ファイナルコンサート
もう少し演出の勉強をしなくては……。
雑司女の派遣についてはまだ忌部の宮に居るであろう秋田様宛に詳細を記した木簡を持って行って頂きました。
その雑司女が建クンの部屋で雑務をするという事は帝の目に触れる可能性も高いので、迂闊な人材は選べません。
お爺さんには秋田様とよく相談して決めて欲しいと思っています。
そんな事はさておき、いよいよ本日は宴です。
しかし、そんな事はさておき、もっと困った事が発生しました。
建皇子が殆ど食事を摂りません。
白ご飯では無いのでお米すらNGです。
今までは建クン向けの食べられるメニューを中心に栄養が偏らない様考えた食事を用意出来ましたが、後宮ではその様な配慮はされません。
何せ国全体が飢えていて、食事を残すなんて信じられない事なのです。
どんなに説明しても、この時代の一般的な人の感覚からすれば
『お腹が空けばどうせそのうち食べるでしょう』
と言われるのがオチでしょう。
ですが、建クンにそれを強要するのはあまりにも残酷で危険です。
心と身体が拒否するのを無理矢理ご飯を口へ詰め込む様なモノです。
多分、おえっとなります。
とりあえず、秋田様宛の木簡にこれまで主食として食べてきた饅頭と焼菓子を作って持ってきてもらう様、追記しておきました。
そして後宮内の食事を管理する膳司へお目通りして、それでも建クンが食べられそうな酪をお願いしました。
いわゆるヨーグルトみたいな物です。
ハチミツがあれば食べ易いので、少しで構わないので加えて頂けるよう必死に頼み込みました。
新年の浮かれた雰囲気のおかげで快諾頂けましたが、それほど潤沢にある物ではないのでこれが毎日となるとどうしようか悩みどころです。
無理な様なら厨房の一角を借りてお料理するしかありませんが、毒などを入れられる可能性などを考えましたら、厨房の中に関係者以外の者をそう易々と入れてくれるとも思えません。
今後の建クンの食事については帝にご配慮をお願いするしかありませんが、今日から三日間は新年の儀のため終日お忙しく建クンに会いに来るのはいつになるのか分かりません。
それまでの繋ぎとして忌部からの仕送りに期待するしか、他に心当たりがありません。
佐賀斯様、どうかお願いします。
◇◇◇◇◇
そうこうしている内に陽が高くなり、私も準備をしなければなりません。
衣装は持ってきてありますので、そそくさと着替えました。
道具は一緒に舞う舞子さん達に預けてありますので現地で受け取る予定です。
「それではこれから宴へと参ります。
建皇子様の事を宜しくお願いします」
雑司女の二人に建クンのお守りをお願いして私は舞台のある正堂へと向かいました。
念の為、建クンにはシーシーとウンチを済ませおきました。
建クンがお漏らしする事はありませんが、慣れない環境と見慣れない人達に囲まれて我慢してしまう可能性があります。
その辺についても雑司女に説明しておきましたが、分かって貰えたのか自信はありません。
「建クン、行ってきます。
お姉さん達と一緒に待っていてね」
「………」
少し嫌そうな不機嫌な顔をしているので、行って欲しくないのを我慢しているみたいですね。
身体検査の後、控えの席へと向かいました。
既に四人の舞子さん達は席で控えていました。
御簾の向こうには帝がいらっしゃるみたいです。
皇太子様もいるみたいです。
離れた場所に額田様もいらっしゃいました。
久しぶりに見ます。
間人太后様や大海人皇子様の姿も見えます。
何故か懐かしく思えます。
私が入場して程なくして宴が始まり、舞台では様々な演奏、詩、舞が披露されました。
前回の即位の儀では、その完成度で足元にも及びませんでしたが、今回は少しは追いついた実感があります。
この二ヶ月間の稽古の成果を披露したい。
そんな気持ちで舞台を眺めていました。
…………
どーん、どーん、どーん
いよいよ最後の演目、私達の舞の出番です。
旧暦の正月とは太陽暦で十二月上旬です。
寒さはさほど厳しくありませんが、一年で一番陽が短く既に真っ暗です。
天気は晴天で星がとても綺麗です。
一日月は遠に沈み、パチパチと燃え盛る焚き木以外、灯りは全くありません。
舞台は完璧です。
私達は優雅に、急がず、でもゆっくり過ぎずに舞台へと歩みます。
そして舞台に上がる直前、舞子さん達に告げました。
「前もってお話ししてあります通り、今回は舞の途中で天女の術は一切使いません。
私達に出来る精一杯の舞を観て頂きましょう!」
「「「「はいっ!」」」」
舞台へ上がり、配置につきます。
真ん中は私です。
♪ 〜
音楽が始まり、私と四人の舞子さんが同時にスッと舞へと移行します。
出だしは完璧。
くるくる舞る動作も五人が完全にシンクロしております。
シャーン! シャーン! シャーン!
