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【幕間】孝徳帝の独白・・・(2)

時は白雉五年。

落ちぶれてしまった孝徳帝が、一年前の出来事を回想しております。

 ※前話に続き孝徳帝視点のお話です。


 阿部倉橋麻呂(あべのくらはしまろ)蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだいしかわまろ)が相次いで亡くなった後、余は蘇我に近い巨勢徳多(こせのとくた)を左大臣とし、右大臣には葛城が推す大伴長徳(おおとものながとく)を置いた。

 七年越しの工事の末、難波の(みやこ)が完成し、百済と新羅から使者がやって来て朝貢した。

 そして唐へは二十年ぶりの遣唐使の派遣を決定した。

 意外にも中臣が遣唐使の再開を強く推し、強い反対を受ける事なく船の建造に漕ぎつけた。

 船は二隻、故にぎっしり積み込めば二百五十人を乗せられる筈だ。

 人員は大臣に任せれば良い。

 残念なのは前回の航路を取る事が難しいという事だ。

 仕方があるまい。

 危険を伴うがこれからの国造りには避け得ぬ犠牲なのだ。


 船が完成する頃、唐に渡る者達の名簿が送られてきた。

 知っている名も幾つかあった。

 しかし末尾にその名を見た時は大いに驚かされた。

『中臣真人』……だと?

 まだ十一だぞ。

 此度の航路が危険だと知らぬのか?

 そもそも中臣は祭祀の氏だ。

 唐へ行って何故仏教を学ぶのだ?

 まるで見殺しにするために唐へ派遣する様なものではないか?!


 早速、真意を確かめるべく、密かに人を遣い調べさせた。

 その結果、真人の渡航を決定したのは葛城だという事が分かった。

 葛城は腹心の養子ですら命を許さぬと言うのか?

 彼奴は何処まで非情なのだ!

 あまりの事に(はらわた)が煮えくり帰りそうになり、暫くは夜も満足に眠れなかった。


 唐へ渡る者達は出航の少し前に難波宮に集い、唐の言葉、風習などを学ぶ。

 余は視察と称して、真人を見に行った。

 無論、余が実の父と言うつもりはない。

 だが一目見ておきたかったのだ。

 二百人を越す者達が一堂に会していたが、真人の姿はすぐに分かった。

 一番の幼少の子が真人なのだ。

 余はそっと近づき声を掛けてみた。


其方(そち)は中臣殿の長子か?」


「はい、そうで御座います」


 真人は天井人である余に声を掛けられ、緊張しながらもハッキリと答えた。


「これから唐へ行くのは怖くないか」


「少し怖いですが、唐でたくさん学べるので楽しみです」


 ああ、なんて眩しい目をしているのだ。


「そうか。しっかりと学びたくさん知識を蓄えて無事帰って来ておくれ」


「はい! 頑張ります」


 濁り無き(まなこ)でハキハキ答える真人の姿は、生まれたばかりの頃を思い起こさせた。

 中臣に、鎌子に、真人を預けたのは決して間違いでは無かったのだ。

 嬉しさのあまり、部屋へと戻り一人涙を流した。


 出航の日……。

 名簿では真人は第二船に乗っているそうだ。

 航海の安全を祈願する祭事と任命の儀を執り行い、風向きが良くなったのを確認すると船はそそくさと離岸した。

 何故か第二船に乗っている筈の真人は第一船におり、大きく手を振っていた。

 気になって手を振る先に目を遣ると、一人の(いらつめ)がいた。

 あれは……改元の儀で舞を披露した大海人皇子の舎人ではなかったか?

 後ろには我々の暗部を司る物部宇麻乃(もののべのうまの)が居るが、彼奴と知り合いだろうか?

 しかしその時は敢えて調べる事はしなかった。

 その時は……。


 だが、この頃から宮の中の顔ぶれが徐々に変わっていった。

 長徳が亡くなった後、巨勢は葛城側に寄り添う事が多くなった。

 大臣の人事は余が直接口出し出来るが、下々の人事は大臣の管轄だ。

 余に口出しは出来ぬ。


 そしてあの運命の日がやって来た。

 遷都の建白書が葛城から出されたのだ。

 愚かにも余はこの建白が用意周到に準備された事に気が付かなかった。

 最初、葛城が単なる思いつきで上程したのだとばかり思っていたのだ。

 大海人皇子が葛城に従うのは予想していた。

 姉が葛城に同意するのも仕方がない事だと思っていた。

 だが皇后の間人が飛鳥へ行くとは微塵も考えもしなかった。

 確かに行く際に挨拶はした。

 だがそれは近隣へ散策に行く様な様子で、よもや飛鳥へ向かうなど全く感じさせなかったのだ。

 おかげで世の面目は丸潰れだ。

 遣いを出し戻って来る様、便りを出しても梨の礫だ。

 一体何があったのだ?


 ふと気がつけば、難波の省庁の人の姿が日に日に減っていた。

 その時になって事の重大さを認識した余は、皇子時代からよく知る者に調査を命じたのだ。

 調査はすぐに終わった。

 だが内容は残念な上に残酷なものであった。

 既に半分の官人が飛鳥へと行ってしまった。

 しかも飛鳥の受け入れ体制が万全だと言う。

 飛鳥へ行った官人の殆どが東国出身で葛城の派閥のものであると。

 要はずっと以前から此度の件は計画されていたのだ。


 更に報告では、姉や間人が飛鳥へ行った裏には、施術所なる場所が中心となり暗躍した、とあった。

 そしてその施術所の(あるじ)は今、後宮に出入りして飛鳥への移転を後押ししている最中であると。

 余は直ぐ様、施術所の主とやらを調べ上げさせた。

 その結果は驚くべきものだった。

 施術所は表向きは大海人皇子の妃である額田王の物だが、運営しているのは舎人のかぐやと申す者だ。

 だが只者では無い。

 今や難波の高貴な女子(おなご)らで知らぬ者は居らぬそうだ。

 間人もかぐやに陥落されている。

 思い返してみれば、ここ最近の間人の様子が妙に妖艶に見えたのはこの娘の施術によるものらしい。

 しかも姉の皇祖母すら、かぐやとやらに籠絡されているのだ。

 姉の場合は孫の建皇子がかぐやから離れぬだとか。

 あの(おし)の建がどうすれば懐くというのだ?


