【幕間】鎌足の苦悩・・・(5)
第226話『かぐやの再就職先』の鎌足様視点のお話です。
なぜなのか、回を重ねるごとに幕間がどんどん長くなってきております。
でも自粛はしません。
だって楽しいから♪
(※悩める中年管理職・鎌足様視点による時代の移り変わりをご覧頂いております)
「鎌子よ、其方が思い描いた通りに話は進んだな。
これで額田は我が手中にあると言っていいだろう。
なに、大海人は昔から兄の私に従順な奴だ。
母上に泣きつく以外、出来ることは無い」
「謀とは最後の最後まで気を抜けません。
努努油断なさらぬ様、伏してお願い申し上げます」
「心配性の其方らしいな。
無論、油断はせぬよ」
大海人皇子との会談がこちらの思い描いた通りに進み、上機嫌な葛城皇子は軽口を叩く様になった。
思えば、皇子宮を焼け出され九死に一生を得てからというもの、常に気を張ってこられたのだから無理もない。
私としては大海人皇子を上手に使いこなし政局を安定させたかったが、ここに至ってはそれは叶わぬ事。
ならば最大の障害は取り除くしかない。
私はその足で兵が集まる屯所へと向かった。
本来ならこの役回りは宇麻乃に任せるのだが、居ない者を悔いても仕方がない。
馬来田らが決起するのはおそらく額田殿と十市皇女が葛城皇子に横取りされた事を知ってから丸一日くらいであろう。
つまり早くて明日、遅くとも五日後だろう。
間諜に皇子宮の様子を常時見張らせている。
動きがあればこちらもすぐに対応出来る。
それまで兵達には休養を命じた。
翌日、葛城皇子の元に皇祖母尊から板蓋宮まで直ぐに参れと連絡がきた。
おそらく額田殿の件を撤回して欲しいと泣きついたのだろうが、理論武装は完璧だ。
この面談が終われば、いよいよ兵達の出番だろう。
本来ならば私も同行したかったが、呼ばれてもしていない私が同席することは儘ならない。
私は大人しく、葛城皇子の帰還を待った。
…………
予想以上に面談は長引いたらしく、葛城皇子はだいぶ疲れた様子で戻ってきた。
悪い予感が頭の片隅を過ぎる。
「鎌子よ。
額田の件は片付いた。
程なく額田は我が元にやってくるであろう」
「大変に御座いましたが、目的は達せられましたな」
「大海人も特に反論はしなかった。
彼奴は昔から聞き分けの良い弟なのだよ。
ああ、もちろん施術所とやらも貰い受けた。
だが、かぐやだけは既に施術所に出入りしておらぬそうで、母上が引き取る事になった。
まあ、そのくらいの妥協はしてやらねばな。
はっはっはっは」
何……だと。
この最後の言葉に私は目の前が真っ暗になった。
私が葛城皇子の無茶とも言える提案に乗ったのもかぐやを傘下に収めるためだったのだ。
それが無に期したのだ。
それだけではない。
大海人皇子は何が何でも額田殿を手放さないために動くであろうと予想していた。
私の目的を知ってか知らずか分からぬが、私の目論見を潰したのだ。
……いや、違う。
全て分かった上で、だろう。
此度の謀で最も重要な『かぐや』という楔を、大海人皇子は引っこ抜いてみせたのだ。
楔が無ければ謀と言う名の橋は瓦解するしかない。
この上ない敗北感。
おそらく大海人皇子一派による挙兵はないだろう。
完全に読まれているのだから。
私は賭けに負けたのだ。
この先、大海人皇子が大きな脅威となることは避け得ない。
そしてかぐやも……。
◇◇◇◇◇
悪い時に悪い事が重なると言うのは本当なのだな。
もうすぐ新年そして即位の儀だという矢先に、板蓋宮が火事で焼け落ちたのだ。
幸い皇祖母尊様はご無事であったが、多数の死傷者が出た。
近隣で皇祖母尊様を受け入れられるのはこの川原宮しかない。
すぐさま皇祖母尊様と間人大后、そして葛城皇子のご子息の建皇子を宮へと招いた。
川原宮は戦を仕掛けられる事を想定して建てられた宮だ。
そこそこの広さと備えがある。
しかし板蓋宮の住人をそっくりそのまま受け入れるのは屋敷の大きさからして無理だ。
皇祖母尊様と間人大后の付き人と高官、後宮の主だった司の長官、次官を受け入れただけでかなり手狭だ。
その他は自分達で行き先を見つけ、ここにいる上司へ報告する様に言って放逐した。
寒い季節に庭に放っておく事も出来ぬ故、我々が出来ることは無いのだ。
通いの官人らには、私自らが指示を出し、怪我人の救護と死体の収納、宮の貴重な資料や宝物を狙う火事場泥棒の警護を手配させた。
くそっ!
