御行クンの評判
口喧嘩は苦手です。
その後の自己嫌悪からくる落ち込みが半端ありません。
あの日以来、櫛名様が度々来訪される様になりました。
本当は門前払いしたいのですが、先の右大臣様の后様です。
無下には出来ません。
とは言え、言い返すべき事は言い返しているので、完全に口喧嘩です。
「こんなにもお願いしているのに、どうしてご推挙頂けないのですか?」
「最初に申し上げました通り、私にはその様な進言をする立場に御座いません。
その辺の庶民と大差ない立場なのです」
「嘘おっしゃい!
庶民が帝に言葉を交わせるはずがありません」
「私とて皇子様の舎人風情にどうして帝のお声が掛かったのか分かりません。
ただひたすらに帝や皇子様や額田様のため懸命に働いただけです。
私の様な国造の娘ですら、帝は働きに免じてお声掛け頂いているのです」
「ならば御行もお声掛け頂ければ宜しいでしょう」
「幼い御行様が何の働きをするのですか?
働いてもいない者にお声は掛かりません」
「御行は大伴氏の氏上になるべき者です。
一言口添えをされればそれで事足りるのです」
「将来上に立つ御方ならばなおさらです。
キチンと手順を踏んだ上で帝に謁見されて下さい」
「そう言って貴女は帝の覚えがいい事を楯に、名門の私達を蔑んでいい気になりたいの!?
たかが国造の出のくせに」
「そうです。
たかが小国造娘です。
なので期待もお願いもしないで下さい」
「…………」
あ、建クンが呼んでいる。
「皇子様がお呼びです。
これにて失礼します」
「皇子様を預かっているくらいなのに、自分には関係がないってどうゆう事なの?!
ならばその皇子様を御行に会わせて差し上げなさい。
子供同士仲良くしてあげられます。
国造の娘と違って、上流のお付き合いが出来ますわよ」
「帝からお預かりした大切な皇子様に万が一のことがあれば、私も御行様もタダでは済みません。
会わせることは出来ません。
それではこれで」
今日も白熱したバトルになってしまいました。
建クンは話をしないから周囲に対して鈍感かと思われがちですが、むしろ逆です。
人の悪意に対してはすごく敏感です。
次からはもっと声の届かない場所に移しましょう。
私が建クンの元へ行くと、建クンは私にしがみつく様に抱きついて離れません。
「ごめんね、建クン。
嫌な思いしちゃったね」
そう言って私は光の玉を建クンに柔らかく当てて、高ぶってしまった興奮を収めます。
それにしても櫛名様に建クンの存在を知られたのは失敗でした。
櫛名様には御行クンの事をまるで知らないから推挙出来ないと言っておりますが、実は違います。
御行クンの事を知っているから推挙出来ないのです。
一昨年の末、私が初めて御行クンに会った時に蹴布の羽を差し上げました。
(※第204話『蹴布初心者 vs 天才幼児』ご参照)
体育会系な御行クンは蹴布にどハマりして、夢中になって遊ぶのはいいのだけど、シンちゃんにリベンジマッチを挑む様になったのです。
それだけならば良かったのですが、蹴布の天才児・シンちゃんになかなか勝てず、御行クンは暴力に訴えたのです。
私がそばに居れば止められたのですが、当時私は難波で後始末の真っ最中で目が届きませんでした。
可哀想に……シンちゃんはすっかり怯えてしまって、暫く引き篭もってしまいました。
現代ならば、期待は出来ませんが打てる手はない事はありません。
しかし、御行クンとシンちゃんとでは圧倒的な身分の差があります。
難波での仕事を終えて遅ればせながら事情を知った私は、年が明けるとすぐに源蔵さんを含めて家族皆んなを一旦讃岐へと帰しました。
もし同じ事が建クンにあったら……。
想像しただけで胸が締め付けられます。
水と油なんて生易しいものではありません。
混ぜるな、危険! です。
斉明帝が知ったらどうなるか?
