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【幕間】鎌足の苦悩・・・(2)

鎌足様のお話はお笑い要素がありませんので、真面目なノンフィクションっぽいハードでボイルドでエッグいお話になってしまいます。

m(_ _)m

 (※悩める中年管理職・鎌足様視点による時代の移り変わりをご覧頂いております)



 軽が……、孝徳帝が崩御した。

 確かに最後会話した時にはその予兆があった。

 しかし、難波宮に一人取り残されただけであそこまで衰弱するなんてあるのだろうか?

 頭の片隅に過ぎる考えを振り払い、先入観を捨てて調べるべく、私は難波へと跳んだ。


 (みやこ)での協議の結果、孝徳帝の次は葛城皇子は即位せず、皇祖母尊が再び帝になる事になった。

 おかげで今の飛鳥宮はその準備に忙しい。

 逆に国政を承る私にはやる事がないのだ。

 祭祀に関与するのは左大臣の巨勢徳多(こせのとくた)だ。

 私は内臣(うつのおみ)という肩書きを賜っているが、その様な役職は正式には存在しない。

 早い話が葛城皇子の代理人(フィクサー)みたいな者なのだ。


 先ずは孝徳帝の寝所を調べるか。

 予め崩御後の寝所には手を加えぬ様、命じてある。

 主人を失った寝所は何も動かず、気味が悪いくらい静かで、このまま廃墟となって朽ちていきそうな気分になる。

 おそらくこの部屋を使おうとする者は居らぬだろう。

 しかし物珍しい調度品を持っていこうとする者は居るはず。

 なので首を刎ねてでも止める様に言ってある。


 中へ入ると、三ヶ月前にきた時、咽せ返るほど充満していたあの香の香りが未だに遺っていた。

 おそらく部屋の天井や壁、そして調度品に匂いが染み込んでしまったのだろう。

 孝徳帝の趣味を反映した唐製の調度品はその時のままであり、全く手が入っていない事を伺わせた。

 しかし寝台には孝徳帝が横たわっていたであろう形跡は無い。

 寝たきりだった孝徳帝の糞尿まみれの寝具をそのままにしておくは勘弁してほしいと泣きつかれて、寝台の整理だけは許可した。


 見回してみても違和感はない。

 孝徳帝が今から業務をするとしても差し障りはないであろう。

 筆も墨もある。

 孝徳帝はあの唐風の椅子に座り、机に木簡を置き、仕事をしたであろう。

 息抜きに琴を鳴らしたそうだが、それもそのままだ。

 印は崩御の際に飛鳥へと丁重に運んだのでここには無い。

 それを除けば欠けた物は無いように……

 いや、あった!


 香炉が無くなっている!

 香炉だけでは無い。

 香そのものが見当たらぬ!

 まるで孝徳帝を燻すかの様に部屋の中を香で満たしていた筈だが、香の葉どころかチリ一つ無い。

 あってはならない悪い予感が心の中でドス黒いモヤとして広がってくるのを感じた。

 私は早速、生前の孝徳帝の部屋に出入りしていた付き人らを召集した。

 飛鳥に戻る事を許さず、ずっと難波に待機させていたのだ。


 ◇◇◇◇◇


「香炉が無くなっているが、持ち出した者はここにおるのか?」


 五人の付き人らを前に、絶対に答えるはずのない問いをした。

 当然、全員が首を横に振った。


「では最後に香炉を見たのはいつか。

 右端の其方から答えよ。

 あれだけモクモクと香を焚いていたのだ。

 気づかなかったとは言わせぬ」


「わ、私は帝が崩御されました前日、香炉から煙が出ているのを見ました」

「私もです」

「帝が崩御されて三日間中へ入れず、ようやく入って寝台を掃除する時には既に香炉が無かった様に思えました」

「私は……」


 全員の話を総合すると、孝徳帝が崩御した当日から三日間のうちに持って行かれた様だ。


「では香を焚いたのは誰だ?」


「帝のご命令によりその場にいた私共の誰かが火を持ってきまして焚きました」

「私もです」

「私も……」


「香の葉は?」


「ここに予め用意されておりました」

「いつの間にか置いてありました」

「この部屋に常時大量に保管しているものとばかり思っていました」


「ここに持ってきたのは誰だ?」


「私ではありません」

「存じ上げません」

「いつもここにありましたので、誰かが用意したのだろうと思っておりました」


 間違いなく香の葉に何か秘密がありそうだ。


「では香炉は誰が掃除していた?」


「月に一度、持ち出されして、綺麗に磨かれた後に返却されておりました」


 誰がだ?


「衛部の物部様が香炉を持ち出していくのを見た事が御座います」


 !!!!


