【幕間】鎌足の苦悩・・・(8)
『伝言ゲーム(1)〜(8)』での鎌足様視点による行動です。
(※悩める中年管理職・鎌足様視点による時代の移り変わりをご覧頂いております)
切っ掛けは一枚の木簡だった。
『馬見、巣山、讃岐の国造を統合し、新たに馬見評を設け、馬見国造を馬見評造任命す』
内容に不備がある事は明らかだ。
讃岐国造は遷都の際にも大掛かりな私財の提供をしている。
領地の運営に問題は無く、むしろ手本となるところが多い。
だが目先の利益に目が眩んだ私は、これは好機かも知れぬと木簡を通してしまった。
今思えば冷静さを欠いていたと自分でも恥じ入るばかりだ。
その過ちを指摘してくれたのが宇麻乃だったのも腹立たしい。
川原宮で執務中、何処からともなく現れ、
『かぐやを巡り、飛鳥一帯の祭司どもが鎌足様に敵対する腹積りだ』
と忠告してきた。
この一年、人の噂など全く耳にしなかった。
忙しすぎるのとその様な些細な事を知らせる者がいないからだ。
私が世間に疎くなっている間、かぐやは飛鳥一帯で人気を博しているのだと言う。
後宮の女嬬が人気?
何故飛鳥一帯なのだ?
事情を知らぬ私に宇麻乃からの説明は、初めて知ることばかりだった。
曰く、「世間では私がかぐやを宮から放逐し、皇太子に献上したとの噂である」
曰く、「かぐやはこの一年、帝の紹介状持ち、あちこちの寺社仏閣へ話を聞いて回っている」
曰く、「神降ろしの巫女でありながら物腰は丁寧で敬意を以て話耳を傾けるかぐやに、皆傾倒している」
曰く、「かぐやの取り扱い次第では、相当な数の離叛者が出る」
国造の再編成で多少の角が立つのはやむを得ない。
これまでも同様の案件を処理してきた様に、讃岐国造の降格も承認しただけだったが、予想を遥かに超える騒動になっているとは露とも知らずにいた。
「その結果がどうなるか予想出来ない鎌足様じゃ無いでしょう」
この宇麻乃の言葉はその通りだ。
だが、盲目となった私は自らが目を背けたのだ。
この程度の報復は許されるだろうと、ちょっとした意趣返しのつもりで軽く考えていたのだ。
額田殿の件ではようやくかぐやを配下に収める事が出来たと思った矢先に帝に横取りされたのだ。
その結果が、私はあの帝だけでなく、飛鳥中の祭司を敵に回すだと?
拙い事になった。
何が拙いかと言えば、帝に対して私が横やりを入れた形になっている事だ。
無論、私の背後にいる葛城皇子も巻き込まれる。
そうでは無い事を示さねばならぬ。
承認した事はもう取り戻せない。
ならば、第三者から撤回させる様仕向けねばならない。
最終的にはかぐやが今まで通り、後宮に残れるよう騒動を納めさす。
采女が外をほっつき回るのは苦情の一言も入れておきたいが……。
私は考えて考えて考え抜いた。
◇◇◇◇◇
案の定、呼び出しが掛かった。
そしてとばっちりで嫌疑を掛けられた葛城皇子から説明を求められた。
「かぐやが解雇になったのが私の仕業だと言われておる。
どうゆう事か説明せい」
「かぐやが……?
