火災後のゴタゴタ
転職初日。
行った先の会社社屋が焼け落ちていたらどうしますか?
火事って、皇祖母様がお住みになる板葺宮が?
皆無事なの?
こうゆう時に連絡網があればいいのに。
全社一斉通知システムは?
緊急時の避難マニュアルはあるの?
衛士さんの話によると、板葺宮にいた皆さんは川原にある皇太子様の宮に行ったとの事でしたので其方へ向かいました。
いきなり訪問しても門前払いになると思い、前触れとして手紙を書いて門番さんに渡すつもりで持って行きました。
「あの……本年より後宮へと参ります赫夜郎女と申します。
来てみれば板葺宮が消失しており、どちらへ参れば分からずにおります。
先ずは内侍司へ問い合わせたく、お手紙を持参しましたのでこれをお渡し願えませんでしょうか?」
「暫し待たれよ」
門を守る衛士さんも朝から同じ様な問い合わせが多いらしく、中へ手紙を持って行きました。
木簡ではなく貴重な紙を使った手紙ですから、ぞんざいに扱えません。
それが目的だったりしますが……。
15分くらい待っていましたら、女性が迎えに来ました。
「お待たせしました。
内侍司の官人、紅音郎女と申します。
ただいま人を招く事が出来ない有様です」
「はい、その通りだと思います。
かと言って何も言わずに引き返すのは無作法な故、お目通し願った次第です。
お忙しい中、大変申し訳御座いません」
「それは構いません。
かぐや殿はきちんと手続きを踏まえた上でこうして参られたのです。
普通の国許から来たばかりの女子はどうして良いか分からず、門の衛士に怒鳴りつけたり、逃げ出してしまうものですよ。
流石はかぐや殿ですね」
「え、会った事御座いましたか?」
「ええ、難波宮で飛鳥に来る直前、画鋲と紙を受け取る時に一度だけですが。
あの時のかぐや殿が後宮に入られると、皆期待していたのですよ」
入社前から有名って……何故かやらかしてしまった感アリアリです。
「とりあえず落ち着くまで、かぐや殿は飛鳥京内で控えて頂けますか?
他の者達もそうしているの」
「承りました。
今すぐにお世話になれると言ったら忌部氏の宮くらいしか思い浮かびませんのでそちらへ参ってみます」
「分かりました。
ではお呼びする時は人を遣いに出します」
「宜しくお願い致します」
はぁ〜、出勤初日から大変な事になりました。
初出勤で職場が無くなっているというラノベでも珍しい事例にぶち当たりました。
『事実はマンガより奇なり』ってホントですね。
【天の声】そうか? ありがちなネタにも思えるぞ。
本当はかぐやコスメティック研究所・飛鳥支店(KCLーA)に世話になる事も頭を過りましたが、昨年末に涙を流してお別れの挨拶をしたばかりなのに、その涙も乾かないウチに
「帰って来ちゃった」と言うのも気恥ずかしいものです。
もしかしたら衣通ちゃんのいる阿部倉梯の屋敷に転がり込む事も考えましたが、不在の可能性もあります。
忌部氏の宮でしたら正月の催しで誰かが居るはずですし、一晩だけなら軒下くらいは貸してくれるといいなぁ……くれるかな?
