奉納舞の目的
過去の出来事が何年前の事なのか分からず、自分の書いた小説を読み返す事が増えました。
皇祖母様の即位の儀で舞を献上する事になりましたが、要求は宮仕えの舞師さんの尊厳を潰さずに巫女舞として舞を披露する事。
私の舞はあくまで神様に捧げる奉納舞であるとの事でした。
出来うる限り荘厳かつ神秘的な舞を奉るつもりでおりますが、あまり自信はありません。
私が萬田先生の様に舞に全てを掛けて打ち込んでいる訳ではなく、片手間にやっていると言っていいでしょう。
それでも評価して貰えるのは如何様のお陰以外、何者でもありません。
現代でダンススクールに通っていたらもっと目を見張るような舞が出来たかも知れません。
しかし私が通っていたのはスイミングスクールでした。
四泳法のうちクロールが苦手で、意外とバタフライが得意でした。
だからと言って誰も感動してくれませんよね。
新年早々、寒中水泳なんてしたくないし。
【天の声】感動はしないが同情はしてくれるかも知れないぞ。
でも建皇子様がご無事である事が分かっただけでもヨシとしましょう。
これで心置きなく舞のお稽古が出来ます。
しかし懸念がもう一つ。
私が忌部の巫女さんズと舞ったのは、かれこれ五年前です。
その時のメンバーは皆引退して家庭に入ってしまいました。
生まれた子が成人まで生きる確率が著しく低くて平均寿命が三十代そこそこの古代では、女性は適齢期を迎えたらひたすらに出産&育児&労働の毎日になります。
現代の価値観ではそれは宜しくないと言われそうですが、人口を維持するためにはそうするしかないというのが古代の価値観です。
要は忌部の宮にいる若い巫女さん達とはほぼ初顔合わせなのです。
以前は皆お姉さんでしたが、私も十八歳(数えでだけど)。
年齢が近い子ばかりです。
【天の声】中身は……、おっと誰かが来たようだ。
以前の様に息のあった舞を付け焼き刃で披露するのは難しそうです。
そうなるとソロパートを増やすしか……。
ああ、こんな時に萬田先生が居てくれたら。
◇◇◇◇◇
ギクシャクしながらも、巫女さん四人と私の合わせ稽古をしておりますと突然の来客がありました。
なんと建皇子様と皇祖母様です。
もうすぐ即位の儀なのに大丈夫なの?
佐賀斯様をはじめ忌部の氏子さん、避難中の後宮の官人も併せて総出でお出迎えです。
「ほっほっほ、其方が施術所を去って然程経っておらぬのに久しい気がするのぉ。
婆ぁは色々あって疲れてしもうたわ。
其方が居らぬ施術所は今ひとつ疲れが取れぬぞ」
「施術所をご贔屓に賜りまして感謝致します。
施術所の者達には更に精進する様、伝えておきます」
主人である佐賀斯様を差し置いて、私が皇祖母様と親しげに話をするのを見て、皆さん驚いているみたいです。
私だってこんな歴史的な偉人と話をしている事が未だに信じられないのですから無理もありません。
「佐賀斯よ。
父の子麻呂殿は健勝かの?」
「少し体調を崩しており、今は大事をとって社にて休養しております。
皇祖母尊様にお気に掛けて頂き、本人も喜ぶ事でしょう。
ここではお寒う御座いますのでどうぞ奥へ」
「邪魔するぞえ」
「建皇子様もどうぞ」
一緒にくっついている建皇子様にも声を掛けました。
無事な姿を見られて本当によかった。
「かぐやよ。
建が癇癪を起こす事が多くて、建の父親に追い出されてしもうたわ。
済まぬがこちらで世話になるがよいか?」
建皇子様の父親?
……皇太子様ですよね。
実の父がそんな事するの?
