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【幕間】鎌足の焦燥・・・(12)

第197話『与志古様、ご来店』〜第200話『【幕間】定期便でのやり取り』での、鎌足様サイドのストーリーです。

 (※前々話、前話に引き続き鎌足様視点のお話です)


 さて、帝への切り崩し工作はかなり進んだと言って良い。

 半数は超えた。

 特に中級官人をこちら側の派閥で固める事が出来た。

 上級官人も四名。

 これで遷都の建白が出来る体制が整ったと言っていい。


 軽は難波宮への執着が強い故、決して首を縦に振らぬはずだ。

 もぬけの殻になった宮で寂しく余生を送ればよい。

 左大臣の巨勢(こうもり)は大勢が決したらこちらに(なび)くだろう。

 半数を瓦解させれば軽に盛り返す力は無い。

 砂山がサラサラと崩れるが如く、形を失っていくであろう。

 最後まで帝に忠誠を尽くす忠臣とやらを見つけるのに良い機会だ。


 大海人皇子には私から予め伝えてある。

 後からでも良いが、計画の実行前に情報を共有し味方である事を示しておけば、後々の禍根の根を断つことになる。

 残るは皇祖母尊様がどう出るかだ。

 こればかりは葛城皇子の説得に掛かっている。


「葛城様、機は熟しました。

 例の計画は結構は三ヶ月後でお願い致します」


「私は今すぐでも良いぞ」


「出来ますれば建白を献上し、ひと月で片をつけたいと考えております。

 建白の後、猶予を与えれば相手に盛り返す切っ掛けを与えかねません。

 そのための三ヶ月に御座います」


「分かった、分かった。

 (はかりごと)で鎌子に勝てる者なぞ居らぬ。

 全て任せる」


「大海人皇子には予め此度の事につきましては伝えてあります。

 葛城様からは皇祖母尊様への説得を伏してお願いする次第です」


「ああ、話しておこう

 母には叔父に付くか私に付くか、この際だからハッキリして頂こう」


「三ヶ月の間に私は更に確実なものにするため動きます。

 万が一、武装蜂起もあり得ますので、ここ川原の護りを強化します。

 遷都の後、政の停滞を招かぬ様、体制の引き締めも抜かりなく進めます」


「頼んだぞ」


「御意」


 これで決行は決まった。

 皇子宮を焼け出されてから四年。

 長い苦難の道のりだった。

 改元の儀での屈辱は忘れまい。

 本来であればこの様な政争ではなく、改革にために有意義に時を費やしたかったのだ。

 今後はお飾りだけの帝として、軽には精々我々の役に立って貰おう。

 しかしそれも葛城皇子が即位するまでだ。

 その後は譲位すれば悠々自適な老後が待っている。

 私から軽へのささやかな貢物だ。


 ……それにしても困った。

 賛同者らの『公私の公』の部分は私でお膳立て出来る。

 しかし彼らとその一族浪党を含む『公私の私』の部分は手に負えぬ。

 これが(おおやけ)に出来る案件ならば、人を派遣し、人足をかき集め、遷都後の生活の憂いを無くさせよう。

 だが今は密かに動かねばならぬ時期だ。

 労役も集まり難い。

 軽に察知されてはどの様な横槍が入るやも知れぬ。


 ……誰にも頼めぬのなら、いっその事与志古に頼むしか無いか。

 賛同者の中で飛鳥に居を持たぬ者達は殆どが東国の官人だ。

 上野国(こうずけのくに)の出である与志古なら取りなせるだろう。

 屋敷さえ用意できれば良いのだ。

 難しくはあるまい。


 嫌そうな顔をされたが、与志古は引き受けてくれた。

 後を任せた私は、遷都に向けた裏工作に埋没していった。


 ◇◇◇◇◇


 ……ひと月後、何か様子が変だ。

 準備が出来たとも、難しいとも、何も言ってこないのだ。

 難波に居る与志古に準備の程はどうかと聞いてみた。


「与志古よ、一月前に頼んだ件、状況を教えてくれ」


「ええ、少々お待ち下さい」


 そう言うと与志古は木簡を取り出して手にした。


「今のところ上級官人の屋敷の修繕の最中です。

 並んで中級官人の屋敷は二区画丸ごと用意でき、ただいま修繕前の解体をしております。

 追加の木材が届き次第、修繕を始めます。

 質の良い木材が吉備で入手できましたので、船で運ぶのだそうです」


 おそらく、今ほど私が間抜けな顔をしている事はかつて無かったであろう、という顔をしているはずだ。

 私が予想していた準備とまるで違っていた。

 そこまで出来る筈がない。

 人を何処から集めたのだ?

 元手は?


