孝徳帝御崩御の後
第六章始まりです。
孝徳帝、ご崩御の一報が入り、飛鳥の京は騒然となりました。
孝徳帝の祟りを恐れる方も少なくありません。
皆それぞれに遷都の件で帝を裏切ったという自覚があるので、無理もありません。
施術所飛鳥支店でも祓いをする事になり、この時代にはまだ盛り塩の風習はありませんが、私の独断で盛り塩をやってみました。
塩はそこそこ貴重品なので、誰でも気軽に出来るわけではありませんが、皆さん真似し始めて一大ブームになった程です。
そして、次の帝は……。
ごめんなさい、私知っています。
皇祖母様が重祚されて斉明天皇になるのです。
こんなにタイミングが早いとは思いませんでしたが、女帝である皇極天皇が一旦譲位して、その後重祚して斉明天皇となる事だけは覚えていました。
古代史の七不思議の一つでもありますが(※作者調べ)、中大兄皇子はなかなか天皇に即位しようとしなかったのです。
若いって事もありますが、頑なに即位しなかったのは何故なのでしょう?
気楽だから?
それとも影の支配者に成りたかったとか?
企業でも社長になる事を嫌がる専務さんも珍しくありません。
『何も専務』と言って揶揄する人も居ますが、実際は現場に近い役職ですね。
会議の場には必ず居たりします。
中大兄皇子も同じなのかしら?
私はと言いますと、この一年間ずっと施術所(KCL)の技術向上に努めていました。
何時迄も施術所に居られないと考え、従業員の拡充とエステ技術の底上げをやっています。
例え私が居なくなっても、お化粧技術を低下させずお客様を満足できるレベルを保つ様、教育に力を入れてきました。
間人皇女様のお相手も徐々に出番を減らして、帝となる皇祖母様がたまに来られる時くらいしか顔を出さない様にしております。
この時代の人々は皮膚病を患っている人も多いので、光の玉を使わずに治療する方法も研究しました。
之布岐(※ドクダミ)を使った炎症を抑える薬とか、楝(※センダン)を使った虫下し、指燃草(※ヨモギ)を使ったお灸などの薬草にも手を出しました。
私の現代知識ではせいぜいドクダミ茶くらいしかありませんので、詳しい方に知恵を借りました。
教えて下さったのは意外にも物部宇麻乃様です。
石上神宮の祭司さんは高貴な出なのに野生的なのですね。
そんなある日、皇子様から呼び出しがありました。
……次は何のご依頼なのでしょう?
「お呼びとお伺いしました。
如何なさいましたでしょうか?」
「かぐやよ、よく来た。
明日、兄上がいらっしゃる。
其方も同席せよとの事だ」
あ”あ“〜、ついに来たか。
皇太子が十市皇女を近江の大友皇子へ嫁がせるという話を蒸し返す可能性大です。
(※第177話『オレ様、再び』ご参照)
「一応、帝には一報入れ、十市を母親から引き離す事が無い様に申し入れた。
しかし兄上がそれを聞き入れて頂けるかは分からぬ。
そのつもりで対処して欲しい」
「はい、承りました。
何よりも額田様と十市様を最優先し、私の出来うる事を致します」
緊張の会談が始まります。
◇◇◇◇◇
「ようこそお越し下さいました」
「最近、忙しくてゆっくり話も出来ぬな。
たまには政を忘れ、ゆっくり話をしたくて邪魔しに来た。
十市も元気そうだな」
「…………」
「申し訳御座いません。
人見知りが激しいので」
十市皇女様も周りの緊張感を感じてなのか大人しくしております。
額田様がささっとフォロー入れます。
「ははははは、そう緊張せずとも良い」
おそらくこの場で緊張していないのは貴方だけです。
皇太子様の横に居る鎌足様ですら緊張感を漂わせております。
そんな空気を知ってか知らずか、皇太子様がお話を始めました。
「それにして先帝は残念な事をした。
私としても共に飛鳥へと参られて、帝を中心とした国の建設を推進して頂きたかったのにな」
「私も誠に残念に思います。
改新の詔を発して九年。
その実現に向けて尽力なさっておられたのに道半ばで力尽きてしまったのはさぞ心残りで御座いましょう」
