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かぐやの再就職先

額田様騒動はこれにて一旦幕引きです。

 皇太子様(オレ様)の『お前の嫁を寄越せ宣言』。

 あまりの理不尽と、いよいよ大海人皇子は決別を決意しました。

 とは言え、表立っては反逆はしません。

 時が来た時まで辛抱です。

 臥薪嘗胆って言葉はこの時代にあるでしょうか?

 今風に言えば、

 やられたらやり返す、倍返しだ!

 ……といきたいところです。


【天の声】それ、今風か?


 その大海人皇子は皇太子様から譲歩を引き出すために、皇祖母様がいらっしゃる内裏へと向かわれました。

 一体どんな譲歩でしょう?

 金払えとか?

 額田様を貸出し制(レンタル)にするとか?

 皇太子、額田様、皇子様の三人でドリカムするとか?


【天の声】一人は遠の昔に脱退したぞ。


 ……などと考えていましたら呼び出しです。

 出席者は皇子様と私、皇祖母様、そして皇太子様(オレ様)です。

 私、要らなくないですか?


 ◇◇◇◇◇


 御簾の向こうに皇祖母様。

 相対して皇太子様と大海人皇子が並び、私はお二人の遥か後ろに控えて座ります。


「大海人より聞いたが、額田を欲しているのは本当かや?

 葛城よ」


「少々齟齬が御座います。

 私が欲しておりますのは額田持つ人脈です。

 それ故に額田殿に協力を願った訳です」


「額田の持つ人脈とやらを使い何をしたいのじゃ?」


「様々な利点が考えられます。

 我々の考えを津々浦々に伝え知らせるため、

 下々の声を拾い集め政へ活かすため、

 そしていち早く反逆の芽を摘むため、

 本音を言わぬ男供だけでは足らぬと考えました」


「何故、今のままでいかぬのか?」


「私は皇太子としてあらゆる情報に精通する必要を感じております。

 此度の遷都の件では額田殿の持つ施術所を中心とした情報の伝達は目を見張るものがあり、皇太子としてその恩恵を譲り受けるべきと判断しました。

 それ故に大海人にその事を伝え、礼節を尽くし、助力を願いました」


 あれが礼節なの?


「つまりは施術所を譲り受ければ事足りぬのか?」


「もし額田殿が同じものを作れば、皆其方へと通うでしょう。

 屋敷(ガワ)だけ譲り受けても意味は御座いません」


 何となく理論武装している気がします。

 中臣様の入れ知恵でしょうか?


「(ふぅ)

 大海人皇子が額田を手放す代わりに何をするつもりじゃ?

 葛城よ」


 皇祖母様も気怠そうです。

 現代風に言えば、虐げられた先妻の姉の婚約者を、甘えさられて育った後妻の妹が横取りするざまぁ(逆転劇)系令嬢ラノベみたいな展開です。

 史実で知っていた私ですらまさかの展開でした。

 良識があればあるほど周りは苦労します。


「大海人には私の妃を二人譲ります。

 子を成し、世継ぎを増やして欲しいという兄としての思いやりです。

 また、大海人の家臣、舎人らへの叙勲を進言します。

 此度の遷都で第一級の貢献を成した者達へ報いたいと考えております」


「この先、額田が子を成したらどうするのじゃ?」


「ご安心下さい。

 私は不義を働くつもりは御座いません。

 もし額田が懐妊したのなら父親は私ではありません。

 無論、額田殿の気持ちがどの様になるのかまでは予想出来かねますが、あくまで私が欲するのは額田殿の持つ人脈です」


 うわぁ、ヤな奴。


「では、欲しいのは額田の人脈とその基盤である施術所ということかえ?」


「左様に御座います」


「施術所は儂も通うておる故によう知っておる。

 来年から帝に戻る儂は通えんのう。

 そうしたら通う者が減るかも知れぬぞ」


「額田殿の人脈とは皇祖母尊様頼りではないと考えております。

 多少は減るでしょうが、私の妃という立場が加われば新たに通い始める者もいるでしょう」


 饒舌な皇太子(オレ様)と沈黙の皇子様。

 (やま)しい気持ちがあると人は饒舌になると言いますが……。


「ところで知っておるか?

 葛城よ。

 この一年、そこに居るかぐやは殆ど施術所へは顔を出しておらぬ事を」


 え? 私?


「え……、申し訳御座いません。

 そこまで把握しておりませぬ」


「かぐやよ、その通りじゃな?」


「はい、飛鳥へ移りましてからは後進の育成に注力し、ちょうど今しがた私の手を離れたところに御座います。

 施術所における私の成すべき事は終わりました」


「ならばかぐやは儂が貰い受けても構わぬかな、大海人よ」


「はっ、私としても惜しいですが、かぐやなら母上のお役に立てると思います」


「いや、かぐやは額田と共に来て貰いたい。

 施術所はかぐやが創設した施設であろう」


「そう言っているがそうなのか?

