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【幕間】小角の観察眼・・・(1)

幕間を書きたいという衝動に敵いませんでした。

 加茂役君(かもえだち)小角(おずぬ)、即ち役小角から見たかぐやの印象です。

 後世に伝わる仙人としての小角ではなく、20代そこそこの若い小角を表現してみました。


 ◇◇◇◇◇


 私は幼き時より人の道理というものが理解出来た。

 勘が良いだけなのか分からぬが、何故か私は人の心が分かるのだ。

 だから言葉に頼らずに理解出来るのだ。

 丸見えという訳では無いが、何となく人を見ただけでその者の考えていそうな事が分かる。

 当たったのか外れたのか確認する(すべ)がないが、その者の過ごしてきた人生を言い当てるとかなり驚かれたから、あながち外れてはいないだろう。


 そうして理解したことの一つが、世間には偽物の神が多いということだった。

 幼き時より仏門の家に育った私は様々な僧侶、祭司を見てきた。

 在りもせず、信じてもいない神を祀り、食糧と布を巻き上げる事しか考えぬ者の如何に多い事か。

 吐き気を催したくなる。

 欺瞞に満ちた世間に失望した次私は、次第に山に籠り一人で過ごす事が多くなった。

 誰も好き好んで醜いものは見たくないのだ。


 そして山に籠る事数年。

 分かったのは存外に私は人が好きであるという事だった。

 自分でも意外に思うが、私が毛嫌いしていた連中も正しく導く者が居なかったと考えればやむを得ないだろうと考えるようになった。

 人は易きに流される生き物なのだ。


 山での生活で得た知識や経験を人に伝えたところ志を同じくする者が現れ、共に行動してくれる者らが増えた。

 中には私が仙術を使えると信じている者が混じっている様だが、結果として心が磨かれるのなら構わない。

 何より私も仙術の類には興味がある。

 私の人の心が分かる異能が仙術の一種なのかというのも知りたい。


 修行には仏教の作法を取り入れ、孔雀明王経を唱えた。

 理由は孔雀明王のもつ呪力が、魔を祓い災厄を無くすと言われているからだ。

 人の心が読めるというのは、人の心にある苦悩が伝わるという事である。

 こればかりは自分の異能が恨めしく思う程、我が心の重荷となっている。

 病に侵された者の断末魔を心で感じるのだから、正気を保つのも難しい。

 こんな役に立たぬ異能よりも、人を癒す仙術の方が余程有難いと思う。


 そしてもう一つ、仏教の教えが整っているという事がある。

 修行の規則、経の教え、守るべき規律、人生の目的、全てが古来から我が国にある神に無い高潔さを持っている。

 いや、我が国の神を否定するのではない。

 ただ、我が国の神を記した経典も教籍も無く、整っていないのだ。


 修行の型が整えば、目的と手法が明確になる。

 古来よりの信仰(アミニズム)、仏教の教え、そして身を削る自己研鑽に私は解を求めたのだった。

 そして何時しか私は人々から神仙と呼ばれるようになった。


 ◇◇◇◇◇


 ある日のこと、遠縁に当たる三輪殿に所用があり、大神神社へ訪れた。

 用事そのものは大したものでは無いが、大神神社の御神山である三輪山に立ち入る許可を三輪殿より得られる良い機会だったのだ。

 三輪山は慣れ親しんだ葛城山(金剛山)と違い、微妙に植生が違う。

 水場を探し、道なき道を進み、安全な場所を探すだけで一日が終わるのだ。

 夜は狼の声に震え、まるで修行を始めたばかりの私に戻った気分だった。

 初心を取り戻すには有意義な修行であったが如何せん無理があったようだ。

 下山した時にはフラフラで野兎にもやられる様な状態だった。


 なんとか大神神社へと辿り着いた時、妙な母と子供がそこに居た。

 身形は良いし、護衛らしき男達を従えているからそこそこの身分の者であるのだろう。

 年若き女子(おなご)は子供を布で身体に括り付けるようにしている。


 しかし解らぬ。

 目の前にいる女子(おなご)が何も考えている事が解らぬのだ。

 自分の異能に気付いて以来、初めての事だ。

 当たり前に思えた自分の異能が機能しない時、恐怖を感じるのだと初めて知った。


 そして子供も妙だ。

 多分男の子であろう。

 しかし虚無なのだ。

 真っ暗な闇夜の山の洞穴よりも暗い闇。

 子供からは何も伝わってこないのだ。


 自分が恐怖に相対した時、そうするか?