以前の私でしたらこの会話を素直に受け止める事が出来たでしょうけど、孝徳帝の言葉を聞いてしまった今となっては、何処か白々しさを感じてしまいます。
「我々の力不足なため、母上には重祚されてご苦労をお掛けしてしまうのは痛恨の極みだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
「その事につきましては兄上のせいでは御座いません。
むしろ年若き兄上はお立場以上に奮闘されております。
兄上がいらっしゃるからこそ政は廻っているのです。
そうでなければ母上も重祚される事を決断なさいませんでしたでしょう」
「大海人にそう言われるとありがたい。
私も励みになる。
しかし母上もお元気そうに見えて結構なお年だ。
幾つになったであろう?」
「確か六十……、いや六十一のはずです。
年が明ければ六十二です」
「そうだな。
先帝(孝徳帝)は母上よりも年下だったし、我々の父上(舒明帝)は五十前に崩御なされた。
母上には長生きして頂きたいが、六十を過ぎてもなお無理をされて欲しくないな」
なんか、普通の兄弟の会話ですね。
「私もそう思います。
母上には出来るだけ母上の身体を気遣うよう、そこにいるかぐやに施術を施して貰っています」
「ほぉ、かぐやの施術とな?」
皇太子様の目がキラリと光った気がします。
「具体的にはどの様な事をしておるのか、私に教えてくれぬか?
かぐやよ」
「はい。
帝様には暑すぎない蒸し風呂で身体の血行を促し、体内に潜む疲れの素を取り除きます。
お食事は胃の負担が軽く、不足しがちな滋養を補う献立をご用意しております。
若々しい肌の張りを保つ事で気持ちにも張りを与え心の安寧をもたらす事に、私共一同、心血を注いでおります」
「相変わらず面白い事をやっておるな。
確かに母上を見て六十過ぎと思う者はいないくらいに若々しい。
其方の貢献に寄るところは大きい。
感謝するぞ、かぐやよ」
「は、勿体無いお言葉に御座います」
何か皇太子が感謝とか優しい言葉を掛けるなんて気味悪さを感じます。
「大海人よ、母上が通われているのは其方の離宮にある施術所だと聞いたがそうなのか?」
「はい、その通りです」
「京の婦人らが挙って通っていると言う話だが、間人も通っているそうだな」
「お陰をもちましてたくさんの婦女子に好評を頂いておりますが、それは額田の人柄によるものだと思っております」
「額田殿よ、大海人はこう言っておるがそうなのか?」
「私は特別に何かした訳では御座いません。
ただ親しい方々にこの施術所を楽しんで頂きたいと思い、お招きしているだけです。
賑やかなのは好きですので」
「そうだな。
母上、間人、その他の高官の妃などが通う施術所には私も関心がある。
私の后にも是非通わせたいと思う」
「ええ、難波では倭姫王にお会いする機会に恵まれませんでしたが、飛鳥ならばお目見えする機会も増えましょう。
是非、お待ちしております」
「そうだな。
残念な事に私と倭姫との間には子が居らぬ。
難波の施術所では子を成すための支援もしていると聞いておる。
そちらも世話になるやも知れぬな」
「私にお手伝いできる事が御座いましたら何なりとお申し付け下さい」
十市皇女が取り上げられるのではないかと心配していましたが、平穏な会話の流れに額田様のリップサービスが飛び出します。
「それは有難い。
額田殿には是非お願いしたい。
今や施術所を中心として額田殿の影響力は大きいと聞いておる。
私のため、大海人のために、是非力を貸して欲しい」
「え、ええ。
私に出来ることであれば」
「そうだな、助かる。
という事で、大海人よ。
一つ頼まれてくれ。
額田殿の人脈を私に譲ってくれ」
…………え?
大化、白雉、と続いた元号は一旦用いられなくなりました。
今後は西暦表示になります。
孝徳帝の御崩御が654年10月。
斉明帝の即位(重祚)が655年1月の事です。




