【幕間】鎌足の苦悩・・・(4)
昨日は高熱で頭がフラフラだったため、投稿時間、執筆内容、共に申し訳御座いませんでした。
体調が戻りましたら修正作業に入ります。
熱で記憶が飛ぶのはインフルエンザに罹患して以来です。
(※悩める中年管理職・鎌足様視点による時代の移り変わりをご覧頂いております)
いよいよ運命の会談の日。
突然の提案に見せ掛けて、その実、半月をその準備に費やした。
家臣の挙兵を見越して、その準備を密かに行なってきたのだ。
「ようこそお越し下さいました」
「最近、忙しくてゆっくり話も出来ぬな。
たまには政を忘れ、ゆっくり話をしたくて邪魔しに来た。
十市も元気そうだな」
「…………」
「申し訳御座いません。
人見知りが激しいので」
何故か桂皇子は子供に好かれないところがあり、私の娘もあまり近寄ろうとはしないのだ。
その様な雰囲気を纏っているのだろうか?
「ははははは、そう緊張せずとも良い。
それにして先帝は残念な事をした。
私としても共に飛鳥へと参られて、帝を中心とした国の建設を推進して頂きたかったのにな」
「私も誠に残念に思います。
改新の詔を発して九年。
その実現に向けて尽力なさっておられたのに道半ばで力尽きてしまったのはさぞ心残りで御座いましょう」
ある意味葛城皇子の凄い部分なのだが、心に疚しい事があれば人は言い訳がましくなったり妙に饒舌になったりするのだが、それが一切無いのだ。
だから私も見破れずにいたのだ。
「我々の力不足なため、母上には重祚されてご苦労をお掛けしてしまうのは痛恨の極みだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
「その事につきましては兄上のせいでは御座いません。
むしろ年若き兄上はお立場以上に奮闘されております。
兄上がいらっしゃるからこそ政は廻っているのです。
そうでなければ母上も重祚される事を決断なさいませんでしたでしょう」
「大海人にそう言われるとありがたい。
私も励みになる。
しかし母上もお元気そうに見えて結構なお年だ。
幾つになったであろう?」
「確か六十……、いや六十一のはずです。
年が明ければ六十二です」
「そうだな。
先帝は母上よりも年下だったし、我々の父上は五十前に崩御なされた。
母上には長生きして頂きたいが、六十を過ぎてもなお無理をされて欲しくないな」
これも予め決めていた話の内容だ。
大切なのは相手から言葉を引き出す事。
回りくどい事を嫌う葛城皇子にそれを呑ませるのにかなり難儀した。
「私もそう思います。
母上には出来るだけ母上の身体を気遣うよう、そこにいるかぐやに施術を施して貰っています」
「ほぉ、かぐやの施術とな?」
よしっ!
「具体的にはどの様な事をしておるのか、私に教えてくれぬか?
かぐやよ」
「帝様には暑すぎない蒸し風呂で身体の血行を促し、体内に潜む疲れの素を取り除きます。
お食事は胃の負担が軽く、不足しがちな滋養を補う献立をご用意しております。
若々しい肌の張りを保つ事で気持ちにも張りを与え心の安寧をもたらす事に、私共一同、心血を注いでおります」
「相変わらず面白い事をやっておるな。
確かに母上を見て六十過ぎと思う者はいないくらいに若々しい。
其方の貢献に寄るところは大きい。
感謝するぞ、かぐやよ」
「は、勿体無いお言葉に御座います」
話の流れが思い通りになり、葛城皇子が饒舌になってきた。
「大海人よ、母上が通われているのは其方の離宮にある施術所だと聞いたがそうなのか?」
「はい、その通りです」
「京の婦人らが挙って通っていると言う話だが、間人も通っているそうだな」
「お陰をもちましてたくさんの婦女子に好評を頂いておりますが、それは額田の人柄によるものだと思っております」
大海人皇子ならば言いそうな言葉、それを引き出すため頭の中で何十回、何百回と繰り返して想定された問答をしてきた。
ふと目をやると、今の言葉にかぐやがハッとした様子を見せている。
まさか私達の考えを……、まさかな。
「額田殿よ、大海人はこう言っておるがそうなのか?」
「私は特別に何かした訳では御座いません。
ただ親しい方々にこの施術所を楽しんで頂きたいと思い、お招きしているだけです。
賑やかなのは好きですので」
「そうだな。
母上、間人、その他の高官の妃などが通う施術所には私も関心がある。
私の后にも是非通わせたいと思う」
「ええ、難波では倭姫王にお会いする機会に恵まれませんでしたが、飛鳥ならばお目見えする機会も増えましょう。
是非、お待ちしております」
「そうだな。
残念な事に私と倭との間には子が居らぬ。
難波の施術所では子を成すための支援もしていると聞いておる。
そちらも世話になるやも知れぬな」
「私にお手伝いできる事が御座いましたら何なりとお申し付け下さい」
大海人皇子も額田も段々と警戒を解いてきているのが分かる。
不用意な発言とはこの様な時に出るものなのだ。
「それは有難い。
額田殿には是非お願いしたい。
今や施術所を中心として額田殿の影響力は大きいと聞いておる。
私のため、大海人のために、是非力を貸して欲しい」
「え、ええ。
私に出来ることであれば」
「そうだな、助かる。
という事で、大海人よ。
一つ頼まれてくれ。
額田殿の人脈を私に譲ってくれ」
一瞬、部屋の中でピシッと音を立てた様な衝撃が走った。
困惑の表情を見せる大海人皇子。
理解が追いつかない額田殿。
そして沈んだ表情のかぐや。
「兄上、人脈を譲るとは如何すれば宜しいのでしょうか?
