飛鳥時代の二大ヒーロー
平和(?)な日常回です。
役小角様のお通いは続いております。
尚書の千代様が原本を持ってお越しになるのがキッチリ三日おきなので、写経目当てに来られる小角様も大体三日おきです。
大体、というのは山に籠っていたら十日過ぎていたとか、新たな行場を開くのに難儀したとか、まあ、小角様も御忙しい方なのでその辺は適当です。
しかし、建クンが妙に小角様に懐いてしまって、それはそれで嬉しいのだけど、このまま山に修行へ連れて行かれてしまうのかが不安です。
もしそうなったら、おねーさんは建クンのためなら女人禁制なんて規則、ブラック企業の労働基準法の扱いみたくビリビリに破ってしまうからね。
行場の竹という竹に光の玉をバンバンと当てて、金が取れる煩悩の山に変えて修行なんて出来なくしてしまうよ。
萬田先生直伝の天鈿女命様の舞を舞っちゃうからね。
プルプルウッフーンの舞だよ。
(※第20話『舞のお稽古(1)』ご参照)
【天の声】新手の嫌がらせだな。
帝には神社を案内してくれる事になった加茂役君様に建クンが懐いている事は報告しておきました。
見てくれは怪しい宗教家みたいですが、後世に残る修験道の偉大な開祖様ですので心配は無いと思われます。
でも役小角様って晩年、遠流の刑に処せられたのでしたっけ?
で、空を飛んで夜な夜な家に帰っていたとか。
一体何をしたのでしょう?
◇◇◇◇◇
そんなある日、忌部の宮にいらした小角様から妙な相談を受けました。
「かぐや殿、最近山に鬼が出るとの噂が流れているが聞いておるか?」
「オンヌ……とはなんでしょうか?」
「鬼とは死んだ者が現世で彷徨っている姿だと言われておる。
古い言い伝えでは神が堕ちて鬼になるとも聞いた事がある。
飢えて亡くなった者は餓鬼となるそうだ」
餓鬼という事は鬼を指している様な気がします。
この時代に鬼という概念があったのか、そちらの方が気になります。
「申し訳御座いません。
あまりそちらの方面には詳しくなく、聞きかじり程度の知識しか持ち合わせておりませんが……」
「要は輪廻の輪に還らず、黄泉の国へも逝かず、現世に留まり災いをもたらす者と思えばよかろう」
「私が知る言葉ですと『怨霊』がそれに近いかもしれません」
「怨霊……?」
「現世に未練や怨みを残して亡くなった者が、肉体は滅びた後も人の核を成す霊魂が黄泉へと旅立たずにこの世に現し身として現れたそれを怨霊と呼びます。
生前の怨みを晴らすため祟りを引き起こすと、一部の者から信じられています」
「面白い考え方だな。
だがその言い様からすると、かぐや殿は信じておらぬように見受けられるが?」
「信じていないというより、何を信じて良いのか分からないと言うのが真意に近いと思います。
私が信じておりますのは神様の存在です。
その他は見たことが御座いませんので信じようが無いのです」
「つまりかぐや殿は神様を見たことがあるということか?」
……あ、しまった。
どうしよう?
「え~~っとですね。
……御座います」
誤魔化しきれませんでした。
「どんな神様だったのだ?」
小角様が前のめりで聞いてきます。
「申し訳ありません。
男性らしいと言うこと以外、分かりませんでした。
名乗りもされなかったので誰なのかも定かでは無いのです」
「では何か力を授かったのか?」
「申し訳ありません。
突然の事でしたので、あの時は何が何なのか分かりませんでした」
うん、あの時は分からなかったね。
後になって分かったけど。
「なるほどな。
かぐや殿の何処かしら不可思議なのも頷ける。
という事は、鬼も追い払えたり出来ぬか?」
「か弱い乙女には難しいかと思われます」
「つまり、か弱く無いかぐや殿ならば大丈夫という事だな」
ひどっ!
最近、小角様に遠慮が無くなっている気がします。
結局、言われるがまま鬼退治へと引っ張り出される事になりました。
◇◇◇◇◇
「……という事で、鬼を探すため、山に入る事になりました。
その間、建皇子には寂しい思いをさせますが、山に近い宿でお休み頂くつもりですが、如何しましょうか?」
建皇子に会いに来た帝に鬼退治に引っ張り出された事を報告しました。
反対して頂きたいと、ある意味期待していたのですが……。
「それはちょうど良い。
婆ぁの所にも同じ訴えが届いておる。
其方が行くのなら心強いのぉ。
何せ神降ろしが出来る巫女じゃからな。
ほっほっほっほ」
「…………」
まさかの賛成でした。
「じゃが、其方に何かあっても困る。
ちょうど飛鳥に彼奴がおるから同行させよう。
頼りになるぞえ」
「お心遣い、有難う御座います」
出来れば反対して欲しかったです。
そして約束の日がきました。
私は桃太郎。
建さんを抱っこして待ち人を待ちます。
まず小角大神がやってきました。
きび団子を差し上げましょう。
そして雉……じゃなくて鬼が来ました。
お髭が立派な阿部引田比羅夫様です。
確かに頼りになります。
私、要らなくない?
「比羅夫様、ご無沙汰しております」
「おぉ〜、かぐや殿。
大きくなられましたなぁ。
いや、美しくなったと言った方がいいか?」
「御上手ですね。
ご紹介します。
こちらは加茂役君小角様です」
「阿部引田比羅夫と申す。
かぐや殿とは古くからの知り合いじゃ。
何やらが出ると聞き及び手助けに参った」
「小角と申す。
この近隣の山に詳しい僧侶みたいな者だ。
此度の助力に感謝する」
何と、飛鳥時代の二大ヒーローがご対面です。
ウルトラマンと仮面ライダー?
ガンダムとマジンガーZ?
さくらももこと岡田あーみん?
【天の声】古い例えばかりだな。
「まさか比羅夫様がお越しになられるとは思いませんでした」
「ワシもかぐや殿とこの様な形で再開するとは思わなかったよ。
まさかかぐや殿に子供が生まれておったとは、時が経つのは早いものだな」
「それは勘違いに御座います。
この子は皇子様で、私は建皇子の世話係で御座います」
「そうなのか?
それは済まなかった。
だが誰が見ても仲睦まじい親子にしか見えぬ」
「それはそれで嬉しい勘違いです」
相変わらず、見かけによらず細やかな心遣いの出来る方です。
「話は尽きぬが、先ずは鬼とやらを探しに行くか」
「葛城山の更に向こうの生駒山で鬼を見たと言う話だ。
一人ではなく二人かそれ以上居るらしい」
「よし、早速参ろうか」
こうしてかぐや太郎は、建皇子と小角と比羅夫を引き連れて、鬼の居る生駒山へと向かうのでした。
(つづきます)
現代の『鬼』という概念が固まったのは平安時代と言われております。
それ以前の飛鳥時代に中国から伝わった『鬼』はこの世にならざる者だったり、幽霊に近い者だった様です。
『鬼』の語源は隠で、平安時代になって『鬼』と読む様になったそうです。




