【幕間】小角の観察眼・・・(3)
役小角の話はひとまずお終いですが、物語の重要人物として関わらせていく予定です。
(※前々話、前話に引き続き、役小角視点のお話です)
葛城にある神社の中でかぐやに案内するとすれば先ずは一言主神社が良かろう。
あそこの祭祀をしている葛城とは古くからの付き合いだ。
少々距離はあるが、朝出立すれば昼前に着くだろうし、道中は街道が整備されているが故、比較的安全だ。
万が一、賊が出てきたとしても遅れを取るつもりはない。
その旨を便りにしてかぐやへ遣いに出したところ、明日帝の御許可を頂けるので明後日お願いされたいとの返事を携えて戻ってきた。
帝の許可が必要となるその理由も記されていた。
やはりあの子供は皇子だった。
帝の孫であり、かぐやは世話を仰せつかっているのだと。
それにしても本日便りを受け取り、明日許可を取るのは早過ぎやしないか?
いや……、それだけ帝の信任が厚いという事なのだろう。
当麻殿の言葉がますます真実味を帯びてきた。
当日、かぐやは例の格好で準備していた。
子供はしっかりと括り付けられている。
だが不快感は無さそうだ。
「加茂役君様をお待たせする形になり大変申し訳御座いませんでした」
会って早々に詫びをするかぐやからは申し訳ない気持ちと、尊敬の念が感じとられる。
少なくともかぐやは私に対して畏怖や嫌悪の感情を向ける事はないようだ。
しかし初対面の時のかぐやに感じた異質さは薄らいでいるが、やはり心は読めぬ。
感情が動いた時にようやく伝わる程度だ。
「いや、私から願った事だ。
気にする事はない。
それでは参ろうか」
暇ではないが今日の参拝の重要性に比べれば些細な事だ。
護衛を引き連れ我々は出発した。
出発して早々、子供の事を聞いてみた。
「かぐや殿よ。
よもやその子が皇子様だとは思わなかった。
するとかぐや殿は乳母なのか?」
本当は予想していたが正直にいえば警戒されるだけだ。
気がつかないふりをして聞いた。
「 未婚なので乳母と名乗るのには抵抗が御座います。
世話係を称しておりますが、母親のように世話をしている自覚はございます」
「確かに傍目から見れば仲睦まじい母と子供にしか見えぬな」
「ありがとう御座います。
嬉しい褒め言葉に御座います」
私の言葉にかぐやからは喜びの感情が伝わる。
本心からそう思っているのだろう。
ではもう少し踏み込んでみるか。
「しかしその皇子殿は全く言葉を発せないな。
心配であろう」
「心配は心配ですが、これもこの子の個性です。
無理にねじ曲げる必要は感じておりません」
その通りだと言うと思っていたが、意外な答えが返ってきた。
同情を引こうとする者は少しの苦労でも大袈裟に言い、自分の苦労を分かって貰おうとするのが普通なのだ。
しかもかぐやは本心でそう言っている。
「そうは言うが、普通の子はそのくらいの歳になれば煩いくらいだ。
普通の子に出来る事が出来ぬと言うのはもどかしかろう」
「どの様な子も出来る事と出来ない事が御座います。
出来て当たり前だと思う事が間違いだと私は思っております」
少しだけかぐやの感情が揺らいでいる。
私の言葉がかぐやを苛立たせている様だ。
「私は出来ない事があるのは我慢がならないタチでな、何が何でも出来る様になろうと思うのだ。
出来ない事が悔しくはないのか?」
かぐやの本心が垣間見れるかもしれないと思い、敢えて、強く聞いてみた。
「加茂役君様は心がとてもお強い方です。
加茂役君様がなさる事は万人にも出来るとお思いでしょうか?」
「自分にできる事が他人には出来ぬと思う程、私は自惚れていない。
努力次第で出来ると信じている」
自分の意見に澱みはない。
出来ないと思っていたら私の修行は成り立たぬのだ。
「私はおそらく無理だと思います。
飢餓に挑戦しようなんて酔狂な事を実行しようとする動機づけを万人が持てるとは思えません。
強い方に陥りがちですが、高過ぎる異能は他への共感を鈍らせます。
人は他人の身の丈ならば一寸違うだけで区別がつきますが、山の高さは一尺二尺違っても分かりません。
人は近しい物ほど共感できる物なのです」
かぐやは少しムキになっている節はあるが、私にも心当たりは無い事は無い。
「ふむ、私が酔狂なのは認めよう。
だが私は他人に共感出来ると思うぞ?」
「例えば、加茂役君様が、普通の仙人が使える仙術が使えないのは何故かと仙人から言われましたら如何なさいますか?
手足を動かし息をする様に出来るはずなのにどうして出来ぬのか、と。
同じ様な事を加茂役君様が言っていたとしていたらどうでしょうか?」
かぐやは面白い事を言い出した。
仙人から見た凡人の目をかぐやは知っているのか?
