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【幕間】鎌足の焦燥・・・(14)

ブラック鎌足様、降臨。

 (※鎌足様視点による幕間、これにて一区切りです) 


 いよいよ本格的な人の移動が始まった。

 彼らが行く先には彼らの席が用意してある。

 新しい組織として再出発するのだ。

 新たな組織、新たな職制、新たな役職、この三ヶ月間忙殺された下準備が(おおやけ)となった。

 計画当初から我々に順う者達は屋敷も用意し、新たな組織で重要な役職(ポスト)を用意した。


 焦り始める者も出てきた。

 当然の事ながら刻が経つほど席は埋まっていくのだからな。

 これまでの地位を危ぶまれる者達から問い合わせが増えてきた。

 狙い通りだ。

 一応、難波の各署の人員を収納できる規模を想定している。

 しかし申し出が遅れれば遅れるほど望む役職は与えられず、飛鳥での生活は苦しくなるのだ。

 これは一種の競争(レース)なのだ。


 もちろん目を掛けている者には私からも接触をしている。

 無能な日和見主義だけでは政の運営に支障が出る。

 この機を逃せば、次に浮き上がれるのは私が死んだ後だ。

 お主らが賢いことを願うばかりだ。


 ◇◇◇◇◇


「中臣殿、遷都の建白書は受理されたのだろうか?」


 左大臣の巨勢徳多が私に聞いてきた。

 建白書を献上した時は歯牙にも掛けなかったくせに、風向きが変わった途端にこれだ。

 だが、右大臣不在の今、左大臣である巨勢に抜けられるのはやり難い。


「帝からはお返事を賜っていない。

 しかし既に皇太子様は飛鳥にて執務されている。

 官人らも飛鳥へと移動を始めているところだ」


「だが、帝抜きに政は成り立たぬであろう」


「無論そうだ。

 それ故に帝には皇祖母尊様から飛鳥への遷都を進言して頂いている」


「つまりは皇祖母尊様は飛鳥への遷都をご了承されているという事か?」


「相違ない。

 飛鳥への移動の人員を用意する様仰せつかった」


「飛鳥へ遷都したとして、政は滞りなく運営できるのか?」


「その心配はない。

 新たな職制を設け、八年前に帝が発した改新の詔の実現に向けて邁進出来る体制を整えた。

 むしろ勢いを増すだろう」


「帝を抜きにしてか?」


「再三申しているが、私は帝に飛鳥へと参り、政を取り行って頂きたいと願っている。

 しかし例え帝が難波に残られても、帝を無視することはしないし、してなはならないと思っている。

 それは帝を中心とした新しい国造りの理念に反するのでな」


 これは本音だ。

 ただ丸裸になった軽には葛城皇子の傀儡としての役割を演じて貰うというだけだ。


「中臣殿の考えは分かりもうした。

 しかし、新たな職制といったが新たに人員を登用するのか?」


「一応は辞令を発して難波に居るものにも飛鳥での新たな仕事に就いて貰うつもりだ。

 こちらの都合で異動するのだから、それ相応の待遇を用意してある。

 ただし全てに行き渡るほどの席が用意できて無いのが実情だ」


 私のこの言葉に巨勢の顔色が僅かに変わった。

 自分達の派閥が冷遇されると分かったのであろう。


「しかしこれまで落ち度もなく仕えていた者らはどうなるのだ?」


「飛鳥でもその手腕を発揮して欲しいと願っている

 勿論これまで通り難波に残り、勤めに励むのも構わない。

 飛鳥に来るか来ないか分からぬ者のための席は用意できぬのだ」


「つまりは出来るだけ早く鞍替えの意思を表せと……?」


「強要するつもりはない。

 席には限りがあるから決断は早い方が良いと助言しているだけだ」


 巨勢の口が硬く結ばれる。

 せいぜい悩むが良い。


「言い忘れていたが、既に皇后様は飛鳥宮へと出立された」


「なんと!

