表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

215/585

【幕間】孝徳帝の独白・・・(3)

第五章、これにてラストです。

少々血なまぐさいお話なので、苦手な方は読み飛ばしてください。

 (※孝徳帝視点のお話、最終話です)


 さて、このかぐやという(いらつめ)が聡明である事は話をするだけで分かる。

 ただしどの程度なのか、そして誰に傾倒しているのかが分からぬ。

 よもや葛城に……?


其方(そち)は己が(あるじ)をどう思うとる」


「素晴らしき方かと」


「世辞はよい。正直に申せ」


「懐の深き傑物かと存じます」


 かなり高い評価をしているな。

 人を見る目はある様だ。

 ならば前から気になっていた事を聞いてみるか。


「大海人には野心はないのか?」


「皇子様は理想をお持ちの様でした」


 この娘は余が先程口にした

『理想とは野心という名の獣の心を取り繕っただけの言葉遊びだ』

 という言葉を受け、敢えて言っておる様だ。


「理想か……、余も理想はあった」


「それがこの難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)なのでしょうか?」


「そうじゃ。

 (みやこ)は唐からの使者を迎えるに相応しい景観であるべきじゃ。

 唐はとてつもなく強大な国じゃ。

 唐との外交が我が国の今後を担うと申しても、彼奴らは聞く耳を持たぬ。

 唐の進んだ文化、技術、学問を我が物とし、国に還元するのが一番の近道なのじゃ。

 じゃが余の言葉を信じぬ彼奴は、愚かにも百済へ接近している。

 唐と百済、どちらかを選べと言われれば余は迷わず唐を選ぶであろうに」


 何故だろう?

 これまで誰にも言っていなかった言葉が口から出てくる。

 誰かに聞いて欲しかったのか?

 この目の前の人畜無害に見える娘に?


「それでこの部屋が唐風なのでしょうか?」


其方(そち)にはこれが唐風であるのが分かるのか?」


 驚いた!

 何故、目にするはずのない唐の文化をこの娘は知っておるのだ?

 宮の中は様々な文化を取り入れておるのだ。

 (から)や天竺だとは思わぬのか?

 やはりこの娘、何かを秘めておる。


「理想だけでは奴の野心に勝てぬ。

 じゃが彼奴にだけは政権を渡してはならぬのじゃ。

 其方(そち)は葛城とも(つる)んでおるのか?」


「いえ、皇太子様とは二度ほど謁見する機会があっただけです」


 どうやら葛城とも中臣とも距離を取っている様だ。

 身分を弁えての事だろう。

 いよいよ本題に切り込むか。


其方(そち)は葛城も傑物だと言うのか?」


 言葉を濁そうとするのを許さず、しつこく聞いた。

 折れたかぐやは、ようやく重い口を開いた。


「あくまで推測ですが……皇太子様は心に傷をお持ちに思えました」


 心の傷……、ああそうか。

 余の心の引っ掛かりが何であったのか、ようやく理解した。

 心の傷、それこそが葛城の根本を成していたのだ。

 そう、奴の心には決して抜ける事の無い太い杭が穿(うが)かれておるのだ。

 葛城の秘密。

 葛城の心の傷。

 葛城の行動の源。

 全ての疑問がカッチリと音を立てて当て嵌まった。


「仏教に阿修羅という悪神が居る。

 三つの顔と六本の(ひじ)を持つ戦を生業とする神じゃ。

 余には彼奴の姿がまるで阿修羅に思える。

 仏道に通した若く聡明な青年の姿。

 人を惹きつける人望を持つ皇子の姿。

 しかし本質は戦を生業とする憤怒の形相をした悪神じゃ」


 仏教の神々で最も恐れられている最強の悪神。

 その姿が葛城の姿と被る。

 過去の悪行がそれを裏付けていく。

 蘇我入鹿、蘇我蝦夷、古人大兄皇子、蘇我倉山田石川麻呂、そしておそらく……。


「この先、どうなされるおつもりなのですか?」


 何とも間抜けな会話だ。

 全て終わったのだ。

 それに加担した娘に同情されるとは。


「おそらく生かさず殺さず放っておかれるだけじゃ。

 これほど惨めな帝はそうはおるまい」


「では何もしないと?」


「お人好しも大概にせい!」


 かぐやの言葉に一気に目が覚めた。

 そうだ、このまま朽ちる訳にはいかぬのだ。


「彼奴の暴走がこれで収まると思っているのか?

 次に狙われるのは余の皇子じゃ。有馬じゃ。

 余の皇子がむざむざと殺されるのを黙って見過ごしていられるか!」


 有効な手立てがない事も分かっている。

 しかし、目の前のかぐやに危機感が感じられぬ事に少し腹が立ってきた。

 余を追い詰めた憎っくき仇のはずなのに。


「己が関係ないと思うでない。

 其方(そち)の主人あるじも同様じゃ。

 其方(そち)は主人を守り切れるのか?」


女子(おなご)に出来る事なぞ些細な事です。

 しかし出来ることが御座いましたら全力を尽くします」


 かぐやはしっかりとした口調で、目に光を宿して答えた。

 この娘には葛城に購う力があるのか?

