陳情
作者はコネの有り難みを感じた場面がありません。
地方行政が国造から評へと制度変更するに伴って、弱小領地の讃岐国造のお爺さんがどの様な扱いになるのか?
御主人クンに担当される高官をご紹介頂きました。
名門・阿部氏の次期当主、御主人クンのご紹介です。
どこの馬の骨とも分からない小娘と面談して頂ける運びとなりました。
就職活動の時にこれだけのコネがあれば……。
◇◇◇◇◇
「初にお目に掛かります。
讃岐国造の娘、赫夜郎女と申します。
お忙しいところを恐縮で御座いましたが、どうしてもお教え頂きたい事がありご面談をお願いした次第に御座います」
「其方がかぐや殿か。
飛鳥京への移動の際にはずいぶん世話になったと大伴吹負殿から伺っている。
年明けの奉納舞は私も目にしたが、見事な舞でしたな。
まさかあのかぐや殿が会いにきてくれるなど、屋敷に戻ったら自慢になるな」
こちらこそまさかの高評価です。
この様子なら期待できそうです。
「過分なご評価痛み入ります。
飛鳥京での屋敷の建設に際しましては差し迫っていたため、十分とは言えない準備の元、馬来田様や吹負様のお取りなしのおかげでどうにか間に合わせる事が叶いました。
また父様より多大な支援を頂けた事も幸いで御座いました」
「我らとしても恩義ある讃岐国造殿には是非とも礼がしたいと思っていたが、かぐや殿がわざわざ来てくれるとは望外の事だ。
で、倉梯殿より話は聞いている。
国造の廃止については中臣様の肝煎りの案件につき、専任の者を付けてやっている。
その者の所へ行くと良い」
「宜しくお願い致します」
そして担当者さん。
何やら顔付きが不機嫌そうです。
「私が地方の取りまとめをやっている犬養だ。
こうゆう申し出が多くてかなわんよ。
で、其方は?」
「讃岐国造の娘、赫夜郎女と申します」
「讃岐? ……ああ、あの小さい方の讃岐か。
紛らわしい。
名を変えればよいものを。
で、私に何用か?」
「国造が廃止になった後の父上の身上に付きましてお教え頂きたく参りました」
「まだ決まってはおらん。
まだな」
「何時決まるのか分かりますでしょうか?」
「今だ。
其方の心掛け次第という事になるな?」
さすが古代、職業意識が未開過ぎます。
とは言え、どうしたものか。
賄賂の一つや二つは全然構いませんが、身体を求められるのは流石に嫌です。
弱みを握ったからと今後も詰め寄られたり、不正を報告られて嬬女としての立場を悪くするのも考えものです。
「この様な衆人の中で心付けという訳には参らないと思います。
もう少し周りにお気を遣って下さいまし」
本人気づいているか分かりませんが、ここは貴方の職場ですよ。
高級官僚みたいに執務室を与えられている訳でもありません。
もう少し考えてみてはいかがでしょうか?
……と言いたい所をグッと堪えて、婉曲な言い方で言い返しました。
「まあ、そうだな。
ではそこまで参ろうか?」
うわぁ、ガッついています。
「申し訳御座いません。
こう見えても女嬬としての立場も御座います。
人気のない場所へ共に参れと申されても、ついて行けません」
「くっ。
だが父親が地位を失えば其方も後宮から去らねばならぬぞ。
庶民が後宮に居る事は叶わぬからな」
「それは困りますが、それは犬養様がお決めになられる事ではないのでは?」
「チッ! 分かった。
では其方の父親は降格だ。
今、ワシが決めた」
「それはあまりに横暴では御座いませんか?」
「横暴と言われる事がワシの仕事だ。
席の数は決まっておる。
その席に座りたい者の数の方が多いのだ。
誰を引き立てた所で角が立つのだ。
用は済んだ。
とっとと去ね!」
ダメです、この人。
僅かな権力にしがみ付く小物ぶりが半端ありません。
本来でしたら何とかしようと縋り付くのでしょうけど、心の奥底では帝が後ろ盾になってくれるという安心感が私にはあります。
ここでゴネてこの男の思惑に乗るのも嫌なので、ひとまず大人しく引き下がる事にしました。
◇◇◇◇◇
……さて困りました。
私が単独で動いた結果、お爺さんは降格になってしまいました。
現代の職場でセクハラを摘発されて降格になった元・課長さんはこんな気持ちだったのでしょうか?