「お任せ下さいませ。
出来うる限り、精神に負った傷を軽減する様、心を尽くします」
「婆ぁでもお手上げだった。
残すは其方しか居らぬで、頼りにしておる」
「はい、ご期待に添えます様励みます」
「ふふふふ、全然嫌そうにせぬの。
大変だとは思わぬのか?」
「大変かも知れません。
しかし何も出来ないよりも遥かに望ましい事で御座います。
この機会をお与え下さって感謝致します」
「そうかい。
ならば遠慮なく頼らせて貰おうかの」
「はい、建皇子様。
ここでゆっくりしていって下さいな」
「………」
何か言いたげな様子ですが、嫌そうではありません。
「ところでな、かぐやよ。
一ついいかの」
「はい」
「其方に舞を頼んだのが婆ぁなのは知っておるか?」
「はい、皇祖母尊様のご希望と伺いました」
「此度婆ぁが重祚するに当たってな、しのご言う輩がおるんじゃ。
孝徳の祟りで板葺宮は燃えただの、孝徳は実は生きていて反乱を起こすつもりだの、婆ぁが程なく死ぬだの、色々とな」
「先帝はその様な心の狭い方なのですか?
一度拝見致しましたが、そうは見えませんでした」
「姉として言わせて貰えば、孝徳は元々温厚な男じゃった。
慣れぬ政の騒乱に巻き込んでしまった事を今でも悔いておる。
孝徳は孝徳なりに懸命だったが、海千山千の者どもを相手にするには能力も経験も頼りになる部下すら足りていなかったのは否めぬ。
甥の葛城との軋轢の結果、孝徳は難波の残されて権力を剥奪された形になったのは事実じゃ。
恰好の噂話じゃよ」
「人は信じたい事しか信じようとしませんので」
1000年以上経っても無責任な噂を流して喜ぶ人は全然無くなりません。
「でじゃ。
婆ぁはの、何くそと思うた訳よ。
燃えた板葺宮で即位してやろうっての」
「そうだったのですか。
何故板葺宮の焼け跡で儀を執り行うと聞き、何故かと思っておりました」
「そこで其方に頼みたいのじゃよ。
其方より上手に舞う者は居ろう。
しかし其方の舞は何かあるのじゃ。
建すら魅了する何かがな」
「申し訳御座いません。
私には自分の舞の何処に秀でた部分があるのか分からずにおります」
「まあ、婆ぁの我儘じゃ。
其方の舞を見て、皆が元気づけられれば良い。
欲を言えば、其方の舞が神に祝福されている事を知らしめて欲しいがの」
「精一杯、舞わさせて頂きます」
「頼むぞ。
即位の儀が終われば、其方に仕事を頼む事になるじゃろう。
追って連絡する」
「はい、承りました」
こうして皇祖母様はお帰りになりました。
建皇子様はここに残る事を一生懸命に我慢して受け入れてくれました。
建皇子様の手を繋いで、手渡しに精神鎮静の光の玉を十個ほど使いましたが。
それにしましても神の祝福かぁ……。
残り十日、そんな舞が出来るのかな?
その日の午後、またしても思いがけない来客がありました。
萬田先生と秋田様です。
「姫様、舞の事でお困りと聞き馳せ参じました」
「萬田先生〜、来てくれてありがとうございます〜」
嬉しいサプライズです。
萬田先生が来れば百人力です。
次の日から厳しい鬼コーチによる指導が始まりました。
萬田先生は9年前の新春の宴で奉納舞を成功させた経験を持つ方で、若い子達からしたらカリスマプロデューサーみたいな方です。
懸命に言う事を聞いて、懸命に舞います。
そして一日稽古をした後、萬田先生から提案がありました。
「皆さん、舞の習熟度が人によって違い過ぎています。
これまで指導を怠った私の責任でもあります。
姫様は幼い時より厳しい稽古をしてきましたが、姫様について来れる人は皆さんの中で二人しかいません。
人数が多いとアラが目立ち、そちらに目が行ってしまう恐れがあります。
なので舞うのは姫様とその二人にしましょう。
本当は姫様一人でも良いくらいなのですが、それでは姫様が忌部氏と共に神様に奉納するという建前が崩れてしまうので、選ばれた二人には姫様の足を引っ張らない様、残り8日間厳しい稽古をします。
宜しいですね」
「「はいっ!」」
「選ばれなかった二人も稽古にお付き合いして、少しでも追いつく様頑張ってね。
次の機会があったらその時は皆で舞いましょう」
「「はい」」
さて残るは演出です。
あそこまで言われた以上、ある程度チートに頼るしかありません。
出来るなら矛先が私に向かない様、誤魔化す方法を考えましょう。
舞の稽古とは別に、私の光の玉の練習が夜遅くまで続くのでした。
作者は平泳ぎしか出来ません。




