれています。
つまり貴女方は二人合わせても再来月までタダ働きになります」
(※庸布は通過代わりの質の低い麻布)
「一体何を言っているの!」(ツル)
「バカ言っているんじゃねえよ!」(カメ)
あらあらあら、言葉使いが荒れてます。
「貴女達、バレないと思っていたのですか?
貴女方が建皇子の食事に手を付けていたのは分かってのですよ」
「何を証拠に言っているの?」(ツル)
「言い掛かりするじゃないよっ!」(カメ)
私は木簡を目の前に並べました。
パタ、パタ、パタ、パタ、パタ、パタ、パタ……
「後宮に食事を持ち込む際、目録が一緒に持ち込まれています。
しかし貴女方が運んで来る食事は、その目録通りではありませんでした。
目録と実際の記録を書いた木簡がこれです。
例えばこの日の食事では、貴女方は建皇子様の饅頭三個全部を平らげてしまっています。
蜂蜜はとても貴重な食材です。
その他も皇子様が口にする食事がどれ程の物か分からないのですか?」
「わ、私達が受け取る際にはもう無かったのよ!」(ツル)
「は、犯人と決めつけるのは止めろよ!」(カメ)
「皇子様のお食事は毒などの混入を考えて、受け取ってから貴女方が持ってくるまでの間、誰も触れないの。
膳に触れるのは貴女達だけなのよ」
「私達を嵌めたのね!」(ツル)
「私達を陥れたのよ!」(カメ)
「建皇子の食事を盗み食いされて怒っているのはこちらの方です。
今回はつまみ食いという事で大事にしないつもりですが、盗みをしたとなれば二人には罰が与えられます。
それでいいのなら、そうします」
「陰険な女ね!」(ツル)
「私達を虐めて楽しいの?!」(カメ)
「分かりました。
それが貴女方の答えですね。
では内侍司へ参ります。
宮内で盗みが発覚したのなら、竹の棒で30回叩くのが決まりです。
覚悟しておいて」
「ちょ、……ちょっと待ちなさいよ。ちょっとした間違いじゃないの」(ツル)
「私じゃなくツル様がやったのよ。私は食べていない」(カメ)
「ちょ、カメ! 貴女こそ私より食べていたんじゃないの!」(ツル)
「罪の擦り合いは他でやって。
どうするの?
罰を受けるの?
それとも支払うの?」
「し……支払うわよ。支払えばいいんでしょ!」(ツル)
「支払えばいいんでしょ? 覚えてなさいよ!」(カメ)
「この際なのでハッキリと言っておきます。
私自身に向けられる悪意なら多少は我慢出来ます。
しかし建皇子様に害意が及ぶのなら私も容赦しません。
今回は大目に見ましたが次は無いと思いなさい。
いいですね?!」
「……分かったわよ」(ツル)
「……分かった」(カメ)
これだけ痛い目を見れば食事に何かしようって気は起きないでしょう。
しかし彼女達の起こす問題がこれだけで済むとは思えません。
先行きは暗いです。
かぐやの位禄は絁2疋・真綿2屯・調布15端・庸布90常として計算しました。
同じ役職(次官)の男性官人の半分です。




