就職の思い出
作者の就職活動は少し特殊すぎて参考になりませんでした。
就職先が焼失してしまい宙ぶらりんとなった私。
無職ではありませんが、後宮の采女でもありません。
何故か大学最終年の就職活動時期を思い出します。
履歴書に書ける資格は普通自動車免許(AT限定)だけの私が何を希望すれば良いのかも分からず、ガイダンスを受けましたがそんな旨い話は無いと聞き流し、最初はおっかなびっくりで申請していたものがいつしか就職案内のあいうえお順にオンライン申請していくようになりました。
総合商社、銀行、証券会社、製造業、と業種はバラバラです。
希望はただ一つ、とにかく私を雇ってお給料をくれる会社です。
全敗のまま卒業を迎えるのではないかという予感が頭を過りますが、私が出来ることと言ったらエントリーシートの見直しくらいでした。
それでも少ない勝率ながら面接まで進み、その中の一社に滑り込む事が出来た頃には地球温暖化にも関わらず秋の気配が漂っていました。
その年の紅葉の赤はホントに目に染みました。
幸い就職先はそこそこの規模で、コンプライアンスに対して前向きで、社員教育にも熱心で、変な人が多かった事を除けば職場に恵まれたと言って良いでしょう。
私が居なくなったその後の職場はどうなったのでしょうか?
会社の建物の敷地辺りに、メッセージを書いた壺でも埋めておこうかな?
冷蔵庫のブランドチョコをみんなで分けて下さいって。
いやいやいや、その前にメッセージ遺しておかなきゃならない人いるでしょう?
そんな悶々とした時間を過ごす内に内侍司の紅音様が私が滞留する忌部氏の宮へいらっしゃいました。
何故か佐賀斯様もご一緒です。
「皆さん、不安でしょうけど宮が再建された暁には忙しい毎日が待っております。
休養できる間に休養して下さい」
「「「「「はいっ!」」」」」
「今の状況ですが、焼け落ちた板葺宮を完全に撤去し新たな宮の建設に取り掛かる段取りをしている所です。
おそらく新たな宮が出来るのは来年になると思われます。
それまでは川原の宮を臨時の宮としますが、元は皇太子様の離宮ですので内裏としての機能は十分ではありません。
なので一部の者達には難波宮へ行って頂きます」
一年前、帝の反対を押し切って飛鳥に遷都したのに、帝が崩御した途端に難波へ戻るなんて何か複雑です。
「一部とは?」
忌部氏の氏女さんの一人が質問します。
「難波宮での仕事が差し支えのない司を中心に書司、酒司、薬司が難波へと行きます。
それに伴い、膳司、水司、縫司の半分が難波へ方々の応援として行きます。
兵司と闈司は川原宮での仕事の場がありませんので、難波宮へ行って後宮の保安に当たります。
また難波宮には飛鳥へ移していない宝物がありますので、蔵司の一部は移動となります。
これらの官人を管理するため、内侍司の者も一部移動します。
誰が行くかはこれから通達がありますのでお待ちなさい」
要は半分以上が難波へと移動です。
【天の声による解説】
説明しよう。
蔵司は帝の衣服や、神器、印などを管理する司である。
書司は国が管理する内典(仏教)、教籍(儒教)、楽器、紙や墨などを管理する司である。
酒司は読んで字の如く。
薬司も同様。しかしどんな薬であったかは謎である。
膳司は後宮の食事係で毒味役もいた。「これ毒です」
水司は水や粥を司る。当時、綺麗な水は貴重で運ぶのは重労働であった。
縫司は後宮のお裁縫係。
兵司は儀式に用いる武器や帝や朝廷の武具を管理する司である。
闈司は後宮に通ずる門の鍵を管理する司である。
内侍司は後宮全般の人事、総務を請け負う。
これらは律令が制定された後に後宮職員令として体系化されたが、元々は中国のシステムを輸入しており律令以前も大きく変わらない組織体系であったと推定される。
【天の声おわり】
「つまり私達の大半は難波へ今すぐに参るのですか?」
「今すぐではありませんが、あまりゆっくりでもありません。
ひと月後には全員が難波への移動を完了しているでしょう。
しかし一斉に動くわけでもありません。
難波で大人数が暮らせる環境を整えてから順次移動します」
一年前に後宮の移動がひと月でしたので妥当ですね。
手順が同じなのも経験した事をなぞる方が楽ですから。
それよりも!