『何故出来ぬのか?』
この言葉は幾度ともなく言った覚えがある。
しかし……。
「ふむ……、確かに似た様な事はあったかも知れぬ。
だがそれは受け取る側に問題がないか?」
大体の場合、その者の怠惰が原因なのだ。
「問題があるかも知れませんし、別の理由があるのかも知れません。
全て知った上で言っていたのか、何も知らずに口にしたのか、……どうでしょう?
それを知る事が他人への共感に繋がるのではないかと思います。
そして、この子にしても同様なのです」
そこまで言われると自信は無い。
これ以上議論を重ねても不毛な言い合いに終始しそうだ。
かぐやから苛立ちの感情が伝わってくるし、ひとまず引き下がっておこう。
「確かに決め付けていたやも知れぬな。
済まなかった。
かぐや殿は怒っているのであろう」
「いえ、誤解があればそれを正しているだけです。
もう一つ付け加えるとしましたら、心配はしておりますが悲観はしておりません」
負け惜しみとも取れる言葉だが、かぐやには確信めいた考えがあるみたいだ。
「例えばこの子が将来、加茂役君様の元で修行する事を望んだとします。
口を聞けない事は障害になりますでしょうか?」
なるほど、確かにそうだ。
私ならば例え口が訊けなくともこの子供を正しい道へと導いてあげられるかも知れぬ。
「そうだな……特には無いな。
私なぞ山に籠もればひと月もの間、人と話をせぬ事はしょっちゅうだ。
大切なのは自らの心と語り合う事なのだ」
「もしかしたらこの子は生まれてからずっと毎日、自分の心と語り合っているかも知れませんよ。
もしそうならば、口を開かぬ事は一つの才能なのかも知れません。
そうは思いませんか?」
だが、かぐやは更にその先を見越していた。
口を訊かぬ障害を『才能』と言い放った。
面白い。
やはりかぐやの見識は常人のそれとは違うみたいだ。
私はどうしてかぐやの心の声が分からぬのかが朧げながら分かってきた。
かぐやは我々に比べて知的水準が高いのだ。
例えて言うなら、数を数えられぬ子供に計算を教えようとしても決して理解できぬ。
同様にかぐやの見識は我々の水準を凌駕している故、私の理解が追いつかないのだ。
面白くは無いがな。
発想の根源が違うところにあると言って良いだろう。
強いて言えば、仙人から見た視点の持ち主という事なのか?
◇◇◇◇◇
一言主に着くまでの間、かぐやは慈母のように甲斐甲斐しく子供に気を遣い、子供からはかぐやへの信頼の情が伝わる。
そうだ、言い忘れていた事があった。
「かぐや殿よ。
神社を管理する葛城殿を紹介するが、少々皮膚が病に侵されておる。
あまり驚かないでくれ」
葛城は数年前までごく普通の見かけだったが、今は皮膚が爛れて膿が出る程に皮膚が病に侵されているのだ。
かぐやなら大丈夫だろうが、普通の女子であれば逃げ出すかもしれぬ。
「はい、承りました」
「子供は私が面倒を見るから心配しなくとも良い」
かぐやが葛城と話をしている間、私は子供に付くことにした。
かぐやの話を聞いて、子供にも興味が出てきたのだ。
生まれてから自分の心と語り合ってきたという言葉を確認したかったからだ。
子供は幼子とは思えぬ手捌きで炭で絵を描いていく。
絵も上手い。
子供を凝視し、子供から伝わってくる感情を探った。
……それは無心、邪念なき純粋な思考。
かぐやの言った才能とはこの事か?
一枚を描き終えたところで、子供に話し掛けてみた。
「皇子様よ。
これを描いてくれぬか?」
私は孔雀王の印を結び、それを見せた。
すると子供はサラサラっとことも無げに紙に書き写した。
寸分違わず、間違いなく孔雀王の印だ。
凄い!
確かにこの子供は才能がある。
「凄いぞ!
皇子の才はこれ程とは驚いた」
皇子様に対して不遜ではあったが、頭を撫でると子供から喜びの心の声が聞こえてきた。
「そうか、嬉しいか。
うん、皇子の才は誇っていいものだ。
凄いぞ!」
かぐやの言葉が決して嘘でも負け惜しみでもなく、真実であったのだ。
こうして、一言主への訪問は無事終わった。
だが後日、葛城にこの日のことを聞くと思いも寄らない答えが返ってきた。
「かぐや殿は私の醜い顔を全く気にせず、私の話に耳を傾けてくれた。
まるで女神か天女様の様な方だ。
それにかぐや殿に会って以来、皮膚から出る膿が全くなくなったのだ。
あんなに苦しめられたのにまるで嘘の様だ」
なん……だと?
(幕間ひとまず終わり)
一度はやってみたかった。
なん……だと?




