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【幕間】鎌足の焦燥・・・(13)

鎌足様の敗北。

 (※鎌足様視点のお話がまだまだ続きます)


 与志古とかぐやのおかげで飛鳥での受け入れは何とかなりそうだ。

 今回の件で大海人皇子と大伴に大きな借りが出来た。

 次に長徳に会う時に礼を言おうと思った刹那、長徳がこの世にいない事を今更ながら思い出した。

 思えば以前の様に対等に語れる者達が周りにいなくなっていたな。

 先ほどの吹負(ふけい)の様に気軽に話せる相手は少ない。

 倉橋殿とは意見が対立することも多かったが、私に過ちがあるのなら正してくれる存在でもあった。

 せめて倉山田殿だけでも居てくれたのなら……。

 こう考えること自身、歳をとったと言うことだ。

 私も先が短そうだ。


 ◇◇◇◇◇


「皇子様。

 此度は大伴氏のご協力を賜り、非常に有難き事この上なく存じます」


 私は大海人皇子の元へ向かい、飛鳥の屋敷建設で大伴氏の協力について礼を申し上げた。

 あえてかぐや名を出さなかったのは、葛城皇子の付きの者が私の横に居たからだ。


「兄上が理想とする新たな政に私は賛同している。

 兄に従うは当然の事。

 兄を支えるのもこれまた当然の事だ。

 礼など不要に願いたい」


「皇太子様にとり、心強いお言葉だと存じ上げます。

 一月後、遷都の建白書を提出されます。

 その後もお力添えのほど宜しく申し上げます」


「無論だ。

 時に兄上は母上に飛鳥へ行く事を直接会い進言すると伺っているがそうなのか?


「左様に御座います」


「では皇后の間人(はしひとの)皇女はどうするのだ?」


「流石に皇后様が帝の元を離れるのは考え難く、特に考えておりませぬ」


「モノは試しだ。

 兄上に説得を試みる様、進言しては如何か?」


「皇太子様がですか?」


「左様。

 姉の間人皇女を個人的によく知る者から、兄上の言葉ならば耳を傾けるやも知れぬと言われてな。

 建白の後で構わないから、考えてみてくれ」


「は、承りました。

 ちなみに皇后様をよく知る者とは額田妃に御座いますでしょうか?」


「いや、額田も間人とは親しい仲だが、その情報をくれたのは別の者だ。

 鎌足殿もよく知っておろう」


 私が知る者で……まさか?


「かぐや……では御座いますまい。

 接点が無いと思われます」


「残念だな。

 かぐやで正解だ。

 鎌足殿が兄上と共にいらしたあの屋敷を覚えておろう。

 今、あの屋敷は難波京に住むご婦人らの社交場となっているのだ。

 その屋敷を取り仕切っているのがかぐやなのだよ」


 またもかぐやか!?

 どうゆう事だ。

 かぐやは飛鳥の屋敷建設で手一杯では無いのか?


「にわかには信じ難いのですが、何故に女子(おなご)が集まっているのでしょう?」


「女子の美容に良い場所として、額田の親しい者達に解放しているのだ。

 姉は三日に一度は通っているらしい。

 かぐやを相当に気に入ってな、会話が弾むのだそうだ。

 母上などは建皇子(たけるのみこ)と共に一日置きに来ている。

 母上の場合、どちらかと言えば美容よりかぐやが目当ての様だ。

 この二人が通うのだ。

 高官のご夫人方もこぞって利用しているよ」


 空いた口が塞がらぬ。

 私が何年も掛けてやってきた派閥工作を、かぐやは一年足らずでそれ以上の成果を上げているのか?

 しかもあの屋敷は事実上額田妃が主人だ。

 つまりこの巨大な派閥の中心には額田妃がいるという事になる。


「詳しい事は与志古殿に聞くといい。

 与志古殿も通われているそうだ」


 私はこの言葉にトドメを刺された気がした。

 敗北……そう、私は大海人皇子に敗北したのだ。

 そんな気分だ。

 心の奥底で私は皇族を敬いながらも、私こそが皇族を動かせるのだと思い込んでいた。

 帝に権力を集中し、国の安定を図る世を作れるのは私をおいて他にいないと信じていた。

 思い上がりも甚だしい。

 喉元に突き付けられた刃にすら気付いていなかった愚鈍な自分に腹が立ってきた。


 皇子は今のところは兄を立てる従順な弟君だ。

 しかしいつかは眠れる虎が起き上がるかも知れぬ。

 対応を誤れば虎に食われるのは我々だ。

 この男を決して敵に回すまいと心に誓った瞬間でもあった。


 ◇◇◇◇◇


 さていよいよ決行日。

 葛城皇子と私は礼節に則り、建白書を献上した。


『帝におきましては令うるわしきなる政を奉り讃たまえ候。

 帝に傅きし臣下一同を率いて皇太子、中大兄皇子が建白す。

 ここに難波の宮を捨て飛鳥への遷都すべし、と』


 軽の様子からすると全く意外だった様だ。

 その様子を見て私は成功を確信した。

 おそらく軽は葛城皇子がたった今思いつきで建白を申し上げたのだと思っているのであろう。

 ひと月後、自分の目論みの甘さを後悔するがいい。

 そして、葛城皇子は間人皇子に遷都の進言と、間人皇女への飛鳥行きを直に頼んだのだった。

 ありえないとは思いつつ、もしも皇后が飛鳥へ行くとなると内裏(だいり)がひっくり返るのだ。

 これ以上の打撃はあるまいが、せいぜい期待半分というところか。


 ◇◇◇◇◇


 そんな期待と不安が入り混じった日を送っていると、皇祖母尊様から私に呼び出しが掛かった。

 やはり説得は失敗したか?