私ですら許せない気持ちですから、下手したら死者が出ます。
十中八九、御行クンがです。
しかし重度の親バカと子供への過剰な期待で盲目状態の櫛名様にはどんなに説明しても分かって貰えないでしょう。
私としても御行クンに死んで欲しいとまでは思っていません。
だからガソリンを背負って、地雷原に向かって全力疾走&ヘッドスライディングする様な真似はしないで。
◇◇◇◇◇
本日は馬来田様がお越しになりました。
二回目ですね。
「かぐや殿、櫛名殿の件は申し訳なかった。
この通りだ」
馬来田様が深々と頭を下げます。
「いえ、馬来田様は何も存じなかったのでしょう?」
「そうは言うが、かぐや殿が舎人だった時も同様に迷惑を掛けたのだ。
あの時もきっかけは俺にあった。
あの事を思い出すと恥じ入るばかりなのだ」
「それにしましても櫛名様は一体どうされたのですか?
伝手なんて他にもあるでしょうに、どうして私みたいな小娘に執着するのか訳が分かりません」
「まあ、あれだ。
他は皆、素気無く断られたのだ」
「ああ……そうゆう事ですね」
つまりは年若い私なら扱い易く、しかも帝に通じているから与し易いと考えた訳ですね。
【天の声】中身は年若くないがな。
「理由は御行様が幼過ぎるからですか?」
「それもあるが、身内はあの小僧の腕白ぶりを知っておるでな。
責任を負えんのだよ」
やはり警戒していたのは私だけでなかったのですね。
「それにしましても、まだ幼いのですから今のうちに学ぶ事は多いのでは?
それから仕官するというのが順序だと思うのですが」
「話せば長くなるのだが……
櫛名殿は我らと同じ大伴氏の者で従兄妹に当たるのだよ。
だから大伴氏であることに誇りがあり、夫の長徳殿が右大臣となったのは本人にしてみれば、正にこの世の春であったのだろう。
大徳(※冠位十二階の最高位)であった大伴吃の再来だとな。
しかし長徳は右大臣を拝命して僅か二年足らずで逝去してしまい、頼るべき者を無くしてしまったのだ」
つまりは古代版の教育ママ?
「それで次は御行だと意気込んでおって、かと言って伝手は無い。
何より御行にその素養を感じさせる事はなし、学問に励むわけではない。
武官に頭の出来不出来は関係ないと言ってな」
教育すらしていないママ……。
「つとに最近はその傾向が酷くなっておるのだ」
「御行様が大きくなられたからですか?」
「大きくなったとは言えまだ十、元服もしておらぬ。
櫛名殿は鎌子殿の母、同じ大伴の智仙娘を意識しておって、鎌子に遅れをとる事が許せぬらしいのだ」
「申し訳ありません。
全く同情出来ないでおります」
「俺もだ。
鎌子殿を妬んでおるから、鎌子からの口添えなんて以ての外だ。
そして先の遣唐使で鎌子殿の長子が唐へと渡り仏教を学んでいるのを知ってたのだ。
帰国したらそれなりの席が用意されるであろう。
何もしておらぬ御行とは差が開く一方だ」
真人クンが唐に渡る時、家族はものすごく思い悩んだというのに何処が妬ましいの?
バカじゃないの?
「申し訳御座いません。
この様な話を聞いた以上、どんな事があったとしても御行様を帝や皇子様にご紹介する事は出来なくなりました」
「ああ、それでかまわ……」
「んん〜〜〜!!!」
建クン!
建クンの唸り声!
私は馬来田様を放って、建クンの方へと全力で走って行きました。
そこには蹲っている建クンと、何故か御行クンが傍に立って居ました。
そして少し離れた所に櫛名様が居ました。
「こいつ、俺が話しかけても無視するんだ。
絵ばっか描いて、男のやる事じゃない。
かぐやは女だからこんな女々しい事をやらせるんだ。
ほら、こっち来いよ。
俺が遊んでやるから」
この瞬間、私の理性は一気に吹き飛びました。
御行クンを突き飛ばして、蹲る建クンの元へ駆け寄り背中から抱き抱えました。
建クンの手にはビリビリに破かれた絵が握りしめられていました。
「何て酷い事をするの!」
私の後を追ってきた馬来田様が一目見ただけで何があったか察したらしく、呆然と立ち尽くしておりました。
(次話につづく)
大伴御幸の母親は不明です。
櫛名という女性が大伴長徳の妻だったり大伴御幸の母親というのは、あくまで本作品の創造によるものです。




