伝言ゲーム(2)
衣通姫は長い期間讃岐屋敷に滞在していた事があるので、かぐやのお爺さん、お婆さんとは遠慮なく話が出来る間柄です。
しかも天然の衣通姫です。
なので天然かつ遠慮のないディスりが……。
【天の声】
失脚した讃岐国造、その娘かぐやを巡り争奪戦が勃発。
京はちょっとした騒動になっていた。
しかし当の本人、かぐやはその様な事になっているとは全く知らず、皇子と共にのんびりと散歩の最中であった。
◇◇◇◇◇
⑧讃岐にて
「お婆様、急なご訪問を申し訳御座いません。
こちらの方にかぐや様がお帰りになっておりませんか?」
「衣通ちゃんじゃないかね。
一体どうしたんだい?
かぐやは京の忌部様のお屋敷にお世話になっているんじゃなかったのかい?」
「それが……宮を出て行ってしまわれたみたいなのです」
「何でまた、どうして?」
「お爺様が国造から降格になったため、かぐや様は後宮を追放になられたみたいなのです」
「えぇっ!
そんな事になっていたのかい?
お爺さんや、ちょっと来ておくれ。
かぐやが大変なんだよ!」
「どうしたんじゃ?
おや、衣通姫じゃないか。
元気そうじゃの」
「お爺様もお元気そうで……ではなくて大変なのです!
かぐや様が行方不明なのです!」
「一体、何があったのじゃ?!」
「お爺様が国造を降格になったため、かぐや様が後宮を追い出されてしまったのです」
「なんと、いつの間にかワシは降格になったのか?!」
「そのような些事はどうでもいいのです。
かぐや様が行方不明なのですよ!」
「いや……ワシにとっては大ごとなのじゃが」
「後宮を追い出されたかぐや様はお世話をしている建皇子様と共にふらりと出て行ってしまわれたのです」
「かぐやは皇子様としっぽりな仲なのか?」
「何を仰っているのですか!?
建皇子様はまだ五つですよ」
「衣通ちゃん、お爺さんの事は構わずに話を続けておくれ」
「そうですね。
話がちっっっとも進みませんから。
お祖父様の葬儀の時、かぐや様と建皇子様はとても仲が宜しくてまるで本当の親子の様でした。
しかし庶民となり、後宮を追い出されたかぐや様は建皇子様と離れ離れになってしまうのです。
そこでかぐや様は誰にも告げず、宮を出て行かれたのではないでしょうか?」
「しかし、まだ五つなら親元に返せば良いのではないのか?
そちらの方が良かろうが」
「お爺様の割にまともなご意見ですね。
以前、かぐや様が皇子様のお世話をするに至った理由を伺ったのですが、口を濁して教えて下さらなかったのです。
一体、何故なのでしょう?」
「まさか恋仲でもあるまいし……」
「……はっ、もしかしたら!?」
「衣通ちゃん、何か心当たりがあるのかい?」
「かぐや様のお集めされている薄い書に、心当たりがあるかも知れません」
「ああ、本人は気付かれていないと思っているアレだねぇ」
「そうです。
かぐや様のお部屋の本棚の一番奥にある、難しい書と真面目な書との間に挟んであるアレです」
「それがどうしたんだい?」
「……」
「几帳面なかぐや様はその書を分類分けされているのです。
例えば普通の男女の恋愛ものは『正統派』とか。
許されぬ恋愛ものは『禁断の書』とか。
幼い娘と大人の男性が結ばれる至高の恋愛を描いた『露離婚』とか。
そして何故か男性同士の恋愛は見た事の無い記号が振られています」
「かぐやらしいねぇ」
「……」
【天の声】…………BとLか?