宇麻乃(うまの)がか……」


「あ、帝が崩御されました時、この部屋に誰も立ち入れさせぬ様、物部様から通達が御座いました」

「物部様が中で何かを調べている所と鉢合わせして、部屋から追い出された事が御座います」

「元々ここは衛部の管轄外でしたが、一年前人が居なくなってからは衛部が見回りに来る様になったと記憶しております」


 どうやらこの中に間諜らしき者は居なさそうだ。

 宇麻乃と接点を持つ者も見当たらぬ。


「そうか、分かった。

 ご苦労だった。

 今聞いた話は他言無用だ」


 部屋を管理していた者共は解放した。


 さて……

 点と点が繋がって線となった。

 孝徳帝の死に宇麻乃が絡んでいる事は間違いない。

 だが彼奴が相手となれば油断は出来ぬ。

 私は兵を集めた。


 ◇◇◇◇◇


 難波にある私の宮を厳重な警備で囲った上で、宇麻乃を呼び出した。

 そして宇麻乃は僅かな数の護衛を伴ってやってきた。


「宇麻乃よ、聞きたい事がある」


「何でしょう?」


「香炉はどこへやった」


「………」


「どうした?

 答えられぬか」


「何で分かったんでしょうね?」


「生前の孝徳帝の奇行と、崩御された後に部屋から消えた物。

 その二つに共通する物が香炉であり、其方がひた隠しにしていた物だ」


「まさか調べる者が現れるなんて思ってもいませんでしたよ」


「孝徳帝の衰弱の様子が不自然だったのだ。

 調べぬはずがあるまい」


「その様な事を申しますのは鎌足様以外にはおりませんよ」


「何故だ! 何故帝を手にかけた。

 宇麻乃よ」


「誰の依頼なのかはもうお分かりでしょう?」


「それでもだ!

 帝を手にかけたという事は、最早誰であろうと命じられたら実行するという事だ。

 皇族(じぶん)だけは例外だと思っていられるから其方を囲う事が出来たのだぞ。

 自分の寝首をかく者をそばに置いておけるはずがない。

 いや、私なら排除する」


「ところがそれを分かってか分かろうとしないのか分かりませんが、あのお方は命令するのですよ。

 どんなに説明しても聞く耳を持って頂けませんでした」


「なんて事だ……」


 私は頭を抱えてしまった。

 葛城皇子よ。

 なんて事をしてくれたのだ。

 大して脅威ではない孝徳を亡き者とするために、自らを滅ぼす(やいば)を抜いてしまったとは!


「で、どうしますか?

 彼方此方に隠れている者達を(けしか)けるのですか?」


「出来るはずが無かろう。

 何も無かったのだ……、いや何も無かった事にするのだ。

 帝は一人取り残された難波の地で憤死したのだ。

 其方は何も関与していなかったのだ」


「そうですよね。

 何せ命じた方が今やこの国の頂点に(おわ)す方ですから」


「だが、これまでと同じではいられなくなったのも事実だ」


「つまりは何私は闇へと葬られるのですか?」


「そうだな。

 それが出来るのならな」


「随分と高くご評価頂いているみたいで有難い事ですね」


「しかし私に出来る精一杯の妨害はさせて貰う」


「妨害ったって私は何もするつもりはありませんよ」


「命じられたら帝でも消す奴がそれを言うか?」


「いや、まあ、それを言われると返し様がありませんですけどね」


「では私の持っている全権力を行使させて貰う。

 先ずは衛部から其方を解雇する。

 其方は石上(いそのかみ)神宮にて無期限の謹慎処分を命ずる。

 飛鳥京、灘波京にある全ての公認施設への立ち入りを禁止する。

 これは帝をお守り出来なかった其方への罰だ」


「随分と甘い処分ですね」


「其方の命を()る名目が無いからな。

 文句があるなら俺を呪え。

 物部の得意技であろう」


「呪術は物部の得意技であって、私の得意ではありませんよ。

 私はより確実な方法を選びます」


「だからこそ敵に回したく無かったのだ

 二度と私の前に姿を現すな」


「はい、ご命令確かに承りました」


 こうして宇麻乃は私と袂を分ち、私の元を去っていった。

 その結果、宇麻乃が請け負っていた表の仕事が私に振られ、仕事が五割り増しとなった。

 そして孝徳帝が亡くなった事により事態が円滑(スムーズ)に進む様になったため更に五割り増しとなった。


 つまり仕事は二倍となり、私に安息の日は無くなってしまったのだった。



(幕間つづきます)

内臣(うちつおみ)は律令により律が明文化された後でも令外官であり明文化された大臣格ではありません。

律令制前であっても第一号の内臣が鎌足なのです。

右大臣、左大臣にするには中臣の家格が低かったからだと言われております。

歴代四人しかいない内臣の実態は謎です。

作者はフィクサーとしましたが、後の太政大臣であったり、内大臣(ないだいじん)であったり、解釈は様々です。

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