無職になったお爺さんは一体どうなるのでしょう?
築五十年の古い家屋に住んで、竹藪の竹を取って細々と暮らして、一汁一菜の質素な食事で蘇も食べられなくなるかも知れません。
でもそれって、私が来る前のお爺さん達の暮らしですよね?
せめてもの罪滅ぼしに、讃岐に帰ったら毎日金を掘り当てましょう。
不自由な暮らしだけはさせません。
犬養という小役人の事は忘れて、写経をしながら心を落ち着かせていると、だんだんと考えがまとまってきました。
もしかしたらこのままでも構わないかな? ……と思い始めております。
建クンの世話係は女嬬で無くても出来ます。
後宮勤めといってもまだ後宮に居ません。
出勤初日に宮が焼けてしまったので、一日たりとも職場に通った事がないのです。
ひょっとして後宮をクビになっても今までと変わらないのでは?
むしろ政のゴタゴタから距離を置くようになることは願ってもないような気がします。
しかし柵もあります。
亡くなった先帝、孝徳帝からは大海人皇子と真人クンを守れと言われました。
大海人皇子からは斉明帝を頼むと頼まれました。
斉明帝からは建皇子について全幅の信頼を頂いております。
どれもこれも保護にするのはあまりに重い頼まれ事です。
ふと横に目を遣ると、建クンが一心不乱に版画を彫っています。
建クンとお別れするのは辛いから、これだけは死守しましょう。
それが斉明帝へのご奉仕になると思います。
大海人皇子は強い方なので私が居なくてもきっと大丈夫。
真人クンは帰国した時になってから考えましょう。
光の玉で剣で斬られても守り抜いてみせます。
真人クンと言えば……かぐや姫の求婚者達も何時の間にか数を減らしております。
あべのみうし、こと御主人クンは衣通ちゃんと結ばれました。
石作皇子、こと多治比嶋様は音那さんと結ばれました。
車持皇子、こと中臣真人クンは唐へ渡って何時帰ってくるのか分かりません。
石上麻呂、こと物部麻呂クンも一緒に唐へ行ってしまいました。
大伴御幸、こと大伴御行クンは危うく首を刎ねられる所を建クンに救われて、今は母親から引き離されて馬来田様の所で真人間になるべく教育中です。
当面は会うことは無いでしょうし、会いたくも無いはずです。
もしかしたら作戦完了?
月詠命(仮)に頼めば現代へ返してくれるかも?
少なくとも取り上げられたスマホだけは返して欲しいと思います。
元カレの誕生日を逆さにしてパスワードにしているのはすごく恥ずかしいし。
となれば先ずは上司への報連相です。
尚書の千代様に口頭で伝えておきます。
人事を預かる内侍司の紅音様にお伝えする様お願いしておきました。
しかし何故か宮からも讃岐からも連絡が無いまま一月、二月が過ぎ、叙勲の季節になりました。
「讃岐評造麻呂に大山上の冠位を与える」
何故?
お爺さん、まさかの二階級特進です。
殉死したのではないよね?
(つづきます)
犬養五十君。
あえて実在の人物を持ち出しました。
大化二年(646年)に東国国司、紀麻利耆拖の不正事件に関わった人物とされております。
帝により罪は赦されましたが、次に歴史の表舞台へ現れる壬申の乱(672年)までの間の動向は不明なので、下っ端役人になって頂きました。