 大海人よ」


「そもそも施術所とは額田が十市を産むために難波の地に建てた産屋でした。

 額田に懐妊から妊娠中そして出産に至るまで、精神(こころ)と身体の安寧を尽くしたい気持ちでかぐやが創設した物に御座います。

 本来の目的は遠に果たされております」


「だがかぐやが創設した事に違いはなかろう」


「その通りです。

 かぐやは、新たに事を始める能力、創意工夫を凝らす能力、そして全体を俯瞰し物事を手際よく進める能力に長けております。

 私はこの先、かぐやにとって母上の元でその手腕を発揮するのが最善かと考えます。

 少なくとも施術所の責任者という矮小な地位に甘んじてはならぬと思っております」


「葛城よ。

 其方が欲しいのは額田の人脈であろう。

 今更違うとは言わぬよな?」


「……はっ、間違い御座いません」


「ならばかぐやは今の主人である大海人より儂が貰い受ける。

 良いな?」


「……異存は御座いません」


 何て事でしょう!?

 私は大海人皇子から斉明天皇へトレードされてしまいました。

 これって竹取物語(げんさく)で言えば帝に求婚されたって事?


【天の声】違うって。


「さて、かぐやには何をやって貰おうかの。

 何か希望はあるか?

 かぐやよ」


「申し訳ございません。

 急な事で何もお答えを持ち合わせておりません。

 掃除でも洗濯でも何でもやります」


「流石に掃除は他の者に任せたいの。

 大海人よ。

 何か提案はあるか?」


「私がかぐやを初めて(まみ)えた時、かぐやは国史編纂に携わる事が幸せと申しておりました。

 書司(しょのつかさ)へ配属しては如何でしょう?」


 皇子様、あんな昔の事を覚えたいたんだ。

 でも良いかも。


「どうじゃ、かぐやよ」


「書に囲まれて過ごすのは幼き時より憧れておりました。

 成れるのであれば是非とも希望致します」


「分かった。

 ではその旨を内侍司(ないしのつかさ)へ伝えておこう。

 では葛城よ。

 本日申した事、忘るるな。

 約束を違えぬ様申しつける」


「はっ!」


 こうして私の再就職先が決まったのでした。

 現代、古代通じて初の後宮住まい(こうむいん)です。


 ◇◇◇◇◇


「かぐやよ、急な事で驚いただろう。

 しかし其方を兄上に渡すのは私の今後の策略の邪魔になると判断したのだ。

 母上に付き、母上を手伝ってくれ」


 皇子宮へ戻った皇子様は私にこう言いました。


「承りました。

 私としましては額田様に最後まで尽くしたい気持ちが御座いましたので未練はあります。

 しかし皇子様がそう仰られるのであれば、その様に致します」


 すると額田様が部屋へと入ってきました。


「かぐやさん、今までありがとう。

 貴女といると毎日楽しい日々を過ごす事が出来ました。

 私には姉はいるけど妹はいないの。

 もし妹がいればきっとこんなだったのでしょう。

 一緒に居られないのは寂しいけど、皇祖母様の事を宜しくね」


「額田様は私がこうなるのをご存知でしたのですか?」


「ええ、昨夜ずっと皇子様と話をしました。

 私が皇太子様の所へ行くのを阻止するのは無理だって事は分かっていました。

 だけど、貴女だけでも行かせたくなかったの。

 きっと貴女は皇太子様の元でも頑張ってしまうでしょう。

 でもね、貴女の本当にやりたかった事からどんどんと離れていってしまう。

 だから皇祖母尊様にお願いしたの。

 私の“人脈”を使ってね」


「そんな、私ばかりが……」


「良いのよ。

 飛鳥は狭いわ。

 今後も顔を合わせる事もあるでしょう。

 私は大海人皇子の妃で、大海人皇子の娘の十市皇女の母なの。

 今までもこれからもよ」


「はい、私に出来る事があれば何でもします。

 歌もたくさん思い出して、送ります」


「そうね。

 私もこれからも歌を続けるわ。

 皇子様、たまには歌を送って下さいな」


「良いのか?」


「皇太子様は不義をしないと言ったのでしょ?

 構わないわ」


「そうだな。

 それもこれも私が未熟な上、これまで自らが何もしてこなかったからだ。

 いつか額田も十市もかぐやも取り戻す。

 だから待っていてくれ」


「皇子様、そう仰いますとまるで私も皇子様の妃みたいですよ。

 一応、私には想い人が居ますので」


「そうなのか?

 済まぬな、残念な其方にそんな奇特な人がいるとは思わなかった。

 では舎人として戻って来てくれよ」


「はい、承りました」


 私は大海人皇子の舎人を目出度くクビになったのでした。


後宮と言いますと真っ先に平安時代の後宮が思い浮かびます。

奇しくも大河ドラマもやっていますね。

ですが飛鳥時代の後宮は平安時代とはだいぶ違ったものだったみたいです。

何より女帝が総べる後宮であり、求められる機能からして全く違う訳です。

資料が少ない分、想像力を働かせて、かぐやの後宮生活を描いていきたいと思います。

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