一人一人ご紹介すれば良いのでしょうか?」
「流石にその様な面倒な事は出来ぬ。
私は飛鳥の婦女子が集まる“場”というものが気になっておるのだ」
「”場“ですか?」
かぐやは何か言いたげだが、ここで止めさせはせぬ。
口を挟んだら即刻叱りつけよう。
「此度の遷都では施術所が情報交換の中心となったと聞く。
鎌子の妃、与志古殿も世話になったそうで、大海人には感謝しているそうだ。
そうだな、鎌子よ」
「難波から飛鳥への千人を越す者達の移動を支障無く済ます事が出来た裏には難波の施術所の存在抜きには考えられなかった、と与志古より聞きました。
一同を代表して感謝申し上げます」
『感謝』という私の言葉に失望の表情を見せるかぐや。
先日の宇麻乃に私が見せた顔もこの様だったのだろう。
やはりかぐやは全て分かっている様だ。
「あ、いや。
それはかぐやが幼き頃より世話になった恩人への恩返しとして手伝ったのだ。
大仰に捉えなくてもよい」
「大伴氏挙げての支援を受けながら何も返礼をしないのは、些か都合が宜しくないと思われます。
何かしらの報奨を用意すべきかと考えております」
こちら側から出来る譲歩はする。
報奨の一つや二つ、私の私財でどうにかなる。
「それならば大伴馬来田にはそう伝えておこう。
中臣殿とは知らぬ中では無いだろう」
「ええ、馬来田とは従兄弟同士ですし、先の左大臣大伴長徳は馬来田の兄でもあり、懇意にしていた仲です」
そして連中ならば主人の不遇を黙っているはずがない事も。
「そうだ。
飛鳥へと赴いた者らは相応の役職に就いた。
それを支援した者らに報いるのは当然だ。
かぐやよ、其方の父も同じく報われるべきだな。
あれだけの大掛かりな屋敷の数々、いや街を造るのに尽力したのだ。
その出資者に何も報酬を与えなかったら、私が施政者としての資質を問われる。
そして施術所の所有者は大海人であろう」
「ええ、単に所有者として私の名を貸している様なもので、額田の好きにさせているだけです」
ここまで思う様に話が進むとは……。
やはり大海人皇子は将来が楽しみだが、まだ若い。
「つまり施術所の実質の主は額田殿という訳だ。
母上と間人が通い詰め、高官どもの妃が通い、今後は私の后も通う場だ。
今や額田殿は飛鳥の婦女子の中心にいると言って良かろう」
「つまり施術所の所有を兄上に譲れば宜しいのでしょうか?」
「屋敷だけ譲られても中身が共わなければ意味は無かろう。
私が欲しいのは人脈なのだ」
前置きは十分だ。
これで詰みだ。
「額田殿と施術所を丸ごとだ。
無論、かぐやを含め運営する者達全てだ」
「……それはつまり、額田を兄上に譲るという事ですか!?」
予期せぬ言葉に大海人皇子が信じられぬと言った様子で言葉を絞り出した。
相手が思考停止に陥った今こそが好機。
「不本意であるが、そう捉えられてしまうのは仕方がない。
だがこの世の半分が男で、残り半分は女子だ。
男の世界で私が頂点にいるという自覚はある。
しかし女子の世界で頂点にいるのは私の后ではなく、其方の妃の額田殿だ。
額田殿の人脈がこの先、無視出来ぬ脅威になる事を私は懸念しておるのだ」
「だからと言って……」
「すまぬな、大海人よ。
先程も言ったであろう。
高齢の母上には無理はさせられないと。
もう身内同士で争う姿を母上に見せたく無いのだ。
私としても仲睦まじい其方らに横恋慕するつもりはない。
其方に叛逆の意思が無いことは重々承知している。
それを分かりやすい形で示して欲しいのだよ」
いきなりこの様な事を振っても言い掛かりしかない。
しかし話の流れがそれを正当化する。
「しかしそれはあまりにも……」
「昨日、母上から額田殿と十市を引き離さないで欲しいと承った。
私もその気持ちを最大限に尊重したい。
額田殿と十市皇女を決して離れ離れにはせぬ。
約束しよう」
「十市も、ですか……」
大海人皇子の顔色が絶望の色に染まる。
「以前から私は兄として助言をしたいと思っていたのだ。
其方は妻を増やし、もっと子を成せ。
母に続き私が道半ばで倒れたら頼るのは其方しか居らぬのだ。
血筋が絶える事は避けなければならぬ。
十市皇女を引き取りたいのも私の息子と幼いうちから仲睦まじい仲になり、我々の血脈を残すためだ」
「私には額田以外に女性は考えられません」
「庶民ならばそれも良かろう。
だが我々は皇族だ。
これは兄として、将来の皇弟となる其方への頼みでもある。
私の妃を二人譲ろう。
ニ対一だ。
これならば私が譲歩する形になろう」
いかん、葛城皇子の独善が出てきた。
目的は果たしたのだ。
ここは一旦引き下がろう。
「葛城様、大海人皇子様はあまりに急な話のため混乱されております。
少々、暇が必要かと存じます」
私は一旦この場を解散させる事にした。
「そうか?
だが私の考えは変わらぬ。
次会う時は色良い返事を待っているぞ」
さあ、大海人皇子よ。
怒れ!
そして反撃してこい!
こちらの備えは十分だ。
不本意ではあるが、貴方には政の世界から消えて頂く!
(幕間つづきます)
半分以上が過去の話のコピペなので字数だけはあります。
執筆中鎌足の心情をこの様に考えながら描いておりました。
追伸.
『これで詰みだ』
以前に成金の話でもしましたが、飛鳥時代にはまだ将棋は日本に伝わっておらず、鎌足がこの様な言葉を使う事はないのですが、他に言葉が見つからずあえて『詰み』と言う単語を使いました。




