傷心の建クン
イジメは絶対に許さない!
勝手に上がり込んだ御行クン親子に虐められた建クン。
建クンの激しく昂った感情は簡単には治りません。
とにかくこの場から建クンを引き離さなきゃ。
「馬来田様、私はこれにて失礼します!」
何か言っているらしい御行クン親子無視して、建クンを抱えて奥の間へと走って引っ込みました。
「ごめんね。
建クン、ごめんね。
ごめんなさい……」
涙が止まりません。
私が目を離したばかりに……。
無論一人にはさせていません。
忌部の方に見守りをお願いしていたはずですが、あの場には居ませんでした。
建クンを建クンの寝室へ運ぶとそっと下ろしました。
建クンはその場を動かずじっと何かに耐えている様子でした。
今にも泣きそうなのに涙を流さず、じっと我慢しています。
よく見ると握りしめられた手の中には紙があります。
おそらく御行クンに破り捨てられた絵だと思います。
「建クン、絵を直しましょう」
しかし建クンは全く反応してくれません。
「かぐや殿、宜しいかな?」
戸の外から佐賀斯様の声がしました。
私はそっと戸を開けて、部屋の外で佐賀斯様と話を聞きました。
「馬来田殿から事情は聞いた。
櫛名殿は何やら叫んで話にならぬ。
皇子様は如何な様子か?」
「強い驚愕の感情を受けて動けなくなってしまわれています。
今夜はずっと私がここに居り付き添います。
申し訳御座いませんが、帝にご連絡をお願い出来ませんでしょうか?」
「それは急ぐ事なのか?」
「他の方から帝のお耳の入る前にご連絡を入れなければ、隠蔽を疑われます。
そうならないためにも必要な事です」
「分かった」
「今、分かっている事を調べましょう。
馬来田様にご協力を仰いで下さい。
しかし建皇子には今日のところは何も聞き出しません。
心に受けた傷を抉る様な真似は出来ません」
「それにしてもとんでも無い事になったものだ……」
「おそらく帝は激昂するでしょう。
私の不始末として扱って構いません。
これは私の不作為によるものですから」
「そうは思わぬが連絡は急ごう。
では、皇子様の事を頼みます」
こう言い残して佐賀斯様は部屋を離れました。
「建クン、ごめんね。
ちょっとこれを見て貰える?」
締め切って昼なのに暗い部屋で、私は光の玉を出しました。
……ピク
建クンにほんの少し反応が見えました。
先日の舞の時に披露した光の人(小人バージョン)を光の玉で作ります。
そして光の小人を動かしてみました。
テクテクテクテク……
「どう? 建クン」
視線は光の小人に向いています。
興味が湧いてきたみたいです。
私は立ち上がって舞を舞ってみました。
すると光の小人も一緒に舞います。
実は難しい動作をするためには私が動かなければならないのです。
モーションキャプチャをイメージして練習したから。
即位の儀の時の様なシンクロさせる舞には有効でしたが、自分がジッとしたい時には不便ですね。
すると、建クン目が大きく開き始めて、光の小人と私をじっと見る様になりました。
少し機嫌が治った感じがします。
いえ、治ったというより気が紛れたというべきでしょう。
決して消えたりはしないのです。
一通り舞い終わって、ペコリとお辞儀をすると、建クンの目はハッキリと私を見てくれています。
私はそっと歩み寄って語り掛けました。
「建クン、その手に持っている絵を直そう。
私に渡してくれる?」
暫くして建クンは、オズオズと手の中のビリビリに破けてくしゃくしゃになった絵を渡してくれました。
手汗でしっとりと濡れています。
それを丁寧に開いて、延ばして、バラバラになった紙を並べてみました。
明るい光の玉で照らされ、細部までくっきりと見えます。
え〜っと、この切れ端がここ……かな?
え〜〜〜〜っと。
私が頭を悩ませていると、横の建クンが切れ端を無造作に並べ始め、あっという間に正しい配列に並べてしまいました。
スゴイ!
