御行クンの断罪
困りました。
ど~しても時代劇の御白洲みたいになってしまいます。
程なくして、櫛名様と御行クンが大伴の方らしき方に連れられてやって来ました。
二人とも縄で縛られて、罪人として扱われているのが分かります。
口には猿ぐつわされていてモゴモゴと何か言いたげな様子。
しかしあれを外したら最後、どの様な言葉が口から飛び出すのか……。
お願い、嘘でもいいから謝って!
「此奴等か。
建に無体を働きおったのは。
口の物を取り顔を見せい」
御門の御前に座らされた二人は白洲に座らされた罪人みたいです。
「わ、わた……」
「誰が話をして良いと言うた!
黙れっ!」
帝の重厚なオーラに当てられた櫛名様は青くなって黙り込みました。
立場だけでなく、人としての格が違いすぎます。
「さて結論は変わらぬ。
その前に何があったのがを教えよ。
その童、建に何をした。
申してみよ」
十歳の子供は帝の威圧に萎縮しながら、職員室に呼び出された子供のように話を始めました。
「ここに来て、退屈だったから部屋を出たんだ。
そしたらアイツがいて……。
母上が遊んであげなさいって言うから声を掛けたんだ。
だけどオレの言うことを無視してずーっと絵を描いていたから、絵を取り上げた」
帝の表情がピキッと硬くなりました。
『アイツ』じゃないでしょ!
「何故、取り上げたのじゃ?」
低い声で帝がお尋ねになります。
「絵を描いているから無視するんだろ?
だから絵が無ければ無視しなくなるじゃないか」
腕白だとは聞きましたが、ここまで礼儀知らずだとは思いませんでした。
お願い、もう口を噤んで!
「で、どうしたのじゃ?」
帝の平坦な口調が怖い!
「そしたら絵を取り返そうと必死になるから破った。
そしたら紙切れを拾い集めてアイツは動かなくなった。
オレが遊んでやろうって言っているのに、一言も喋らないんだ。
悪いのはアイツだ。
オレは全然悪くない!」
いわゆる『虐められる側が悪い』理論です。
御行クン、君とは短い間しか顔を合わせた事しかない間柄だったけど、『竹取物語』では碌でなしだったけど、まさかここまでとは思わなかったよ。
ここに至って無実を主張する胆力はさすがだけど、ひょっとしたらおバカさんなだけかも。
死ななきゃ治らない病気とはいえ、今だけは目を覚まして欲しかったよ。
反省している素振りだけでも見せれば、もしかしたらひょっとして子供という事で減刑の可能性だってあったかも知れないかも知れないのに……。
既に帝に表情というものが抜け落ちております。
「この愚か者の悪童の母親は其方か?」
櫛名様が黙りこくっております。
「違うのか?」
「違います。
御行は愚か者では御座いません」
そこ?
「儂は新しい発見をしてしもうた様じゃ。
愚か者から見た愚か者は、愚か者に見えぬらしい。
そうなのか?
かぐやよ」
きゃぁぁ、こっちに話を振らないで下さい。
私は壁の一部です、柱の陰です、天井のシミです。
数えているうちに終わります!
「この者が心の盲目である事は否定できませぬ」
とにかく少しでも帝の意に沿った答えをします。
お願い、機嫌を直して下さい。
お願い、これ以上帝を刺激しないで!
「面白い表現じゃのう。
ではそこの女、何故其方の息子が建に無体を働くのを見過ごしたのじゃ?
それとも心の盲目である其方には見えておらなんだか?」
「御行は無体など働いておりませぬ。
独り孤独に過ごす皇子様を見て哀れに思い、共に遊ぶ事で気を紛れさせたかったのです。
むしろ、そこに居るかぐやという娘が皇子様を虐げていたのです。
私はお救いして差し上げたかったのです」
「分かった様に言うなっ!
儂がどんな思いで建の事を心配していたと思うておる!
その不安をかぐやによってどれ程救われたのか。
儂の気持ちが分かって溜まるかっ!」
あまりに身勝手な言い訳に帝の怒りが爆発しました。
建クンの心を傷付けたのに、反省の色すらない櫛名様に私も怒りを覚えます。
「もうよい!
聞くに耐えぬ。
剣を持て、儂が直々に首を刎ねる」
帝の我慢の限界を超えてしまいました。
私も現代人として死罪はあり得ないと思っていますが、ここまで命知らずな言い訳をするとは思いませんでした。
火にニトログロセリンを注ぐ様な言葉を選んで言っているとしか思えないくらいです。
これでは弁護も救済も出来ません。
ちっとやそっとの言い訳では止められる自信がありません。
「童よ。
恨むなら愚かな母親を恨めや。
儂は人を斬ったことはない。
上手く切れぬ時は苦しむだけじゃ。
じゃから静かにしておれ」
帝は御行クンの首筋に剣を当てて静かに言います。
「い……嫌だ。
オレは死にたくない!」
「止めて! 斬るのなら私にして!」
櫛名様が大声を張り上げて最後の抵抗をします。
「安心せい。
己が愚行を十分に後悔した後に其方も後を追わせてやるわ」
本気です。
止めたいけど、止めようがありません。
馬来田様も佐賀斯様もここに至ってはやむなしの雰囲気です。
どうしよう、どうしよう、どうしよう〜。
その時小さな影が帝に向かっていきました。
どーん。
帝の腰の当たりにピタッとくっついた建クンが居ます。
あまりの大声に起きてしまったみたいです。
「どうしたのじゃ?