ここでも宇麻乃の不在が響く。
火事の原因は分からぬが、おそらく暖をとる炭火が原因であろう。
ただ、口の悪い連中は孝徳帝の祟りだと抜かしおる。
もしそうだったら燃えていたのは板蓋宮ではなく川原宮であったであろうに。
しかし即位の儀の直前にこれは痛い。
煩雑な雑務が一気に私の元に押し寄せてきた。
この人をも殺しかねない忙しさが復讐だとしたら、孝徳帝は相当に陰湿な奴だったに違いない。
しかも川原宮で困った事が起き始めたのだ。
葛城皇子の子息、建皇子が昼夜を問わず癇癪を起こすのだ。
皇祖母尊に引っ付いているため引き離すわけにもいかぬ。
気にしなければそれで良いのだろうが、実の父である葛城皇子が我慢ならないと言い、こちらも癇癪を起こし始めた。
全く、親子揃って……。
実際に火事にあった恐怖というのは当事者にしか分からぬ。
葛城皇子ですら焼け出された後はしばらく夜も満足になられぬ日が続いた。
あの時の恐怖で蒼ざめた葛城皇子の顔は生涯忘れぬであろう。
それをたかが五歳の童が体験したのだ。
無理もあるまい。
だが実の親ならその心配をすべきだと思うのだが、葛城皇子は建皇子が啞である事が許せないらしい。
その数日後。
皇祖母尊様は伝手を頼って引き取り先を見つけたと言ってきた。
忌部氏の宮に預けたとの事だった。
忌部と聞いてかぐやが忌部氏の宮にいるのだと理解した。
何時だったか、建皇子がかぐやに懐いてしまっていると皇祖母尊様が言っていたな。
(※第219話『【幕間】鎌足の焦燥・・・(13)』ご参照)
預け先は忌部氏というより、忌部氏の宮にいるかぐやという事だろう。
真人よ、お前の恋敵は多そうだ。
求婚を断る口実に『火鼠の衣を持ってきて下さい、と言うでしょう』と言っていたが、そうならぬ様にせぬといかんな。
もっとも父親である私は見限られてしまったが。
先日のかぐやが私に向けた絶望の表情が目に浮かんだ。
しかし私の気苦労はこれだけでは済まなかった。
皇祖母尊様は即位の儀を消失した板蓋宮跡で執り行うと言い出したのだ。
頼む、勘弁してくれ!
期日までに瓦礫の撤去、警備、仮の祭壇、やる事が多過ぎる。
特に焼け跡で警備をするなぞ、絶対に無理だ。
悪漢が飛び出しただけで終わる。
それで無くとも此度の火事で悪評が立っていると聞き及んでいるのだ。
やむ無く私は最後の手段に出た。
宇麻乃、来い!
そして手伝え!
決してやけっぱちになった訳では無い。
即位の儀では祭祀を承る三氏族の代表が、新たに即位する帝に代々伝わる神器を授与する決まりなのだ。
その三氏族とは、忌部氏、中臣氏、そして物部氏なのだ。
つまり呼ばなくとも奴は来るのだ。
来るのだったら手伝わせるのが当然だ。
宇麻乃のニヤけた顔を思い浮かべると腹が立ってくるが、背に腹は変えられぬ。
そして便りを出した翌日、宇麻乃は来た。
早過ぎると思ったのだが、即位の儀のため予め石上神宮で保管している草薙剣を飛鳥に持ってきていたのだと言う。
石上神宮から外へ出るなと言っていたはずだが、悪触もせず言うところを見ると、私が置かれている状況を十分に知っていると言う事なのだろう。
悔しいがその通りだ。
しかしケジメはつけねばならない。
一番の要注意人物である宇麻乃には警備に関することは一切やらせず、瓦礫の撤去と、祭壇と舞台の仮設工事の指揮に当たらせた。
警備は全て私が人員を選別し、私が指揮した。
と言っても、矢の届く範囲に関係者は立ち入らせず、切り掛かってくる悪漢対策として腕に確かな連中を招聘し、会場の左右両側に掲げられた旙の前に武器を持って座せることにしただけの何とも頼りない警備体制だ。
そしてもう一つ、儀を簡素化して頂くことを強く願い出た。
長ったらしい儀の最中、警備兵らの集中が持つとは思えない。
この要望は聞き入れられて、殆どの儀は極秘裏に進めた。
即位の儀の当日を迎えた。
(幕間つづきます)
私はほぼ回復しましたが、家族に風邪が移ってしまいました。