「私は正統派が好きなのですが、かぐや様はどちらかも言うと変化を好まれる傾向があるのです」
「確かにそうかも知れないねぇ」
「……」
「その中の一つに『せいた』という分類があるみたいなのです」
「「せいた?」」
「はい、正しく太いと書いて『正太』です。
幼い男の子とお姉様の恋愛を描いた薄い書です」
「何とまあ」
「……」
「もしかしてかぐや様は正太がお好きなのではないでしょうか?」
「さすがにそんな事はないじゃろ」
「いいえ、お爺さん。
思い返せばかぐやは幼かった真人様とも初対面の時から意気投合していましたよ」
「そうです。
逆に格好良くて、聡明で、真面目で、性格が良くて、とても素敵で、だけど年上の御主人様に全く靡かなかったのも説明がつきます」
「確かにそうだねぇ」
「……」
「こうしてはいられません。
きっとかぐや様は人里離れたひっそりとした場所で……ああ、どうしましょう!」
「落ち着いて、衣通ちゃん。
かぐやは命を粗末にする子ではありません。
何が何でも二人で幸せになる道を探す子です」
「そうですね、お婆様。
もう一度、京へ行ってみます」
「そんなに急がなくてもきっと大丈夫。
今日は遅いからウチに泊まっていくといいよ」
「ありがとうございます。
お婆様とお話をしたら、何だか安心できました」
「ゆっくりしていくといいよ」
「わし……とっても大変なんじゃけど」
⑨再び忌部の宮
「ただいま戻りました」
「おぉ! かぐや殿、何処へ行っていたのだ?!」
「何処、と申されましても、日課の散歩で御座います。
今日は建皇子様がお疲れのご様子様でしたので少し遅くなってしまいましたが」
「そうだったのか……。
いやな、衣通が慌ててやって来てかぐや殿が後宮を去ってしまったと言うのだ。
それは本当なのか?」
「えぇーっと、先日政庁へ参りまして国造が廃止された後の父様の処遇について尋ねたのです。
そこで専任の方が父様は降格だと申しまして……。
それで今、内侍司にどうなるのか問い合わせております。
私としましては雑司女でもいいので、建皇子様のお世話をさせて頂きたいとお願いしているのですが、どうなるかは分かりません」
「そうだったのか。
それならば我々も極力後押ししよう。
忌部の氏女を世話係に申しつけて貰い、雑司女のかぐや殿が実質面倒を見るとか、色々と方法はあろう。
無論、雑司女となったとしても我々のかぐや殿に対する姿勢は変わらぬ。
かぐや殿は地上の身分なぞ超越した存在なのだからな」
「いえ、そんな。
分不相応な扱いは困ります」
「出来るだけ我々を頼って欲しい。
これは私からのお願いだ」
「はい、ありがとうございます」
【佐賀斯の心の声】
神降しなどという究極の御技を持つかぐや殿を我が一族に引き入れる千載一遇の好機だ。
私の養女とするのもいい。
いや……、小首の嫁となって頂くのが良いな。
小首はかぐや殿には懐いているし、かぐや殿も小首に優しくしてくれている。
親の私が言うのも何だが、小首は性格の良い良くできた子だ。
今一度、忌部氏の盛行が見えてきた!
⑩葛城にあるとある屋敷にて
「小角殿よ、神降ろしの巫女の噂を聞いているか?」
「かぐや殿の事か?
最近、かぐや殿と連絡が取れぬのだ」
「然もありなん。
神降ろしの巫女の父親が失脚したらしい。
その結果、神降ろしの巫女は京を追い出されたという噂だ」
「それは誠か?
通力を持つかぐやを敵に回したらどんな祟りが降りかかるか分からぬぞ。
連中は馬鹿なのか?」
「愚か者の巣窟であることは否定しない。
だが彼女を巡って、神降ろしの巫女を欲しがる勢力が暗躍しているらしい。
一言主の葛城も参戦するつもりだと聞いた。
もっとも彼奴は巫女に傾倒しているが故の参戦だがな」
「くっ!
山に籠っている場合ではなかった。
私が保証する。
かぐや殿は本物だ。
当麻殿のお力を借りる事は出来ますまいな?」
「私に出来るのは小角殿に話を伝えるだけだ。
下手に動くと鎌足殿が黙っていまい」
「どうしてここで中臣が出てくるのだ?」
「どうやら此度の騒動は鎌足殿が仕組んだ嫌いがあるのだ。
何故なら神降ろしの巫女の父親は国造だった。
国造を罷免する権利は内臣にある。
つまり鎌足殿が神降ろしの巫女を引き摺り落とそうとしているに他ならない。
取り込んだら最後、鎌足の敵となる」
「中臣は何を企んでいるのだ?」
「謀にかけて鎌足の右に出る者は居らぬ。
神降ろしの巫女を独占しようとしているのか、はたまた排除しようとしているのか?
さっぱりと分からぬよ。
私は神降ろしの巫女を政敵を討つための餌として利用するのではないかと踏んでいる」
「そうか……。
だがその程度で諦められるものか。
かぐやは本物なのだ。
ようやく見つけた本物なのだ!」
⑪再び川原宮にて
「内侍司、尚侍より帝に申し上げます。
建皇子の世話係を請け負うかぐやより『父親が国造を降格となったため後宮を去る事になりました』との言伝を預っております」
「何……じゃと?」
(つづきます)
案の定、書き直すほどにボリューミーになっていきました。
この際なので気が済むまでトコトンやってみます。
お付き合いの程、宜しくお願いします。




