秋田夫妻の報告
明日は資格試験なので、早く寝なきゃ。
後宮に入ったものの出勤初日に職場が焼失、忌部の宮にご厄介になりながら皇子様である建クンの世話係を仰せつかりました。
昼は書司の女孺として写経に励み、昼過ぎからは幼い建クンの世話係として楽しく過ごして参りました。
しかし、この様な生活にも終わりが近づいてきました。
焼失した板葺宮に代わる新しい宮が、遠目には今すぐにでも入居出来そうなくらい出来上がっております。
とは言え、迷信深い古代ですから事あるごとに祭祀があります。
地鎮祭と上棟式だけなんて事はありません。
お祈りのために彼方此方に何かを埋めて、祭祀の度に関係者一同が正装して儀式に当たります。
もちろん日にちは適当でなく、卜部氏が占いをした上で最上と思われる吉日を選んで催されます。
灘波京が完成まで七年も掛ったのも頷けますね。
国の中枢を担う宮ですから完成したから即入居とはなりません。
おそらく全て終わるのは年明けになるでしょう。
◇◇◇◇◇
そんなある日、秋田様、萬田先生ご夫妻がやって来ました。
目的は私の舞の稽古をみるためです。
まだ本決まりではありませんが、落成式では私が舞を奉納する事はほぼ間違いないとの事です。
今年初めに舞った奉納舞が10日だけの付け焼き刃であった事は、萬田先生として納得がいかなかったみたいです。
私の舞もそうですが、忌部の若い世代の育成に本気で乗り出す積もりみたいです。
「ずっと忌部の皆さんにお世話になっているのにご無沙汰しております。
子麻呂様のご葬儀ではご挨拶もできず申し訳御座いませんでした。
お変わりありませんか?」
「葬儀では行き違いになってしまって挨拶もできませんでしたからね。
でもあちらに到着しましたら皆が姫様の舞を絶賛しておりましたよ。
あの時の葬送の舞いは今だに語り継がれているのです。
それを目にすることが出来なくて本当に悔やまれます」
「いえ、何も練習もせず、下準備もなく舞っただけです。
初めて覚えた舞でしたから身体が勝手に動いた結果、好評を得ただけだと思われます」
「それだけではないと思いますが、舞の師匠としては誇らしいです。
また頑張りましょう」
つまり厳しい稽古をすると言う事ですか?
「ええ、舞もそうですが、今は調べ物もあるのです。
後宮に入る前に少しでも纏まった形にしたいと思っております」
「調べ物とは?」
秋田様が興味深げに聞いてきます。
「今、私は書司の女嬬となっております。
とは言え、宮が消失し、蔵書も焼けてしまったので、今は新たに収める経典の写経をしております。
また自由に使える暇がありますので、畿内の神社を巡り、神社の成り立ちや、代々語り継がれている話などを聞いて調査をしております」
「ほう、それは面白い試みですね。
何か分かりましたか?」
「残念ながら、分かった事は飛鳥だけでは全容は分からないという事です。
当たり前と言えば当たり前ですね」
「まあそうなりますね。
何処か調べたい場所とかはあるのですか?」
「これまでの調査で共通するお話として、筑紫と出雲との関わりが深いと言う事でしょうか?
なので筑紫へ行かないと詳細な調査は難しいという事です」
「確かにそうですね。
高千穂へは私も行ってみたいと常日頃思っております」
「それでも加茂役君様という葛城一帯に詳しい方と知己を得まして、快く案内を引き受けて下さり、調査は思いの外進みました」
「加茂役君……と言う事は小角殿ですか?」
「はい、お知り合いですか?」
「いえ、会った事はありませんが有名な御仁です。
良くも悪くも、です」
「良くも……はともかく、悪くもとはなんでしょう?」
「変わり者、変人、狂人、浮浪人、など散々な言われ様です」
「それは仕方がありませんね。
私も初めてお会いした時、何処かの貧民かと思いましたから」
「最近では鬼を弟子にしたという噂です」
ああ、義覚さんの事かな?
「それは山に残っていた蝦夷の一家を庇護下に置いただけです」
「そうなんですか?
色々と胡散臭い噂の多い方ですから、私はてっきり嘘かと思っておりました」
「詳しい事は言えませんが、その件に関しましてはこの目で見ておりますので間違いありません。
何があったかは口止めしておりますので、これ以上噂が広がる事はないと思います」
「口止めした?
口止めされたのではなくてですか?」
「あ……」
「ひーめーさーまー。
一帯何をしたのですか?」
秋田様が怖い顔で問い詰めます。
「いえ、大した事では御座いません。
小角様が叩き起こした怨霊を、輪廻の輪に還るのをほんの少し後押ししただけですよ。
優しく、丁寧に。
ほほほほほほほ」
「まったく……。
で、小角殿は信頼のおける御仁なのですか?」
「何か企んでいる様子はありますが、信頼していいかと思います。
通力も強く、人としての魅力もあります。
少し暴走癖があるのが玉に瑕ですね」
「姫様が信頼しているのならそれで宜しいです。
私の方でも筑紫に関する書を探してみましょう。
何か分かるかも知れません」
「それは助かります。
もう後宮に入るまであまり暇がありませんのでどうしようか悩んでおりました」
「何かあれば文でも人伝でも宜しいのでお知らせ下さい。
ご協力しますので」
「はい、その時は是非頼らせて頂きます。
必要な費用はこちらでご用意致しますので」
「それは有り難いですね。
それと姫様に言っておりました調査ですが、こちらは然程進展はありません」
「何の調査でしたか?」
「あれです。
皇太子様の件です」
「あ、ああ! そうでした」
(※第227話『讃岐で過ごす年末年始(1)』をご参照下さい)
「少し気になるところがあるので、機会があれば吉備へ飛んでみようと考えております」
「くれぐれも危険が無いようにして下さい」
「ええ、娘のためにも気を付けます」
私が取り上げた子です。
もうだいぶ大きくなっているだろうな。
「是非会ってみたいですね」
「ええ、次に来る時には。
もうそろそろ舞の稽古を始めるつもりです。
姫様にお手本を見せて頂きたいですね」
萬田ママ、実の娘に対しても厳しそうです。
「分かりました。
恥ずかしい姿を見せない様精進します。
ところで讃岐では変わったところは無いのですか?」
「ああ、そうでした。
その報告もあったのでした。
実は讃岐造麻呂殿が降格になりそうなのです」
「攻殻?」
「ええ、降格です。
国造で無くなりそうです」
「父様が何かやってのですか?」
「いえ、違います。
国造という役職そのものがなくなりそうなのです」
あ、そうでした。
大化の改新で国造が廃止されて国司や郡司が全国に設置されたって、歴史の授業で習った覚えがあります。
……と言う事は、お爺さん、まさかのリストラ?
(つづきます)
作者的に前々からの懸案だった『国造』の制度について切り込んでいきます。
飛鳥時代後期は変革の時代だったため、旧態然の国造も新体制への恭順を求められました。