 そんな事があり得るのか?」


「私には分からぬが、皇太子様と皇后様、そして大海人皇子の三人のご兄妹仲が大変よろしい。

 その絆を優先されたのであろうと思っている」


 自分でも白々しいと思うが、巨勢はこうゆう建前を信じる男だ。

 要は単純なのだ。


「では内裏(だいり)はどうなるのだ?」


「詳しくは存ぜぬが、日に日に後宮から荷物を持って人が去っているそうだ。

 いずれ伽藍堂になるやも知れぬ。

 後宮の頂点たる皇后様が居らぬのだからな」


 間人皇女の飛鳥行きは帝にも巨勢にも衝撃の様だ。


「申し訳ないが今から飛鳥へ行きたいという者達との面談がある。

 上席が埋まるのはそう先のことでは無い。

 巨勢殿の周りも飛鳥での役職を希望する者が居れば、出来るだけ急がれる事をお願いされたい」


「……くっ! 判り申した」


 これで巨勢一門は堕ちるだろう。

 そうなれば賛同者は七割を越える。

 上級官人はほぼ手中に収めた。

 残り三割の中級・下級官人では組織を維持するのはほぼ不可能だ。

 だが順調過ぎる成果の影に大海人皇子とかぐやの功績の大きさを考えると素直に喜べない気がする。

 贅沢な悩みと言えばそれまでだが……。


 ◇◇◇◇◇


 皇祖母尊様の移動が始まった。

 その辺の有象未曾有には任せられぬので、私の舎人達を動員した。

 彼らは彼らで忙しい身であるが、優先度はこちらだ。

 輿を担ぐ者、荷物を背負う者、警護をする者、総勢五十名を揃えた。


 行程は二泊三日で行く予定だ。

 途中で皇祖母尊様や建皇子の気分が優れなかったらそこで休むため予備日も用意した。

 この様な時、かぐやがいればと思うが、かぐやは後宮の荷運びに支援者として残っているそうだ。

 かぐやには最後の最後まで世話になりっぱなしにも関わらず、一度も会っていないな。

 出発前、与志古に取りなしておく様頼んでおいた。


 私は馬に乗り、警護の一人として参加している。

 身分的に私でなければ横に侍る事が出来ないからだ。

 与志古が軽の夫人であった時、飛鳥から讃岐へと行った時もこうだった。

 幼い真人と共に……。


「鎌子殿よ。

 機嫌が良さそうに見えるが、それほどに嬉しいのか?」


 腰の中から皇祖母尊様の声がした。


「与志古が後宮にいた時、一度この様な形で共をした事を思い出しておりました」


「ふふふふ、鉄面皮の鎌子殿にもその様な感情があるとは、いささか驚きじゃの」


「自分には勿体のない妃です」


「のう、鎌子殿よ。

 孝徳はどうして与志古を其方に下賜したと思っておる」


「皇太子様の腹心である私への繋ぎとして、自らの夫人を褒賞代わりに下賜されたのだと考えております」


「そうじゃの。

 じゃがもう一つ理由(わけ)がある。

 与志古を手放すことで上野国(こうずけのくに)との関係を悪くしても、じゃ」


 皇祖母尊様は何を仰っておられるのだ?


「申し訳御座いません。

 私には考えつきませぬ」


「真人じゃ。

 其方の息子となれば護って貰えると考えての事じゃ。

 孝徳はああ見えて身内への情に厚い男なのじゃ」


「それは意外でした。

 しかしそれならば、甥である葛城皇子にも情けを掛けて頂きたかったと思います」


「そうじゃな、甥の葛城にはな……」


 皇祖母尊様はそのまま黙ってしまわれた。

 軽と葛城皇子との間に一体何があったのだろうか?

 だが軽の手によると思われる放火で命辛々逃げ出した事は今も忘れない。

 おそらく弟である軽に対して、皇祖母尊様の目が曇っているのだと思う事にした。


 しかし真人を守るためという事は、葛城皇子が仇なす可能性を即位前から予想していたという事になる。

 悔しいがその予想は当たっていた。

 さらに癪なのは私が真人を守るために動いたという事だ。

 せめてもの情けだ。

 真人だけは護ってやる。

 だから軽よ、孝徳よ。

 難波で寂しい余生を送れ。


 こうして私は難波を後にした。


 ◇◇◇◇◇


 明けて新年、新春の儀が帝不在のまま飛鳥にて執り行われた。

 最終的に官人の大部分が飛鳥へと動いた。

 帝への忠誠を誓う者はほんの一握りだったらしい。

 飛鳥に(みやこ)が戻ってきたのだ。

 進行の者の声が会場に響き渡った。


「大海人皇子様が舎人、舞師・なよ竹の赫夜郎女(かぐやのいらつめ)による舞の献上を執り行う!」


 かぐやが中央へと進むと静かな響めきが起こった。

 今のかぐやは飛鳥京で知らぬ者が居ない程の有名人なのだ。

 本人がどう思っているのかは分からぬが……。


 ♪ 〜 シャララララララ~ ♪


 かぐやの舞は見事だった。

 初めて会った時、私の半分程度の背の丈だった童は一端(いっぱし)の女性として崇められる存在となった。

 その証拠に普段の儀ではあり得ない大きな拍手が会場中に巻き起こったのだ。

 人望と実力、そして美貌も兼ね備え、今後の飛鳥の主役となるのかも知れぬ。

 だがそれが良い事なのかは分からぬ。

 なまじ有能なかぐやが中央で政争のゴタゴタに巻き込まれるよりも、田舎で土と戯れ伸び伸びと過ごす方が幸せに思えるのだ。

 施政者としては失格なのかも知れぬが……。


 御簾の向こうで葛城皇子の目が鋭く光る様な気がした。

 葛城皇子もかぐやの異能に遠からず気づくだろう。

 その時、私はどうすべきか?


 一つの問題を終え、そして新たな不安を抱えた白雉五年の年明けだった。



 (幕間終わり)


次話は別の御方視点による幕間です。

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