建クンの芸術活動
今回はセリフが殆どない解説回で、少し短いです。
※一部読者サービス付き。
今回から建皇子を「建クン」と呼ぶ様にしました。
もちろん公式な場ではその様な呼び名は使いません。
シコシコシコシコ……。
毎日写経です。
シコシコシコシコ……。
意外と大変です。
シコシコシコシコ……。
失敗したら最初からやり直しです。
シコシコシコシコ……。
何せ内裏で永久保存版として扱われる代物ですから。
シコシコシコシコ……。
毎日写経です。
シコシコシコシコ……。
写経すると功徳積めるって知っていますか?
シコシコシコシコ……。
このままですとあっという間に功徳がレベル上限に達してしまいそうです。
シコシコシコシコ……。
そしたら来世はきっといい事があるのだろうなぁ。
飢えとは無縁で、生まれる子供は成人まで生きる事をほぼ約束され殆どの人が長寿を迎えて、王侯貴族並みに娯楽に興じる毎日を過ごして、悪意ある人は公権力で排除されて、夏は涼しく冬暖かく過ごせる快適な環境が整って、行きたい場所へいつでも気軽に行けて……。
……そうなんだ。
現代って、古代の人からすれば極楽の様なものなんだ。
現代に居た時はそんな事当たり前だと思ってました。
じゃあ、古代が地獄の様な環境かと言われれば違うと思います。
少なくとも人との交わりは濃密な気がします。
善意にせよ、悪意にせよ、です。
現代で空っぽだった私はお爺さんお婆さんに拾われてたくさんの愛情を頂き、領民の皆んなとも親しく、胸を張って親友と呼べる人も出来ました。
身分に関わらず皇子様や帝に良くして頂き、感謝に絶えない毎日です。
あっ、字を間違えた!!
やり直し〜。
いけないいけない。
写経をしていると、独りで考え事をする時間が増えて、過去の事を色々と思い出してしまいます。
ふと目を遣ると傍にいる建クンがガリガリと板を削っています。
最近は落ち着いていますが、安定したからと言って油断してはいけません。
版画板に向かう時の表情、絵の題材、絵の進み具合、姿勢、集中力の持続、何処か怪我をしていないか、などありとあらゆる事に神経を巡らせて、ちょっとした変化も見逃さない様にしております。
精神の傷とは目に見えないものですので、口にする事ができない感情をこうやって読み取ってあげるしか方法がありません。
専門家でないのですから、親しい身内の立場で見守ってあげています。
だからと言って放置するのではなく出来るだけ話し掛けて、だけど返事を強要しません。
そして絵ができる毎に大袈裟と思えるくらいに褒めてあげます。
手探り状態ではありますが、忍耐強く建クンの心の回復と成長を見守っております。
◇◇◇◇◇
写経は一日4時間くらいです。
集中力の限界というものもありますが、建クンの世話も仕事としてカウントされていますので、尚書様から与えられる女孺としてのノルマは、あまり厳しくありません。
……という事で、今日は気温が暖かかったのでお外へスケッチに出かけました。
おやつ代わりに建クンが大好きな饅頭を持って行きます。
「建クン、はいこれ」
「…………」
用意したのは木炭と紙と画板です。
紙の四隅を画鋲で止めてあります。
饅頭は炭用の消しゴム代わりに使えます。
私も一緒にスケッチをするので私用のも用意してあります。
私自身は絵が上手という程ではありませんが、この時代の人にはない絵画に関して知識があります。
遠近法を用いて距離感を演出して、炭の濃淡を利用して物体の立体感を醸し出します。
それを見ただけで建クンはコツを習得したらしく、あっという間に私よりも上手な風景画を描ける様になりました。
まだ数えで五歳なのに……。
しかもすごい集中力を発揮して、これでもかというくらい精緻な絵を描きます。
困った事は一旦筆が乗ってしまうとブレーキが掛からないので、本人が満足するまで描き終わらない事ですね。
絵が完成するか、お腹が空いて集中力が切れるまで黙々と描き続けます。
もし建クンの絵が後世に残ったら、飛鳥時代に新しい絵画文化が発見されたと大騒ぎになるのではないでしょうか?
それくらいに才能の片鱗を見せます。
ちなみに建クンの描いた絵は殆ど全て、斉明帝がホクホクとお持ち帰りしております。
建クンの絵画の傾向は、静物が一番多く、その次に風景、人物画は極親しい人しか描きません。
なので人物画は斉明帝と私の絵ばかりです。
そっくりではありますが、まだ美大生が描くようなレベルではありません。
せいぜい中学生の美術部レベルかな?
(それでも充分スゴイのですが……)
人が苦手な建クンには人物画は鬼門かも知れません。
もう少し人に対して興味が湧けばいいのですが、私の裸を描いてとお願いすれば描きたいと言ってくれるのかしら?
そしたらどうしましょう?
やはり建クンの芸術活動のためにも脱ぐべきでしょうか?
「芸術のためなら私脱ぎます」って。
はらり
いやいやいや。
この時代にその様な絵画を描いたら斉明帝から発禁処分を受けるかもしれません。
地上波での再放送不可と言われる藤子・F・不二雄の某アニメみたいに。
そもそもお胸もまだAカップくらいだし、風景画の中のなだらかな丘陵にも及ばないささやかさです。
勝てるとしたら、詰め物をしていない萬田先生くらいです。
でも建クンの健全な発育のためなら脱いでもいいかな?
減るものでもないし。
減るほど無いし。
しかし建クンが不健全な方向に発育したらどうしましょう?
そうは言ってもお風呂には建クンと一緒に入っているのだし、今更構わない様な気もします。
のんびりとした風景を眺めながら私はしょうもない空想を巡らせるのでした。
以前にも触れましたが、記録では建皇子は『唖不能語』であると伝えられております。
聾唖であると推測されておりますが、本作では自閉症スペクトラム(ASD)として取り扱っております。
なので声が出せない訳ではありません。
喉から音を出す事を心が拒否している状態とも言うのでしょうか?
センシティブな内容のため出来るだけ誤った事を記載しない様に気をつけておりますが、間違いや認識の誤りが御座いましたらご指摘下さい。