「じゃあこの絵を紙に貼ろうね」
付きの人に新しい紙を持ってきて貰い、米粒で丁寧に切れ端を貼り付けて、元通りとは言えませんが、元の絵が分かるまで復元出来ました。
少し満足したらしい建クンは疲れてウトウトし出したので、お布団を敷いてお休みさせました。
激しい激情というのは、建クンにとってとても疲れる出来事だったみたいです。
寝息を立てて眠る建クンを見ながらこれからどうなるのだろうと考えるのでした。
◇◇◇◇◇
その夜、帝がお越しになりました。
こんな遅い時間に来られるのは異例ですが、無理もありません。
「かぐやよ、建はどうなんじゃ?」
「建皇子様は今はお眠りになっております。
ご覧になりますか?」
「そうじゃな、建の顔を見れば少しは落ち着けるかもしれぬ。
怒鳴りたい気持ちを抑えられぬのじゃ」
「どうぞ、こちらへ」
帝を建クンの寝室へと案内しました。
スヤスヤと眠る建クンを見て、帝の高揚した顔色も少しだけ落ち着いたみたいです。
「可哀想に……。
では、詳しく話を聞かせて貰おうかの」
「はい、皆揃っております」
佐賀斯様と馬来田様が待つ部屋へと帝を案内しました。
部屋の上座の畳の間に帝がお座りになり、私達は江戸城謁見の間の様に伏して土下座しております。
「まずは何があったのか説明せよ」
「は、説明させて頂きます」
代表して佐賀斯様が返答しました。
実のところ私はずっと建クンに付き添っていたため、殆ど知らないのです。
「皇子様が絵を描いている時、大伴馬来田殿がお越しになりました。
付き添いのかぐや殿が席を外す際、忌部の者に見張りを頼み、中座しました。
馬来田殿とかぐや殿が話をしている間、大伴長徳様の后・櫛名殿が長子・御行殿を連れ、かぐや殿への面通しを願い、来られました。
来客中につき、二人には客間にてお待ち頂く様、お願いしました。
しかし客間に居るはずの御行殿が勝手に席を外し、皇子様のいる部屋へと入ってしまわれました。
続いて来られた櫛名殿は『かぐや殿に頼まれてやってきた』と虚言を申し、見張りの者と入れ替わる様にと外へと追い出しました。
その後の事は誰も見ていないので詳細は分かりません。
異変に気付いたかぐや殿が中に入った時には、皇子様の絵が破られ、皇子様は蹲っておりました。
御行殿は皇子様に向かい
『こいつ、俺が話しかけても無視するんだ。絵ばっか描いて、男のやる事じゃない』
……と申していた所から察するに、絵を破いたの御行殿に間違い無いかと思われます。
その後、かぐや殿は皇子様を抱き抱えて部屋へと戻り皇子様の気持ちを慰めておりました。
私は馬来田殿と見張りの者から状況を聞き、取り急ぎ川原の宮へとご報告にあがりました。
馬来田殿は櫛名殿と御行殿を大伴の屋敷へと連れ帰り、今は二人を別々の部屋に隔離しているとの事です」
話を聞いている帝はみるみるうちに顔色が赤く変色していきます。
「今すぐ、その者らを連れて来!
儂が直々に首を刎ねてやる!」
「はっ! 今すぐ」
馬来田様が返事をし、すぐに付きの人に耳打ちして人を遣いに出しました。
「ふーふーふー」
興奮が冷めない帝は大きな声を張り上げます。
この様な帝は見た事がありません。
建クンの事であの二人は逆鱗に触れてしまったのでしょう。
「何故じゃ!
何故建はその様な無頼に虐められねばならぬのだ!」
「誠に申し訳ございません。
あの女をこの屋敷に案内したのは私で御座います。
積は私に御座います」
「其方は誰じゃ!」
「大海人皇子様の家臣の一人、大伴馬来田と申します。
長徳の弟であり、此度問題を起こした櫛名と御行は私の義姉と甥に御座います」
「一昨年、遷都の件では世話になった者じゃな。
建を虐めた無頼者とそれを助長した愚かな母親のせいじゃろ。
其方は関係ない」
「いえ、そもそも櫛名をこの宮に連れてきてかぐやに会わせた事が過ちだったのです。
かぐやが席を外したのも私のせいです。
私の首を差し出しますので、せめて甥の御行だけでも命をお助け下さい!」
「儂は建を虐めた輩が許せぬのじゃ。
さして関係のない者の首を差し出されたところで気は晴れぬわ!」
「お待ち下さい」
居ても立ってもいられず、口を挟んでしましました。
「馬来田様に非は御座いません。
非があるのは私に御座います。
私がもっと徹底しておけばこの様な事態にはなりませんでした。
私が目を離したばかりに建皇子様に辛い思いをさせてしまったのです。
私がもっと……」
建クンの事を思い浮かべると声が続きません。
あの二人は許せません。
しかし一番許せないのはこの事態を防げなかった自分なのです。
手に涙がポタポタとこぼれ落ちます。
(次話につづく)
次回は櫛名の断罪?!




