生駒山の蝦夷(えみし)
日常回はあれやこれやをぶっ込み易いので、書いていて楽しいですね。
弓矢を構えて、私達に出ていけと言う男性。
立ち向かうは役小角様と阿部比羅夫様。
この二人相手に戦ったら、どう考えても戦隊モノの第一話並みにあっさりと片付いてしまいそうな気がします。
悪役は悪役で初動の大切さを知らないのか分かりませんが、小出しに悪事を働くなんてせずにいきなり総力戦仕掛けないのは永遠の謎です。
物量で押すのは基本中の基本でしょ?
と言うか、ボスが一番強いのでしたら貴方が働きなさいよ。
暇そうなんなし、忙しいって言っても大した事やっていないでしょ?
悪の組織も正規の企業もロクな管理職しか居やしないのだから!
皆んなからの死角になっているからって、スマホイジっているのバレバレなんだからね!
【天の声】いろいろな話がごちゃ混ぜになっているぞ。
◇◇◇◇◇
「改めて言う。
話し合いをしようじゃないか。
我々が引っ込んだところで次は大人数で来るだろう。
そうならないためにも話を聞かせてくれ」
小角様の説得が続きます。
横には当代一の武将、阿部比羅夫様が居ます。
先程のやり取りで攻撃が通じない事は明らか。
相手にしてもジリ貧のはずです。
しかしこちら側からは強く出ることはせず、相手の譲歩を待ちます。
なので重苦しい膠着状態が続きます。
私は……というと、このままでは麓で待っている建クンが寂しがってしまいそうで気が気でありません。
差し出がましいとは思いましたが、私が前に出ました。
「私達はこの生駒に何かが居るとだけ聞き、調べに参りました。
私のような女子が居るのは、ここへ争いに来たからではないからです。
ただ調べに来ただけなのです。
もし何かお困りの事がありましたら教えて下さい。
ここに居るお二方は人のお話に耳を傾けてくれる御仁です。
私も貴方のお話を聞きたいのです。
何故矢を向けなければならなくなった理由をお聞かせ下さい」
こうゆう時に女性の声というのは得です。
良く通るし、威圧感を与えません。
暫くして男性が弓をおろして答えました。
「分かった。
とりあえず話だけはしよう。
そうしたら俺達に構わずに出ていってくれ」
『ほっ……』
ひとまず争いは回避出来ました。
「かぐや殿よ。
其方が話をしてくれないか?
恐らく相手もそれを望んでいると思う」
えぇっ! ……と喉まで出掛かった声を飲み込んで、
「畏まりました」と平静を装って小角様に答えました。
「私はかぐやと申します。
お名前を教えて下さいますか?」
「オレはギカクだ」
「ギカク様はずっとここに住まわれて居るのですか?」
「そうだ!
オレ達はずっとここに住んでいたんだ。
お前達が山奥へ追いやったんだ」
「その様な話は聞いたことが無いぞ」
小角様がポツリと言いました。
「オレが嘘を言っているって言うのか?!
やはりお前らは信用が出来ねぇ」
「この者の無礼な発言、大変申し訳ありません。
ごめんなさい。
お詫び致します。
私を含めてここに居るものは、ギカク様がどの様な災難に遇われたのかを知らないのです。
それをお聞かせ下さい。
お願いします」
「あ、ああ。
あんたらが知らないのは無理もない。
すごく昔の事なんだ。
ここいら一体に俺達の一族が住んでいたんだ。
で突然あんたらがやって来て、戦になって、負けて、この山に隠れて暮らしていたんだ。
ずっと昔で、どれくらい前かは分からない。
爺さんのそのまた爺さんよりも昔だ」
「ひょっとして蝦夷ではないか?」
比羅夫様が指摘します。
「それはあんたらのがそう呼んでいるだけだ」
「ワシは東国の蝦夷と交流がある。
何だったら彼らと渡りをつけるぞ」
「ここはオレ達の土地だ。
爺さん達の墓もある。
ここを離れるつもりはない」
「比羅夫様、蝦夷とはどの様な意味で使われるのですか?」
「そうだな。
大体は朝廷の支配下にない者を皆、蝦夷と呼ぶ。
東国の蝦夷は髭が濃くてホリが深い顔をしておる」
「まるで比羅夫様みたいですね」
「ああ、だから彼らと上手くやっていけるんだよ」
「ギカク様。
ギカク様の仰りたい事が段々と分かってきました。
ギカク様の他にはどなたかここに住んでいるのでしょうか?」
「……もうオレと番と子供だけだ」
「これからどうされるおつもりですか?
