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【幕間】小角の観察眼・・・(2)

真相に近づく小角様。


……マズイです。

幕間が面白くて止まりません。

 (※前話に引き続き役小角(えんのおずぬ)視点による主人公(かぐや)の観察日誌です)


 何故この女子(おなご)が私の事を知っているのか?

 もし百人の女子(おなご)に囲まれたとしてもこの女子(おなご)の異様さには気づくであろう。

 そのくらいの衝撃なのだ。

 最もその様な場面は無いだろうが……。


 私が小角である事を知った女子(おなご)は次から次へと質問を投げかけてくる。

 強い好奇心が私に降り掛かるのも初めての事だ。

 堪らずにこちらからも質問をしてみた。


「ところで其方は若い身空で子供を連れて参拝かな?」


 すると女子(おなご)は姿勢を正して、名を名乗った。


「私は讃岐国造の娘、かぐやと申します。

 訳あってこの子の身分は証せませんが、私は大神神社にて神社の縁ゆかりや神代の言い伝え等を三輪様より教えて頂きに参りました」


 嘘は言っていない。

 抱き抱えている子供には事情があるのも事実な様だ。

 それにしても神社に来る大抵の者は神に祈り、自らの安寧を願うものだ。

 三輪殿に教えを乞うために来たとはまた妙な来客だ。

 それを指摘したら私には言われたく無いと言われたのは爽快だったな。

 話の流れで仙術の話が出た時、かぐやというこの女子から質問を受けた。


加茂役君(かもえだち)様は仙術はお使いになられないのですか?」


 しばしば聞かれる事だ。


「山に籠もったからといって仙術が使えるようにはならんよ。

 仙術なるものが実在し、使える様になるに越したことはない。

 雨乞いが出来る様になれば人々の役に立とう」


 いつも他人(ひと)に答える言葉を返したところ、弱い反応があった。

 普通、この話をすると仙術そのものへの期待と、それが無いという失望が心の声となって返ってくるのだが、かぐやの場合は私そのものへの落胆の念が伝わってきた。

 そこで最近耳にした噂話を振ってみた。


「仙術といえば忌部氏の姫が使えると噂を聞いたことがあるが、かぐや殿は知っておるか?」


 !!!

 今度は強い反応が返って来た。

 やはり何かある。


「奇しくも、今私は忌部氏の宮にご厄介になっております。

 阿部倉橋様へと嫁がれました忌部氏の姫様はとても賢く清く正しく美しい方ですが、仙術を使うという話は聞いておりません」


 何故だろう?

 嘘は言っていないが、真実を話している訳でも無い。

 誤魔化されているのか?

 誤魔化すという事はつまり何かを隠している事だ。


「仙術に至る道というのは面白そうだとは思っている。

 私がやっている先にそれが手に入るのなら楽しみだ。

 先達がいれば是非聞きたくはあるのがな」


「仏教の宗派によっては呪術的な教えを説く宗派もあると聞きます。

 また唐には道教という教えがあり、神仙に至ることを理想とする教えだと聞き及びます」


 また誤魔化そうとしている。

 何かを知っている事は間違いなさそうだ。

 写経の話になったところで子供に変化が訪れた。


「………ん」


 子供の声と共に不快の感情が僅かに伝わる。

 私の声が耳障りであったのか?


「申し訳御座いません。

 この子がぐずっております。

 急いで戻ることに致します。

 本日はとても興味深いお話を頂きましてありがとう御座いました」


 疑念は残るが、かぐやとの会話は楽しいものだった。

 いつもは相手が話す前に何を言おうとするかが分かるのだが、かぐやの場合は全く予想がつかない。

 しかし会話のやり取りは軽妙で心地良い。

 久しく感じなかった感情だ。

 また会おうと伝えて別れたが、去り際のかぐやから伝わる心の声は喜びと興奮。

 余程嬉しかった時の感情が伝わってきた。


 その後、三輪殿からかぐやが何者であり、何故ここへ訪れたのかを聞いた。

 後宮の書司(ふみのつかさ)の紹介で、神社の成り立ちや言い伝えを調査し、記録として残したいのだそうだ。

 つまりかぐやは後宮の采女(うねめ)という事か?

 国造(くにのみやっこ)の娘と言っていたからな。

 しかし後宮の采女が外を出歩くというのは違和感がある。

 だがその後宮は今年の初めに火災にあって焼け落ちたのだと三輪殿は教えてくれた。

 つまり、かぐやというあの女子(おなご)は後宮の采女であり、後宮が火災のため再建中は忌部氏の宮に世話になっているという事か?