 少なくとも何も根拠を持たぬ者の言葉には思えなかった。


 かぐやの去り際、余は最後に賭けに出た。

 おそらく頼めるのはこの娘を置いて他に居らぬであろう。


「かぐやよ、真人の事を頼む。

 真人もまた危険なのじゃ」


 余の言葉にかぐやは大きく目を見開き、何も聞き返さずただ一言。


「……はい、心より承りました」

 と答えた。


 やはりこの娘は全てを知っていたのだ。

 真人よ。

 そなたが帰る時、余は既に黄泉の国へと旅だっておろう。

 かぐやと共に幸せになってくれ。

 頼んだぞ、かぐやよ。


 ◇◇◇◇◇


 ……余は寝ていたのか?

 それとも一年もの前の事を回想していたのか?

 夢と(うつつ)の境目が分からぬ。

 か……身体が動かぬ。

 (だる)い。

 まるで身体が石の様だ。


「だ……(誰か居らぬか?)」


 声すらも出ぬ。

 どの位経ったのか分からぬが、戸の開く音がした。

 助かった!


「だ…れ…、たす……けよ」


 精一杯声を上げようとしたが全く声にならない。


「お迎えにあがりました。

 お加減は如何でしょう?」


 目の前の余が大変な状況にあると言うのに、呑気な口調で何事も無いかの様に語り掛けるこの男は……?


「う……ま……」


「はい、宇麻乃(うまの)に御座います。

 勝手ながら帝のお加減を確認に来ました」


 物部宇麻乃、表向きは衛部に席を置き、裏では後ろ暗い仕事を行う。

 余も過去に二度、暗部としての仕事を命じた事がある。

 しかし皇族に対してだけは、その刃を向けぬ。

 そうしたら自らの存在意義を無くし、滅びるしか無くなるのだ。

 我々は自分自身が例外であるために、皇族同士の争いに物部は使わぬと一線を引いているのだ。

 頼む側も物部の呪術を恐れているのだ。


「た……す……」


「申し訳御座いません。

 助ける事が出来ないのですよ。

 だって帝がこうなる様に仕向けたのは私なので」


 !!!!

 どうゆう事だ?


「もう分かってらっしゃいますよね?

 誰の命令で動いているのかって」


「ば……かな」


 いつの間に毒を盛られたのか?


「本当、馬鹿馬鹿しい話です。

 私が皇族の方を手に掛けてしまえば、ご自身もいつ命を狙われるのか分からなくなってしまいます。

 なので物部は決して皇族を手に掛けないって不文律があると言うのに、あの方ときたら……」


 しかし余も無策では無かった。

 一人が裏切っても大丈夫な様に毒味役は三人居た。

 それなのに何故?


「最後なので教えて差し上げます。

 究極の毒って何だと思いますか?

 それは毒だと分かっても手放せない物なんです。

 物部が独自に栽培し、成分を濃縮した草を燻すと、恍惚感に包まれ、良い気持ちになるんです。

 本来は(にえ)を捧げる時に、苦痛を和らげるのに使うのです。

 そしてそれを長年吸い続けると、意識が朦朧となり身体が重く感じる様になるのですが、あまりの気持ちよさ故にそれ無しでいられなくなるのですよ。

 つまり毒はあの香の煙にあるのです」


 ああ、あの香を焚くと心地よさ故、朝も昼も夜も寝る時も、ずっと香を炊いていた。

 もう一年以上……、それが毒とも知らずに。


「これ以上苦しまずに楽になる薬を持って参りました。

 このまま老木が枯れるように儚くなるか、薬をお飲みになって楽になるかはお任せします。

 内麻呂様も服用された薬なので、効果は保証します」


 内麻呂だと?!

 阿部倉梯麻呂か?


「な……ぜ」


「帝で無ければ、依頼人は一人しかおりませんよ。

 因みに鎌足様は私の裏の仕事に関与したことは一度もありません。

 余りにこき使うので鎌足様を呪ってやろうと思ったことは何度かありますけどね」


 まさか?!


「な……が……とく……も?」


「ご正解です。

 多分、これが私の最後の仕事になると思います。

 帝に毒を盛った私は次の警戒対象になるでしょう。

 なので身辺を一切合切キレイに片付けました。

 全く酷い話ですよね?」


 そうか……、あの阿修羅の化身はそこまで人の心を捨て去ってしまったのか?

 そこまで彼奴を追い詰めた余も同罪だ。


「の……ませ……よ」


「本当はご自身でお飲みになって頂きたいのですが、無理そうですね。

 ではこれを飲んで楽になって下さい」


 宇麻乃は余の上体を起こして、液を口の中に注いだ。

 胃の中に入った事を確認すると、次は別の液を注いだ。


「これは酒です。

 酒は毒の効果を高めます。

 単体では強い毒にならないので、検視しても見破られ難いのです。

 最後なのでどうぞ味わってお飲み下さい」


 胃の中に酒精が入った感覚の後、目の前が段々と暗くなっていった。

 宇麻乃の声がするが何を言っているのか分からぬ。

 ただ香の毒が精神(こころ)と身体を麻痺させ、苦痛も恐怖も無く、眠る様に余の意識は闇へと消えていった。



 (幕間おわり)


次話より第六章に入ります。


歴史では中大兄皇子が皇后、皇祖母、官人の全員を引き連れて飛鳥へと行ってしまったため、孝徳天皇は白雉五年(西暦654年)十月、難波宮で一人取り残されたまま憤死したとされています。

しかし、白雉五年の初頭に鎌足様へ官位を授けたり、五月に遣唐使を派遣するなど、施政者である事を放棄していたわけでは無さそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