神楽鈴の音は、五人同時にスナップを効かせてキレキレです。
二ヶ月間の稽古で腕が一回り逞しくなりました。
入れ替わりもスムーズに行われて違和感を全く感じさせず、舞の演出一部として溶け込んでいます。
シャーン! シャーン! シャーン!
中弛みなく集中力を保ち、質の高い演技を続けます。
視界の隅で先程舞を披露した帝お抱えの舞師さん達が感心している様子が写りました。
しかし一方でいつになったら“光の人”が出現するのか、そればかりに目がいっている観客も少なくありません。
ごめんなさいね。
今日は最後までアレは出ないの。
だって私は舞を披露するためにここに立っているのだから。
シャーン! シャーン! シャーン!
いよいよ舞も終盤。
いつしか“光の人”が出ない事を忘れたかの様に舞を見入る観客が増えてきました。
体力的にはキツイですが、五人とも集中力は切れていません。
シャーン! シャーン! シャーン!
シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!
シャーーーン!
最後の最後まで神楽鈴に音ズレはありません。
締めのポーズをとり、舞は終わりました。
そして私達は静かに跪きました。
会場が静寂に包まれます。
…………
だんだんと会場がざわつき始めます。
ですが私達はずっと同じ姿勢を保ちます。
すると会場の誰かが異変に気付いたみたいです。
「月が出ているぞ!」
その声に会場の視線が一斉に上を向きます。
太陰暦の正月はほぼ新月、とっくに沈んで月は無いはず。
なのに上空にぼんやりと光るお月様があります。
よく見るとその月はくるくると回っています。
そして徐々に光を増し、そして大きくなってきました。
会場からは悲鳴に近い響めきが上がり始めました。
もうお分かりですね。
私は見えない光の玉を上空100メートル程の高さに千八百発ほど打ち上げていたのです。
そして舞が終わってから徐々に、光の色を黄金色へと変えていったのです。
イメージは東京で行われた世界的なスポーツイベントの開会式のアレですね。
残念ながら私の頭脳は性能が低いので、地球儀にするとか文字にするとか精密な制御はできません。
球体に配置してくるくる回すだけで精一杯です。
しかしそれだけでも花火すら無い飛鳥時代の人にはインパクト十分です。
光の光量が最大になったところで、球体を解体し始めました。
リンゴの皮剥きの様に球の頂点から光が一列になって離脱していきます。
そして近づくほどに分かるのが、光の玉が子供サイズの人の形をしているという事です。
建クンをイメージしました。
千八百体の建クンは上空5メートルを並んで歩き、幾つもある宮の建物の上に降り立ち、そしてふっと消えました。
再び真っ暗となり虚をつかれて観客が呆気に取られたその次の瞬間。
空一面が弾ける様に光に包まれ、花火の様に四散して消えていきました。
私が初めてチートを使った時と同じ演出です。
あの時は真人クンも小さかったな。
(※第42話『宴、最終日(4)・・・最後の舞』)
ふう……、力を使い過ぎて、少しクラクラします。
観衆の皆さんが上を向いて呆けている内に私達はスタコラサッサと撤退しました。
観客が我に返って会場が大歓声に包まれている時には、私達は会場の外でした。
「皆さん、ありがとう。
最後はあんな風になったけど、舞は完璧でした。
これ以上の舞はもう二度と舞えないかも知れません。
私は今日の事を一生忘れません」
「「「「かぐや様ぁ〜」」」」
舞子の皆さんと皆んなで抱き合って涙を流して感動を共にしました。
共に頑張ってきただけに感慨も一入です。
明日にならないと今夜の舞の評価がどうだったかは分かりませんが、これが私に出来る精一杯です。
後は成り行きに任せるとして、私は建クンが待つ自室へと戻っていきました。
一応ご存知でない方のため。
前話の『普通の女の子に戻りたい』ネタは往年のアイドルグループ、キャンディーズが突然の引退発表をした時の言葉で、当時流行語になったそうです。
そしてその翌年、東京ドーム球場の前身となる後楽園球場でファイナルコンサートが開催されました。
『私達、幸せでした〜!』