お子さんは?」
「これからもずっとここに居る。
子供もだ。
子供に子供が出来れば墓を守れる」
「あまり兄弟姉妹で子供は成さない方が宜しいですよ。
兄妹の間で生まれた子は短命だったり、病気にかかり易いと言われております」
「他にいねぇんだ。
しょうがないだろ!」
「しょうがなくありません。
子供が不幸になるのを見過ごせません。
ギカク様だって生まれてくる子供には長生きして欲しいでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
「申し訳無いのですが、小角様が知らないと言う事はこの辺りの人でギカク様のご先祖様がここにいた事を覚えている人はもう居ないのです。
逃げる必要は無いのですよ」
「お前らは忘れているだろうけどオレ達は絶対に忘れねぇ!」
「でもこのままではギカク様の孫の代は誰も居なくなるかも知れないのですよ」
「そ、それは……」
「ですから外と交流しましょう。
外の人を受け入れて、これからもお墓を守れる様に知恵を出しましょう」
「そんな事が出来るのか?」
「それは……」
「出来るかも知れぬな」
小角様が口を挟みます。
「どうすれば良いのですか?」
「ギカクには私の弟子になって貰おう。
そして生駒山の行場の管理を任せる。
任せると言っても名目だけで、今まで通り墓守りをすれば良い。
この辺り一帯なら私の顔が効くから、文句は出まい」
「どうでしょう? ギカク様」
「オレ達が出ていかなくていいのなら、それでいい」
「では、その様に報告しておきましょう」
「ついでと言っては何だが墓を案内してくれぬか?
折角だ、経の一つもあげておきたい」
「ああ、分かった」
えぇ〜〜〜、まだ帰れないの?
もう薄暗くなり始めていますよ。
明日にしましょうよ〜。
……という私の心の叫びを無視するかのように、小角様はギカク様について行きます。
ちぇっ!
この山を完全に生活の場にしているギカクさんは迷う事なく墓標が並ぶ墓場へと案内してくれました。
すぐ近くに粗末な小屋らしき物があります。
まるで縄文時代にタイムスリップした様な感じです。
青森の三内丸山遺跡が都会に見えてきます。
中には人影が見えます。
きっとギカクさんの子供なのでしょう。
中から奥さんらしき女性が慌てて出てきました。
急な話のため奥さんも戸惑って、ギカクさんに何があったのか聞いています。
小角様は墓標に経を唱え始めました。
退魔師が主人公の漫画を思い出させます。
はーらなんみゃーわんこそば
【天の声】本当に写経していたのか?
山の中でしかも東側という事も手伝って、辺りはだいぶ暗くなってきました。
……???
気のせいでしょうか?
墓標の根元が仄かに光っています。
蛍の季節にはまだ早い気がします。
段々と光が浮かび上がって、人の姿を形作ってきました。
ゆ、ゆ、ゆ、……幽霊!?
ちょっと待って。
このお話、いつの間にオカルトになったの?
神様が出て来て、異世界に転移して、チート能力を貰って、幽霊が出てきて、これじゃまるでハイファンタジーじゃないの。
「比羅夫様、見えてはいけない物が見えますか?」
横にいる比羅夫様に聞きます。
「すまん。
剣で切れぬ物には門外漢だ」
「小角様ぁ〜、どうにかして下さい!」
「すまん!
どうやら彷徨える鬼を起こしてしまったらしい。
数が多過ぎる。
自分達でどうにかしてくれ!」
まさかの責任放棄!?
そうこうしているうちに数が増え、ボヤけていた輪郭もハッキリしてきました。
段々とこちらへ近づいてきます。
プツン
もーイヤぁぁ!!
私は光の玉を浮かべ、連打しました。
精神鎮静、ウィルス退散、殺菌、鎮痛剤、虫下し、などなど。
持てる治療を怨霊の皆さんにぶつけました。
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チュン! チュン! チュン! チュン!
チュン! チュン! チュン! チュン!
チュン! チュン! チュン! チュン!
チュドドドドドドドドドドドドドド!!
チュドドドドドドドドドドドドドド!!
チュドドドドドドドドドドドドドド!!
………
気がつくと、辺り一面から怨霊の姿は消えて無くなっていました。
比羅夫様は呆気に取られています。
ギカクさん夫婦は抱き合ったままへたり込んでいます。
小角様は……
「助かった。
皆、輪廻の輪に還った様だ。
やはりかぐや殿に来て貰って正解だったな」
何故か満足気です。
やるせ無い気持ちになるのは何故でしょう?
小角様にピッカリの光の玉をぶつけたら少しは晴れるかしら?
チューン!
飛鳥時代の蝦夷は、アイヌでは無いというのが通説になっております。
どちらかと言えば縄文人の特徴を持つ日本人です。
この頃の北海道には北方から流れてきたオホーツク人が住んで居て独特の風習を持っていたそうです。
その後、オホーツク文化と本州の擦文文化が混じり合い、アイヌ文化へと受け継がれたと言われております。(諸説あり)
そして阿部比羅夫は、言語が違うオホーツク人とも言葉が通じないなりに交流があったという記録が残されております。