 また報告には気になる一文があった。

 讃岐国造の娘であり、国造の財力を以て飛鳥に屋敷を次々に建て、此度の遷都を手助けした模様であると。

 讃岐と言えば真人が居たという場所だったと記憶している。

 その手腕を見込まれ今は後宮の移動を支援している、と報告は結ばれていた。

 そしてその報告を届けた者は口頭でこう付け加えた。

「かぐやと申す者は、ただいま後宮に居ります」と。


 余はすぐさま、報告の木簡を持って、後宮へ足を運んだ。

 昨今のゴタゴタのせいで来るのは半月ぶりだ。

 しかし後宮の様子はすっかり様変わりしていた。

 千人近くいた雑司女らの姿が殆どなく、かつての活気は影を潜め、歩く者は(まば)らだ。

 してやられた!


 広い後宮を隅々まで探し、食事中のかぐやをようやく探し当てた。

 一人だけ衣が異なるので判り易い。

 それに幾度か目にしていたそのままの姿だった。


「随分と寂しくなったものよのう。

 其方(そち)らは何時ここを発つのじゃ?」


 偶然を装い嫌味を言い放ち、かぐやに声を掛けた。


「そこの者、表を上げよ。

 そこの一人だけ身につけている衣の違う者じゃ」


「はい」


 間違いない。

 探していた娘が目の前にいた。

 憎いはずの娘だ。

 しかし何故か敵意を感じさせぬ風貌であった。


「大海人の舎人だったか?

 舞を披露した娘がここに居るのは何故かの?」


「はい、仰います通り大海人皇子様の舎人、赫夜(かぐやの)郎女(いらつめ)と申します」


 嘘は付かぬ様だ。

 潔いのか?

 はたまた逃げ仰る算段があるのか?

 だが逃がしはせぬ。 


「ここでは話しをしづらい様じゃな。

 では余について参れ」


 かぐやを後宮の中にある余の執務室へと連れて行き、尋問を再開した。


「さて、聞こう。

 余の後宮に何用かの?」


「命により、荷物の運搬について相談を受けましてに御座います。

 後宮で荷物の運搬に困っているのを皇祖母様に相談したところ私が紹介されたと伺っておりますが、その間に介在された方々につきましては詳しくは知らされておりません」


「余の後宮で勝手な真似をしくさって。

 つまりは其方(そち)は後宮に入り、分断工作をして、余への反逆を企んでいたという訳じゃな?」


「一舎人に反逆の意思などを持ちようも御座いません。

 運搬の相談を受ける事と反旗を翻す事とはかけ離れた事かと思われます」


 少し話をしただけで、この娘はかなり有能な娘であると分かる。

 嘘は言っていないが、全てを白状している訳ではない。

 理論整然に話しているが、核心の部分は容易に曝け出さぬ。

 そこで揺さぶりを掛けてみた。


「話は変わるが、其方(そち)の父親はたいそう裕福だそうだな。

 飛鳥の中に出来た新たな街は其方(そち)の財が深く関与しているらしいな」


 一瞬だけ、しまったという表情が見えた。


「……相談事が多いので」


「誰からの相談じゃ?」


「中臣様の妃の与志古(よしこ)様に御座います」


 そうか、与志古がか。

 だが、裏切りとは言うまい。

 与志古は中臣の者になったのだ。

 するとやはり、かぐやと真人は親しいのか?

 気になって聞いてみた。


「鎌子には子がおるが、其奴らと親しいのか?」


「利発な御子様だと聞き及んでおります」


 真人に禍が及ぶのを警戒してなかなか本音は言わぬ様だ。

 なので鎌をかけてみた。


「そうか、確かに利発らしいの。

 先の遣唐使の使節団に名を連ねておった。

 しかしな、遣唐使船は薩摩沖で沈んだと連絡があった。

 その船に乗っていた者らは殆どが死んだ」


 その瞬間のかぐやは顔色がサッと青ざめ、狼狽、驚愕、心配、様々な感情が入り乱れた表情となった。

 これだけ心配するという事はよほど親しい間柄なのであろう。

 その様子を見て、少しだけ安心した。


「沈んだのは第二船だ。

 鎌子の息子が乗っていた第一船は唐に渡った」


 そう、名簿の通り第二船に乗っていたら海の藻屑となっていたのだ。

 偶然かどうかは分からぬ。

 しかし、中臣が名簿を入れ替えたらしいの鑑みると、偶然では無いのかも知れぬ。


 先程までとは打って変わって、かぐやの顔に安堵の表情が見えた。

 今の自分の立場がいつ首を刎ねられても不思議では無いと言うのに……。

 いつしか余はかぐやにこれまでの事を追求するよりも、目の前にいるこの奇妙な娘の事をもっと知りたいと思う様になっていた。



 (幕間つづく)

ごめんなさい。

幕間になると筆が止まらないのです。

一話で終わる筈の帝のお話が三話目に突入してしまいました。


本当にごめんなさい。

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