加茂役君(かもえだち)小角(おずぬ)
役小角と言えば真幻魔大戦(平井和正著)。
本作は同じタイムリープ系として新幻魔大戦の影響を多分に受けています。
役小角……修験道の開祖にして、伝説的な呪術の使い手として有名な方です。
鬼を使役していたという逸話がありますが、今のところ鬼は居なさそうです。
私が勉強していた日本書紀には役小角の名は無かったと思います。
ちなみに南に見える霊峰大峯山は女人禁制ですが、現代の修験道自体は女人禁制ではありません。
ただし古代、中世、近世では女人禁制のはずです。
山に籠った男女が何をするかと言えば分かりきっています。
下山する時にはきっと子だくさんになっているでしょう。
煩悩を断ち切るためには銭湯みたいに男女別にしないとね。
覗きはダメよ。
しかし本当にこの人が伝説級の修験者なの?
「いや、どれだけ飢餓に耐えられるかやってみたが本当に死ぬかと思った。
まだまだ修行が足りぬな」
「加茂役君様は、何処かの仏門には降られていませんのですか?」
「昔はあちこちの寺で修行したがどうしても違和感があってな。
寺に籠って経を読んでも全く心が充足せぬのだ。
山に分け入り、煩悩なき生活を送ると精神が磨かれるのだ。
今では山が御本尊で、山の欹噴がお経代わりみたいなものだ」
「その割に食べ物にがっついてられましたね」
「未熟な故、赦されよ。
さすがに死にたくはないからな」
「加茂役君様は何か目指されているものがあるのですか?」
「目指すという程大したものでは無い。
ただ己の限界を超えた刹那の心の多幸感と言うか充足感とも言うべきか、それを再び味わいたいのだ」
クライマーズハイとは違うのよね?
この時代、食べ物が潤沢にある訳ではありません。
修行などしなくても飢えている人は山ほどいます。
にも関わらず自ら食事制限しようとするのは、小角様がそれなりに恵まれた家に生まれ育ったからでしょうか?
「ところで其方は若い身空で子供を連れて参拝かな?」
「申し遅れました。
私は讃岐国造の娘、かぐやと申します。
訳あってこの子の身分は証せませんが、私は大神神社にて神社の縁や神代の言い伝え等を三輪様より教えて頂きに参りました」
「それはまた妙な理由で来たものだな」
「加茂役君様には言われたくない言葉です」
「確かにそうだな」
「こちらへは山籠もりのためにいらしたのでしょうか?」
「いや、三輪殿に用事があって来たのだ。
山籠もりはそのついでだ」
「私には山籠もりのついでに三輪様にご面会に来られたように思えます」
「はっはっはっ、遠慮の無い女子だな。
その通りだから言い返せぬわ」
「加茂役君様はいつもお一人で修行なされているのですか?」
「いや、私の考えに賛同する者がおって、彼らと行動を共にしている。
今日は偶々一人なだけだ」
「すると従来の仏教の枠に物足りなさをお感じになる方は多数おられるという事でしょうか?」
「そうだと思っているが、正直分からぬ。
人によって山登りが好きなだけかも知れぬし、仙術が使えるようになると信じている者もいる」
「聞いてばかりで申し訳ありませんが、加茂役君様は仙術はお使いになられないのですか?」
「山に籠もったからといって仙術が使えるようにはならんよ。
闇雲にやったところで得られるものではないだろう。
無論、仙術なるものが実在し、使える様になるに越したことはない。
雨乞いが出来る様になれば人々の役に立とう」
「申し訳御座いません。
軽々な発言で御座いました」
「いや、構わぬよ。
私は頭と身体、どちらも追い込めば、と思っている。
でなければ今頃は山にいる熊が仙術を使っている事だろう。
仙術といえば忌部氏の姫が使えると噂を聞いたことがあるが、かぐや殿は知っておるか?」
それ、私?!
「奇しくも、今私は忌部氏の宮にご厄介になっております。
阿部倉橋様へと嫁がれました忌部氏の姫様はとても賢く清く正しく美しい方ですが、仙術を使うという話は聞いておりません」
【天の声】何てったって偶像か?!
「そうなのか。
仙術に至る道というのは面白そうだとは思っている。
私がやっている先にそれが手に入るのなら楽しみだ。
先達がいれば是非聞きたくはあるのがな」
あまり参考にはなりませんよ。
ある日突然神様に拉致されて、1400年も昔に放り込まれた際に能力を与えられたなんて信じないでしょう?