大声に驚いてしまったのかや?
建よ、其方を虐めた輩はもうすぐ居なくなる。
安心するが良い」
建クンは帝にしがみついて首を必死に振っています。
「建よ、儂は剣を手に持っておるから危ないのじゃ。
離れなさい」
しかし建クンは離れません。
「ならば、此奴等は建の目の届かぬところで処分する。
それで良かろう」
それでも建クンは必死に首を振ります。
私はそっと建クンに歩み寄って質問しました。
「建クン、お祖母様に言いたい事があるのね?」
敢えて皇子と呼ばずに『建クン』と呼び、帝と呼ばずに『お祖母様』と言いました。
私のその言葉に、二十秒程してコクンと小さく頷いて答えました。
「そうなのね。
お祖母様に何をお願いしたいの?
怒って欲しくないの?」
しばらく待ちましたが返事はありません。
「じゃあ、建クンを虐めたこの子を助けたいの?」
しばらく待ちました。
すると小さく、とても小さくコクリと頷きました。
「何故じゃ!? 此奴等は建を虐めたのじゃぞ!
許してはならぬ!」
帝が大きな声で建クンに言います。
建クンはビクッとして、俯いてしまいました。
「帝様、建クンは勇気を振り絞って帝にお伝えしたいのです。
静かに、ゆっくりと聞きましょう。
捲し立ててはいけません」
「お……おう、そうじゃ。
建よ、教えてくりょ」
「建クン、あの子は怖いかな?」
決して捲し立てず、答えるまで時間をかけて待ちます。
建クンはコクンと小さく頷いて答えました。
「そうね。怖かったね」
私は建クンをギュッと抱きしめました。
見えない光の玉で精神を落ち着かせてあげます。
「じゃあ建クン、この人達は罰を受けるけどいいのかな?」
しばらく待ちましたが反応はありません。
どうやら罰を与える事に反対の様です。
「そうなんだ。
じゃあ、この人達は生きていて欲しいの?」
すると建クンは間をおかずコクリと首を縦に振りました。
「帝様、建皇子様はこの者等の処分を希望しておられない様です」
「しかし、この者らは何もしておらない建を虐めたのじゃぞ。
同じ事を繰り返すやも知れぬのじゃぞ」
「その通りだと思います。
しかしここで処罰を強行しては、建皇子様を更に傷つけるかも知れません。
どうか、お気を鎮めて処罰をご再考下さい。
建皇子様のためにも、どうか」
「……むぅ」
「少しいいかな?」
急に場違いな程軽い口調で話に割り込んできた人が現れました。
「皇子様!?」
「大海人!?」
突然の皇子様の来訪に私も帝もびっくりです。
「ああ、私の家臣が突然、『これまで世話になりました』と暗い顔をして去って行ったので、理由を正したところ、この様な事態になっていると聞き及び、参りました。
馬来田よ、まだ首は繋がっておるよな?」
「えぇ、何とか」
「母上、この礼儀知らずの悪童を私に預からせて頂けませぬか?」
「何故じゃ?」
「様子からしてこの童は師に恵まれていない様子です。
この母親から独り立ちして、然るべき者の元で教育する必要があると思います」
「何故、其方がこの様な悪童の世話をせねばならぬのじゃと聞いておるのじゃ」
「此度の件、童とその母親だけでなく、ウチの馬来田にも非があると聞いております。
故に大伴一同で恥を注ぐ機会を与えて頂きたいのです。
私としても有能な家臣が世間知らずの悪童のために首を刎ねられては構いません」
「う……む」
怒りの行き場をなくして帝もなんと言って良いのか分からないみたいです。
すかさず私は建クンに話し掛けました。
「建クン、これでいいかな?」
するとこれまで硬かった表情が和らぎ、小さく頷きました。
「帝様、建皇子は賛成の様です」
「分かった、分かった。
大海人よ、後は任す。
建や、今日はもう遅い。
もう寝なさい。
かぐやよ、付き添いなさい」
大きな緊張状態だった建クンは今にもオチそうです。
私は建クンを抱き抱えて、皇子様に一礼をして、建クンの寝室へと向かいました。
皇子様は全て分かったかの様に、にっこりと微笑みを返してくれました。
(もうちょっとつづくんじゃ)
前触れもなく現れた登場人物が問題を解決してしまうという三文小説パターン。
これだけはやりたく無かった……。_| ̄|○