 それならば辻褄が合う。


 それにしても山に籠っていると世間に疎くなるな。

 件の噂を私に教えた当麻豊浜(たいまのとよはま)殿の居る葛城へと戻り話を聞いた。

 帝の孫である豊浜殿ならその辺の事情にも詳しかろう。


 ◇◇◇◇◇


 当麻豊浜(たいまのとよはま)殿の話は驚くべきものだった。

 最初聞いた時に嘘だと思い取り合わなかったが、もっと親身になって聞いておけばよかったと後悔しても今更だ。

 話を聞いて分かった事は、かぐやには恐るべき力の持ち主である可能性が高いという事だった。

 斉明帝の即位の儀でかぐやと名乗る郎女(いらつめ)が忌部氏の奉納舞で舞ったのだが、その時衆人の目の前で神を降ろしたのだそうだ。

 そして下界へと降り立った神々はかぐやと共に舞ったのだと。

 噂話とするにはあまりに荒唐無稽にも思える。

 しかしその場にいた者が全て目にしたという。

 (いにしえ)の話であるなら誇張が混ざるだろうが、今年の出来事なのだ。


 やはりかぐやこそが仙術使いか?

 もしくは神の遣いであるのか?

 信じられぬ事ではあるが、先日かぐやに会った時の違和感が全て氷解した気がした。

 ならばかぐやと知り合えたこの好機を逃す訳にはいかぬ。

 忌部の宮に世話になっている言っていたから居場所は分かっているのだ。

 早速行動へと移した。

 忌部氏は祭祀を生業とする氏であり、三輪氏とも交流がある。

 訪問する理由(たてまえ)としては充分だろう。

 采女に会いたいなぞあり得ない話ではあるが、神社の調査に協力したいとの申し出ならば角が立たぬ。

 話はとんとん拍子に進み、忌部の宮に訪問する運びとなった。


 ◇◇◇◇◇


「お待たせして申し訳御座いません」


 私の訪問を知らされていなかったらしく、かぐやからは困惑の感情が伝わってくる。

 だが嫌がっている様子も無い。

 ここに居る経緯を説明すると納得してもらえた様だ。

 先日、身綺麗にしてくれと言われた事を実践したのも良かった様だ。

 世間話もそこそこに話の本題へと入った。


「今日来たのは、かぐや殿に頼みがあったからなのだよ。

 かぐや殿が写経を毎日していると申していたのを思い出して、その写経したものを見せて欲しいのだ」


 もちろん建前だが、半分は本心だ。

 様々な経に触れたいというのは純粋に私の望みでもある。


「原本でなく写経したものならば万が一のことがあっても私がもう一枚写経すれば良いので、可能かと思います」


 かぐやは否定的な事を口にしない。

 考え得る限りの選択肢の中から可能な事を選択する非常に理知的な考えの持ち主だ。

 もちろんこちらからも交換条件を出した。


「かぐや殿が神社の縁ゆかりや神代の言い伝えを調べていると言っていただろう。

 私は葛城一帯に顔が効く。

 古い神社があるから案内しよう」


 するとかぐやからは歓喜の感情が伝わってきた。

 余程嬉しいらしい。


「承りました。

 子供がおります故、出掛けるのに制限がありますが、是非宜しくお願い致します。

 言い忘れておりましたが、私がここで写経できる期間は限られております。

 来年にはここを引き払い、子供と共に職場へ復帰しなければなならない事を予めお伝えします」


 なるほど、再建中の飛鳥宮の完成時期と重なるな。

 あの子供も後宮へと戻るという事は皇子なのか?

 制限とは?

 疑問は尽きないが、かぐやからは話を聞けば仙術に至る道が開けるかもしれぬ。


 柄にもなくワクワクする気持ちが抑えられなかった。


 (幕間つづきます)


当麻豊浜(たいまのとよはま)は実在の人物です。

小紫の冠位を賜り、これは在命中の大伴長徳(右大臣)と同じでかなり高位の人物であったと思われます。

用明天皇の孫で、親は厩戸皇子(聖徳太子)の異母兄弟である当麻皇子。

そして子の当麻国見と役小角との関係は深く、當麻寺の開山に携わりました。


若き小角がこれだけ高位の人物にタメ口をきくのは考え難く、かと言って謙って話をする小角のイメージが湧かなかったのでダイジェストになってしまいました。

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