申し訳御座いませぬ。
詳細は分かりませぬが、末端で混乱が生じておるのかと愚行します。
差し障りがなければ何が御座いましたのかお教え下さい。
私の方で調査致します」
そこで流暢に言い訳なぞはしない。
惚けるのだ。
「私から説明しよう。
かぐやの父、讃岐国造が降格になったそうだ。
かぐやを気に入られている帝からすれば、理不尽に取り上げられた様に思える。
何故この様なことになったのか、誰の意思によるものなのかを教えてくれ」
大海人皇子の説明を受け、私が初めて動いたかの様に部下へ讃岐国造の件の担当者へ連絡を入れた。
そして予想通り、国の指針に従って、国造の統廃合をした結果であるとの報告が返ってきた。
「お待たせ致しました。
概略が判りまして御座います。
これは帝のご意思に沿ったものであります」
そう。帝の方針に従った部下がした事なのだ。
「ワシがかぐやを追い出したのだと言うのか!?」
かぐやの放逐が自分のせいだと言われ気色ばむ帝に対して、私も一歩も引かぬ。
「そうは申しておりません。
帝がお示しになられた、各地に国司を配置し国造らを評造として管理下におくとの命に我々臣下が従ったまでの事です」
「だからと言ってかぐやの実家を放逐するのか?」
「かぐやは優秀です。
それは私も認めるところに御座います。
しかし担当の者は父親が凡庸であると判断した模様です。
私も余程の事がない限り、その判断に意を唱えるつもりは御座いません」
もちろん口からの出まかせだ。
だがかぐやの父を知る者はここにはいない。
「ならばワシが異を唱えれば修正するのか?」
「無論に御座います。
しかし覚悟を以ってご下命下さい」
「何の覚悟じゃ」
「帝の領分は大方針を詔として勅命を下す事に御座います。
我々臣下はそれを実現するための政策を作ります。
我々の部下はその政策を実現するため日夜働いております。
このようにして成り立っている政の仕組みを、帝は私情のために崩そうとなされるのです。
何かやむを得ぬ事情なり、不手際があれば正しましょう。
しかし過失もなき部下の仕事を否定する事は、私には出来ません」
建前である。
だが帝が下の者に軽々に口を出すのは褒められたものではない。
そこはキチンと線を引かせて貰う。
私は私の領分をするのだ。
そこはしっかり強気に主張しておかねばならない。
帝にはそれを承知の上で口を出して頂くつもりなのだ。
「小難しい事を申しておるが、要はワシの領分でない事に口を出すなと言うことか?」
「そこまでは申しておりませんが、私の意思は伝わったかと存じます」
「もうよい。下がれ!」
危ういやり取りであったが、これで私自身に他意はなく葛城皇子が無関係であることは主張できた。
もし帝がかぐやを守りたいのなら強権を発動するなり、手回しするなりすれば良い。
そう軽く考えていた。
しかし、あの女傑は一筋縄でいく相手では無い事、後になって思い知る事になった。
『讃岐国造麻呂に大紫の冠位を与える』
この様な知らせが入った。
何故か私に対して事前にだ。
私は慌てて斉明帝に面会を申し出た。
おそらく帝もそれが狙いのはずだ。
「恐れ多くも帝にお尋ね申しあげます。
讃岐の造麻呂に大紫の冠位を授与するとは誠なのですか?」
「どうしたのじゃ? 鎌子よ。
何か不都合がある様な物言いに聞こえるが」
帝は涼し気に言うが、大紫の冠位は軽くない。
数年に一度授与されるもので、大紫を持つ私が現役で最高位の冠位なのだ。
それを一介の国造に授与するなぞ、冠位制度そのものが危ぶまれる愚行だ。
いくらなんでもやりすぎだ。
「不遜を承知の上で申し上げます。
冠位を与える事に反対は致しません。
ですが大紫とは行き過ぎです」
「其方も大紫の冠位を孝徳から承っておるよな。
同格が増えるのを邪魔したいのか?」
「私は帝への貢献を認められたが故の叙勲だと思っております。
しかし造麻呂にはその様なものは御座いません。
私は兎も角、他の者が黙っておりません。
命すら狙われますぞ」
「それは物騒な話じゃな。
怖い怖い。
ならば全力で守らねばな。
心配するな。
兵を百名ほど置いてきた。
おおそうじゃ。
ちょうど空きの離宮があったから借りたぞ。
あれは其方の離宮か?」
!!!
つまり帝は自らの足で讃岐に行ったのか?
話をしても、食料の備蓄、街道整備、治水、戸籍調査の結果、全てご存じであった。
「屋敷がデカい以外、生活は質素じゃった。
私腹を肥やしてとは思えぬ。
領地経営の手段はなかなかのモノと言えようぞ。
其方は言うたな。
『何やむを得ぬ事情なり、不手際があれば正しましょう』と」
「相違ございません」
元々私の不始末だ。
ここに至って無理に反対するつもりもない。
私は素直に(だが嫌々の体で)、従った。
そして初めて私は讃岐国造が降格になった経緯を調べさせた。
その結果は散々なものだった。
どうしてあの木簡を最初見た時に問い正さなったのか、今更ながらに後悔した。
何の事はない。
男所帯の政庁にかぐやが出向き、その色香に惑わされたバカが仕出かした不祥事である事が判明した。
一芝居打った後、その者は肉刑の上、追放処分とした。
事の顛末は帝にも報告した。
かぐやがあちこちで回るのは止めて欲しいとも釘を刺して。
それにしても私の予想を遥かに超えてかぐやの影響力が増している事を改めて思い知らされた。
これ以上目立つのは流石に勘弁して貰いたい。
それは本人のためでもあるのだ。
私は心の底からそう思っていた。
そして岡本宮の落成の宴で、かぐやはまたまた仕出かしてくれたのだった。
…………
(幕間ひとまずおわり)
次話より第七章に入ります。
第七章では斉明天皇の元であれやこれやする事になるはずです。(多分)
新たな登場人物も追加し、歴史的な事件もあったりして、平穏とは程遠いラノベ的展開にご期待下さい。
目標は『目指せ、フラグ回収!』