「あの……、関係のないお話で申し訳御座いません。
火災によって亡くなられた方がいらっしゃると聞きましたが、皇祖母尊様や間人皇女様はお怪我などされておりませんか?
建皇子様はご無事でしょうか?」
「私がここに来た理由もそれもなの。
皇祖母尊様も間人皇女様も建皇子様もご無事よ。
ただ、建皇子様が余程怖い思いをされたらしく、時々思い出したかの様に激しく震えて泣き出してしまうの。
お可哀想に……」
それ心理的外傷です。
「皇太子様がその様を酷く疎まれて、それならばと皇祖母尊様のご推挙によりかぐや殿の居る忌部氏宮に一時預かって頂こうという話になったのです」
それで佐賀斯様がここに同席されているのね。
あ、でも……
「皇太子様は建皇子様のお父上なのでは……?」
すっかり忘れてましたが、建皇子は皇太子様の息子さんなのです。
性格が違いすぎて想像がつきませんが事実です。
「ここでは人の耳がありますので詳しくは言えないのですが、これは皇太子様のご希望でもあります」
つまり養育義務放棄という事?
あんなに可愛い子なのに!
「私は構いませんが忌部佐賀斯様は如何なのでしょう?」
「私は光栄に思っております」
佐賀斯様が代わりにお答えになりました。
ならば迷うことはありません。
「承りました。
私が建皇子様の精神の傷を癒すため、ありとあらゆる手段を試みます!」
「そ、そこまでは申しておりませんが、頼りにしております」
「はい、お任せ下さい」」
「あと一つ、忌部氏とかぐや殿にお願いがあります」
「はい、何に御座いましょう?」
「皇祖母尊様のご希望で、即位の儀は飛鳥板葺宮跡で行う事になりました。
その儀において忌部氏とかぐや殿に舞を奉納して頂きたいのです。
これも皇祖母尊様のご希望に御座います」
「承りました。
しかし宮にも舞師がいらっしゃるのでは?」
「ええ、舞師は舞師で舞を披露します。
かぐや殿には祭祀の一環として巫女舞を奉納して欲しいとの事です。
要するに皇祖母尊様がかぐや殿の舞を気に入れられているのです。
舞師の尊厳を潰さず、かぐや殿は巫女舞として舞を献上して頂きたいという訳です」
「そう言う事でしたら分かりました。
神様への祈りを全身全霊で捧げます」
「そ、そこまでは申しておりませんが、頼りにしております。(二回目)」
「はい、お任せ下さい。
あ、でも私は書司に配属ではなかったですか?
そちらのお仕事はどうなりますか?」
「それにつきましては全て片付いてからという事です。
かぐや殿の配属はあの(大海人の)皇子様からのご推挙です。
期待しております」
「承りました。
心置きなく書と戯れるためにも一心不乱、粉骨砕身に、遮二無二頑張らさせて頂きます」
「そ、そこまでは申しておりませんが、頼りにしております。(三回目)」
「はい、お任せ下さい」
【天の声】将来の同僚達がちょっと引いているぞ。
作者の職種は総務ではありませんが、事務職というものにつきましては高く評価しています。
人によっては暇そうにしているのだから他の仕事を掛け持ちさせようとする管理職がいたりしますが、とんでもありません。
事務が上手く回っている職場は機能的に動いており、常にその人が控えているという安心感が職場の運営にとって重要な要因であると考えております。
就活中の皆さん、応援しています!