 決まっている。

 恐怖に立ち向かうのだ。

 恐怖から逃げる事を私は私に決して許さんっ!


 私は心の中の恐怖を押し隠し、相手が物の怪(もののけ)であっても闘える気構えを固め、意を決して歩を進め、やっとの思いで喉から声を絞り出した。


「そこのお嬢さん、何か食いモンを恵んでくれぬか?」


「…………」


 女子(おなご)は怪訝な顔をした後、思いついた様に手に持った荷物から見慣れぬ塊を取り出して差し出した。

 一瞬、石を手渡されたのかと訝しんだが、手に持つとすこぶる軽いのだ。

 腹にガツンとくる食べ物を期待していたからある意味裏切られた気分でもある。

 だが食べ物に文句を言うなぞあってはならぬ事だ。

 その様な事をしたら餓鬼道へ一直線だ。


 そして手に取った柔らかい塊りを口に含んだ瞬間。

 なんじゃこりゃぁぁぁ!

 美味い! 旨い! うま過ぎる!

 噛めば噛むほど甘味が口の中に広がる。

 三つのうち一つだけ黒い何かが付いているが、そんなのは全然気にならん。

 心の奥底で忘れていた煩悩が息を吹き返してくるのを感じた。

 夢中で貪り、粘り気を帯びたそれが喉を詰まらせた。


「うぐっ、ゲホッゲホ」


 咳をしたその時、私は我を取り戻した。

 そうだ、食い物を恵んでもらう事が目的ではないのだ。


「何て柔らかく美味い物なんじゃ」


 照れ隠しもあり、貰った食べ物を褒めるのだ。

 しかし女子(おなご)はあまり私には興味を示さず、

「それでは身体を大事になすって下さい」

 と言い残して立ち去ろうとした。


 いかん!

 このまま帰られてはいかんのだ。

 何よりも食べ物を恵んで貰った礼すら言っていない。

 これでは浮浪者ではないか。


「お嬢さん、辱かたじけない。

 食料を持たずに山へ入ってしまったので腹が減って死にそうだった。

 こんなに美味いものを頂戴して感謝する」


 すると女子(おなご)は私に対して、少し話をする気になった様だ。


「いえ、お構いなく。

 何しに山へ行ったのですか?」


 質問をする女子(おなご)からは相変わらず考えている事が読めない。

 もう少し正確に言えば、何か考えている事は間違いないのだが、解らないのだ。

 例えて言うなら、全く見知らぬ文字で書かれた経を見ている様な気分なのだ。

 女子(おなご)からの感情を引き出すため、自分の事を正直に言ってみた。


「目的があって山へ入ったのでは無いのだ。

 山に入る事が目的なのだ」


「申し訳ございません。

 理由もなく山に入る理由が分からないのですが……」


 すると女子(おなご)からは困惑の感情が伝わってきた。

 物の怪(もののけ)であれば、その様な事は無いはずだ。

 女子(おなご)はやはり人なのだろう。


「いや、すまん。

 お嬢さんを困らせるつもりは無かった。

 私は僧侶みたいなものだ。

 ただし御仏ではなく、山を信仰しておるのだ」


「修験道の方ですか?」


 シュゲンドウ?

 修験……道?

 何故か分からぬが、自分のやっておる事をこの上なく正しく言い当てられた気分になった。


「修験道という言葉は初めて耳にするが、それに近いものかも知れぬ」


「申し訳御座いません。

 私の知る修験道は葛城山(金剛山)を修行の場としている印象がございます為、三輪山でその様なお方を目にするとは思いませんでしたので」


 やはりこの女子(おなご)、何かを知っているのか?

 幾多ある山岳から、私が普段活動している葛城山の名を出してきた。


「葛城山?

 ならばそれは私かも知れぬ。

 普段、私は葛城を根城として修行しておる」


 すると女子(おなご)からモヤモヤした感情が伝わってきた。

 好奇心も混ざっている。


「もし宜しければ御名前を頂戴して宜しいでしょうか?」


 最初の邂逅の時と打って変わって、女子(おなご)は私に対して興味を示してきた。

 シュゲンドウとやらに関係しているのか?


「私か?

 私は加茂役君(かものえだち)のものだ。

 名を小角(おずぬ)という」


 私は包み隠さず名を名乗った。

 すると女子(おなご)から強い感情が心の声となって伝わってきた。


役小角(えんのおずぬ)!?』


 この女子(おなご)、私の事を知っている!?



(幕間つづきます)


本作品は異世界(フィクション)のお話であり、実在の人物、団体とは関係ありません。

くれぐれも架空の物語の中の小角様です。

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