「すまぬ。

 理解が出来なかった。

 まず何をやっているのか、から教えてくれ」


「鎌足様でも理解がお出来にならない事があるのですね。

 ふふふふふ。

 分かり易くご説明しますと、こうゆう事が得意な人にお願いしたのよ」


 悪戯(いたずら)な笑みを浮かべて答える与志古。

 その表情を見ていたらあの娘の顔が浮かんだ。


「かぐやか?!」


「流石は鎌足様。

 ご名答です。

 飛鳥で皇子様の離宮を建てるために走り回っている郎女(いらつめ)が居るという噂を教えて下さったのは鎌足様でしょう?

 だから私もと、お手伝いを頼んだの」


「それにしても、規模が大き過ぎないか?」


「その辺りにつきましては鎌足様が鈍過ぎます。

 そのおかげで苦労しているのです。

 人は一日の半分以上は屋敷にいるのですよ。

 その屋敷が古びたあばら屋でしたら、派閥の者に示しがつきません。

 用意された屋敷で鎌足様の心情を計られたらどうなさるのですか?」


「それはそうだが……期限もない故、切り捨てていたのだ」


「それをかぐやさんが手助けしてくれているのです。

 大伴馬来田(おおとものまくた)様はご存じですよね?

 馬来田様を使って、建設を進めております」


「馬来田がか?

 皇子様の家臣でなかったか?」


「ええ、つまり皇子様が全面的にご協力して下さっているのよ。

 大きな借りが出来たのではないかと思います」


「そうだな。

 しかし馬来田が出張っているのなら、かぐやにすべき事はあるまい」


「先ほども申しましたが、かぐやさんが取り仕切っていて、馬来田様や弟の吹負(ふけい)様へ指示を出して、現場で指揮を取っているらしいの。

 毎日馬を飛ばして、飛鳥と難波と摂津で連絡を取っていると言っていたわ」


 聞けば聞くほど疑問が湧き出てくる。

 家格に合わぬ屋敷で良いと思っていたのは確かに私の落ち度だ。

 間に合う筈がない。

 それが理由だ。


「残り二月もない。

 間に合うのか?」


「心配はないと思います。

 かぐやさんはこう言ってました。

『残り日数と人手を当て嵌めて、出来る事を考えます。

 決行日から逆算して、出来ないことはバッサリと切り落とします』と。

『大事の前の小事に構っていられない』

 とも言っていたわ」


 それはそうだが……言うは易いがそれを決断するのは並ではない。

 何て娘だ。

 真人よ、お前の惚れた女子はとんでもないぞ。


「分かった。

 いや、かぐやならやり遂げるであろうと言う事が分かればそれで良い。

 後で十分な報酬を用意しておこう」


「ええ、飛鳥へ行きましたら様子を見て下さい。

 私も見に行きたいのですが、派閥のご婦人方へのご支援を約束しておりますので」


「分かった。頼むぞ」


 後日、飛鳥へ行って建設中の屋敷が何処にあるか探そうとした。

 いや探す前に目についてしまった。

 造っていたのは屋敷ではなく、屋敷を含めた街だった。

 あまりの綺麗さに飛鳥でも評判が立ち始めていた。

 考えるまでもなく、この屋敷の外観で苦情は出ぬであろう。

 むしろ礼を言いたくなる。

 そんな出来だった。


 歩いていると見覚えのある顔があった。

 吹負だ。

 ついでに挨拶をしておこうと声を掛けた。


「吹負、久しいな」


「おぉ! 鎌子殿、奇遇ですな」


「いや、奇遇ではない。

 かぐやがやらかしていないか心配になって見に来ただけだ」


「そう言えばかぐや殿は鎌子殿のご紹介で皇子様の舎人になったのだったな。

 あの娘、とんでもない逸材だ」


「役に立っているのか?」


「どちらかと言うと俺が役に立たさせて貰っている。

 かぐや殿の段取りの良さと思い切りの良さのおかげで期限内にどうにかなりそうだ」


「そんなにか?」


(とき)(きん)と同等の価値があると言って、散財を厭わない。

 おかげで仕事を怠ける者は居らぬ。

 報酬が約束されているから進んで仕事をするのだ。

 労役ではこうはいかぬ。

 待遇が良いのだからやる気がでるし、事故も少ない。

 摂津にいる兄貴とも連絡が行き届いているから、思いがけない事にも対応出来ている。

 だから安心この上ないのだ」


 吹負がここまで言うとは……。

 かぐやの有能さは知っているつもりであったが、まだ全貌をまだ知っていなかった様だ。

 実に惜しい人材だ。

 その気になれば、大海人皇子はかぐやをこちらに返すと言っていた。

 しかし何故なのか、この事を葛城皇子に報告するのを止めておこうと思ったのは自分でも不可思議だった。



 (幕間つづく)

もうすぐゴールデンウィークです。

休みの間に書き溜めをしたいですが、やりたい事がいっぱいあり過ぎです。


まずはプライムビデオ鑑賞かな?

いや、その前に寝たい。zzzzz

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