「仏教の宗派によっては呪術的な教えを説く宗派もあると聞きます。
また唐には道教という教えがあり、神仙に至ることを理想とする教えだと聞き及びます」
「ああ、それは知っている。
私も孔雀明王の呪法に触れた事がある。
だが、今やっていることの方が余程ためになる気がする」
「私は毎日写経をしておりますが、学びは尽きません。
結論を出してしまうのが早過ぎませんか?
正解が何処のあるかなんて誰にも分かりませんもの」
「かぐや殿は若いのに年上の様なことを申すのだな。
だが、その通りだ」
「差し出がましい事を申しまして恐縮に御座います」
「………ん」
あら?
「申し訳御座いません。
この子がぐずっております。
急いで戻ることに致します。
本日はとても興味深いお話を頂きましてありがとう御座いました」
「ふむ、私の話に興味を持つ女子は初めてだ。
私も面白かった。
またいつか」
「ええ、是非。
でもその時はもう少し身形を綺麗にして下さいね」
「はははは、心得た」
役小角様と別れ、飛鳥へと歩き始めました。
まだドキドキしております。
まさかの役小角様と話をしてしまいましたから。
つい、あれやこれやと質問攻めしてしまいました。
パワースポット巡りが趣味だった私にとって、修験者は憧れのマトです。
ましてその修験道の開祖様に1400年の時空を超えて会えるなんて、ラノベでしかあり得ない出来事です。
【天の声】いや、ラノベだから。
興奮は暫くの間、続いたのでした。
◇◇◇◇◇
シコシコシコシコ……。
本日も写経です。
建クンはお絵描きです。
……?
誰か来ました。
「かぐや様、かぐや様にお会いしたいという方がいらしております」
「何方でしょうか?」
「加茂役君様と仰っております」
役小角様?!
「すぐに参ります。
建クンここで待っていてね」
急いで行くと、役小角様は既に客間に通されておりました。
約束通り、身綺麗にしております。
「お待たせして申し訳御座いません」
「何故私が上がり込んでいるのか訝しんでいる様だな」
「いえ、その……はい」
「賀茂氏は物部氏、忌部氏と同じ系列の氏族として交流があるのだよ。
よく見知った仲だ」
「そうなのですね。
私はすっかり孤高の宗教家として活動されているのかと思っておりました」
「まあ、やっている事が理解され難いことは承知しておる。
だからと言って好き好んで敵を作るつもりもない」
「申し訳御座いません」
「謝る必要はない。
今日来たのは、かぐや殿に頼みがあったからなのだよ」
「頼み、ですか?」
「かぐや殿が写経を毎日していると申していたのを思い出して、その写経したものを見せて欲しいのだ。
欲しいのでは無い。
一回見れば大体覚える自信はある」
「そうですね……。
原本も写経した物もわたしのものでは無いのですが、原本でなく写経したものならば万が一のことがあっても私がもう一枚写経すれば良いので、可能かと思います」
「有難い。
かぐや殿に言われた事を思い返してもう一度原点に戻り、経を学び直そうと思い立ったのだ。
無論只ではない。
かぐや殿が神社の縁や神代の言い伝えを調べていると言っていただろう。
私は葛城一帯(※ 現在の奈良県葛城市、御所市一帯)に顔が効く。
古い神社があるから案内しよう」
それは助かります。
「承りました。
子供がおります故、出掛けるのに制限がありますが、是非宜しくお願い致します。
言い忘れておりましたが、私がここで写経できる期間は限られております。
来年にはここを引き払い、子供と共に職場へ復帰しなければなならない事を予めお伝えします」
「分かった。
こちらこそ宜しく頼む」
こうして私は恐れ多くも役小角様と行動を共にすることになりました。
開祖前なので女人禁制ではないのが幸いです。
役小角は続日本紀に記載がありますので、紛れもなく実在の人物であると思われます。
しかし現代に伝わる役小角は後世の創作により神格化、仙人化され脚色された姿が一人歩きしていると思っています。
この小説のメインテーマである、『架空の話を最もらしい事実にした話を創作する』に則ってまだ開祖となる前の役小角と主人公とを関わらせたいと構想しております。