 国家転覆を企む不定の輩と断ぜられるやも知れぬ。

 気合いを入れて、皇祖母尊様のいる宮へと参内した。


「皇祖母尊様におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。

 お呼びとお伺い、参った次第に御座います」


 御簾の向こうの皇祖母尊様に深々と頭を下げた。


「大した事ではない。

 近頃、宮を騒がす輩がおっての。

 葛城を(そそのか)した其方に話を聞きたいと思うただけじゃ」


「唆したと申されますのは少々語弊が御座います。

 葛城皇子様はご自身のお考えを持ち、ご自身で行動される方に御座います。

 私が皇子様のお考えを曲げさすような真似は決して致しておりません」


「その割には何年も前から賛同者を官衙(かんが)(役所)へと招き、彼らを引き上げ多数派を形成しておったのは其方じゃからの」


「家柄や出自に捉われぬ登用を心掛けております」


「そうじゃな。

 それは認めよう。

 其方が見出した国造の(いらつめ)には儂も世話になっておるしな」


 かぐやの事か。

 私が見出した事になっているのか?

 あんなのに振り回されては敵わん。


「見出したと言うほどでは御座いません。

 同じ祭事を行う忌部氏より紹介を受けただけですので」


「ほっほっほ、そうなのか?

 かぐやは与志古の事を幼き時より世話になっている恩人と言っておったぞ。

 儂が帝であった時、後宮に居た与志古には世話になったからよう知っておる」


 一体かぐやは何処まで話しているのだ?

 これでは誤魔化すことができぬではないか。


「さてそのかぐやなのじゃが、困った事になっておる」


 やはり何か仕出かしたのか?


「一体どのような?」


「彼奴は(みやこ)中の女子を人質に取って、飛鳥へと皆を引き連れるつもりじゃ。

 皆、かぐやの施術なしにはいられぬのじゃ。

 間人は骨抜きにされ、事もあろうに皇后の身でありながら飛鳥へ行きたいと言い出し、相談されて困っておるのだ。

 帝であったことがあり、皇后であった事もある故、それを放棄するなど如何に罪深き事なのか、儂はよう知っておる」


 一体どんな事態なのだ?

 理解が追いつかぬ。

 皇后への説得が上手くいっているのは良いが、どうしてかぐやが関わるのだ?


「かぐやの不始末につきましては皇子様に紹介した私も無関係という訳には参りません。

 私に出来ることがあれば何なりとお申し付け下さい」


「かぐや自身は何も不始末は仕出かしてはおらぬ。

 今のところはな。

 しかし影響が大き過ぎるのじゃ。

 しかも当の本人は自覚しておらぬのじゃ」


 やはりここでもかぐやはかぐやだった。


「大変申し訳御座いません。

 其の点につきましては昔から変わっておらず、放置して参った某の不手際に御座います」


「切れ者の其方を以ってしてもそうなのかえ。

 あの娘は……。

 ホンに困った娘のよう。

 ふふふふふ。

 さて、間人の件については暫し考えよう。

 儂もそろそろ決断せねばなるまい」


「皇太子様としましては実妹である皇后様、実弟である大海人皇子様、そして実母である皇祖母尊様様と共に飛鳥へと参られたい御意志に御座います。

 また帝を蔑ろにする訳ではなく共に飛鳥へと参られたく存じます」


「弟はこの難波の宮を離れるつもりは微塵もない。

 難波京は弟にとって人生を賭けた事業だったからの」


 分かっている。

 だからこそこの計画は成り立つのだ。


「もし叶わぬのなら皇祖母尊様だけでもと」


「儂だけとはいかぬ。

 孫の建皇子がおるからの。

 建に少々問題があるのは知っておろう。

 葛城の息子でもあるのじゃからな。

 その建皇子はかぐやに懐いてしまっておるのじゃ。

 二度と会えぬとなれば儂は建皇子に嫌われてしまうじゃろうて。

 儂ですら建皇子を人質に取られておるのじゃ」


「では、建皇子とご一緒ならば……」


「結論を急ぐでない。

 其の方の意見は分かった。

 暫し考えさせよ」


「はっ!」


 ここでも影の主役はかぐやだった。

 しかも皇祖母尊様の懐に深く入り込んでいる。

 あの女傑にだ。

 真人よ、私はお前に同情したくなったぞ。

 これほどまで注目を集める姫は皇女ですらいない。


 数日後、皇祖母尊様より遷都に合意するとの連絡があった。

 条件は引越しの人足を用意し、建皇子の待遇にも配慮せよとの仰せだった。

 私達は賭けに勝ったのだ。

 だが喜ばしい筈なのだが、何故か胸の中でモヤっとした感覚がある。

 もしかぐやがいなかったら、此度の計画はどうなっていたのであろう。

 羨望とも敗北感とも嫉妬とも思える妙な感情に、暫くの間、私は囚われたのだった。



 (幕間つづく)

明日からゴールデンウィーク。

執筆環境を整えたいです。


4/27 10:00 追伸

記載内容を大きく改変しました。

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