「突然申し訳ございません。
讃岐国造の娘、かぐやと申します。
折いってお話があり参りましたが宜しいでしょうか?」
こう言って門の護衛さんに言伝をお願いしました。
暫くすると佐賀斯様が慌ててやって来ました。
久しぶりに見る顔です。
「佐賀斯様、ご無沙汰しております。
突然やって来て申し訳ございません。
実は……」
「あ、いや。
事情は把握しております。
大変でしたね。
後宮には我々忌部の者も何人か氏女として入っております。
今、この宮で腰を落ち着かせた所です」
「そうだったのですね。
厚かましいとは思いましたが、暫くご厄介になれればと参りましたが宜しいでしょうか?」
「何を仰います。
ずっといらしても構いません。
まずはどうぞ中へ」
「宜しくお願いします」
とりあえず当面の宿の心配はなくなりました。
一時は讃岐に帰る事も考えました。
領民の皆さんが盛大にお見送りしたその日に戻るのは流石に……。
お部屋に通され暫くすると、佐賀斯様の奥様がいらっしゃいました。
半年間ほど讃岐に居て毎日顔を合わせた仲です。
あの時はまだ赤ちゃんだった小首クンもすっかり大きくなっていました。
(※第94話『悪役令姫の掘った墓穴の大きさに驚く』ご参照)
「かぐや様がお越しになったと聞いて跳んで来ましたのよ。
ようこそ、我が忌部の宮へ」
「いえいえ、難波から飛鳥に一年も前に帰って来たのに挨拶が出来ずに申し訳御座いませんでした。
小首様もスッカリ成長されて驚いております」
「小首や、こちらは讃岐国造の姫様、かぐや様よ。
貴方が赤ん坊の時、襁褓を代えてくれた方よ」
その紹介のし方は思春期の男の子に結構痛い言葉です。
「小首です。
かぐや様の事は覚えていませんが、お噂は聞いています。
とても美しい方だと。
会えて嬉しいです」
あらお上手。
でも現物はイマイチでしょ?
「本当に健やかに成長されたのですね。
喜ばしい限りです」
「そうよ、小首。
かぐや殿も帝に請われて後宮に入る事になったそうです。
私達はかぐや様が幼い時からその才を見出し、友誼を結び、仲良くさせて頂いているのよ。
病気がちだった貴方が無事成長しているのもかぐや様のおかげなの」
ちょっと盛りすぎ!
光の玉を使って消毒しただけです。
「それはそうと、板葺宮の火災について何かご存知でしょうか?
こちらに来て、真っ黒に焼け爛れた宮しか残ってなくても皆さんが無事かも知らないのです」
「ええ、大変でした。
ここでも赤い炎が見えるくらい凄まじい火災でした。
幸い皇祖母尊様や間人皇女様はご無事の様です。
特に怪我もなく川原宮でご静養中だそうです。
残念ながら亡くなった方も少なからずいるみたいですが、詳細は分かりません」
「そうだったのですね。
建皇子様の安否は分かりますか?」
「聞いていないわ。
ここで避難している娘達に確認してみます」
声を上げる事が出来ない建皇子様にとって非常時ではハンデとなります。
無事であって欲しいと願うばかりです。
「色々ありすぎて疲れたでしょう?
ゆっくり休んで下さい」
「はい、お言葉に甘えまして」
慌しかった出勤初日はとんでも無い事になってしまいました。
これからどうなるのか?
不安を感じながらもその日はゆっくりと休ませて頂きました。
◇◇◇◇◇
翌朝、朝餉の席で後宮にいたという氏女の方々と同席になりました。
全員で五人います。
一人は忌部氏の関係者で無い方ですが、行き先がないといの事でここにお世話になっているそうです。
「初めまして、かぐやと申します。
本来であれば後宮へと入りご挨拶するはずが、この様な形でのご挨拶になってしまい恐縮です」
「その様な事はないわ。
私達も大変でしたが、かぐやさんも大変でしたね。
でも難波宮で拝見したかぐやさんなら心配いりません。
程なくして後宮に復帰できると思うわ」
五人のリーダー格と思しき一番年上の女性が代表して挨拶してくれました。
この際なので気になっていた事を聞いてみました。
「この様な席で申し訳ないのですが、建皇子様がご無事かご存知の方はいらっしゃいませんか?」
すると皆さん、顔を見合わせて首を横に振ります。
「申し訳ありません。
私達も同僚が無事かすらも分からないの。
そのうち内侍司からお達しがあると思うから、その時に聞くといいと思うわ」
「そうですか……」
昨日は気持ちが張っていましたが、宿の心配がなくなって気が緩んだ途端に建皇子の安否が気になって仕方がなくなってきました。
どうかお願い、無事でいて!
連絡が来るまでの間、憂鬱な気分がずっと続いたのでした。
正史では孝徳天皇が崩御された翌年の655年、斉明天皇が重祚した年末に飛鳥板葺宮が焼失しましたが、作者創作の都合により斉明天皇の重祚直前、654年年末に焼失したと変更してしまいました。
本作を信じて試験の解答を間違えてしまった方には謹んでお詫び申し上げます。




