予想外の展開!?
何の前触れもなく突然ですが……
難波を後にし、讃岐へと帰った私達はその晩ゆっくりと身体と精神の疲れを癒しました。
光の玉でも癒せますが、心の充足は大切です。
お婆さんとたくさんお話をして、お爺さんはいつもの様に適当にあしらっておきました(←これ大事)。
「おぉ〜、かぐやよ。
皇子様とはしっぽりな仲になったのか?」
「ご安心して下さい。
若き皇子様と一日置きに逢瀬を重ねる仲になりました」
嘘は言ってません。
建皇子様とは隔日で会っていましたから。
「おおおおお!
いよいよ帝とご親戚になるのか〜。
夢の様じゃ」
実のところ建皇子様が帝位を継承する可能性はそれほど高くありません。
あるとしましたら、皇太子様の長子である大友皇子が即位されて建皇子が皇弟となり大友皇子が崩御されて次の帝になられるか、もしくは大友皇子様に何かがあり代わりに建皇子が即位されるか、のどちらかです。
私が知っている歴史では建皇子という名で天皇になった方は居ないはずです。
それに暗黙の了解で、帝は三十五歳以上であるとされているのであと30年以上先の話です。
「はい、皇子様はまだ五才なのであと三十年先の事です。
是非、長生きして下さい」
「なんじゃぁ〜。
もっと年寄りでいい。
色気で落とすんじゃ〜!!」
「私に色気を求めないで下さい!」
この爺さん、一体何を言い出すのでしょう。
未だに大海人皇子からは残念な女子と思われているのですから。
それにしましてもお爺さんはどうしてそんなに皇族へ嫁がせようとするのでしょうか?
そんなに政に参加したいのかしら?
今回の件で帝と言えども安泰とは言い難い生活をしているのを目の当たりにしました。
大臣は激務らしく、短命な方が多いみたいです。
タフネスな中臣様ですら、お疲れのご様子です。
その様な魑魅魍魎の世界にお人好しのお爺さんが仲間入り出来るのでしょうか?
私には、鴨がネギとシラタキと大根を背負って鍋に頭からダイブする姿しか思い浮かびません。
現代でも上に立つ器量もないオジサンが出世したい一心で上に媚びている姿は、事務員の立場から見てもみっともなく思えました。
幸か不幸か今回の件で、飛鳥京の屋敷の建設や人足を集めるための資金をお爺さんが出資した形になっています。
なので遠からず昇格の連絡が来るかも知れません。
与志古様も中臣様に進言すると言ってましたから。
ただ、資金の供給源が私にある事を思うとアレですが……。
◇◇◇◇◇
翌朝、一同は飛鳥へと向かいましたが。
……あれ? 一人増えています。
「多治比様、そのお方は?」
「これから先、顔を合わせる事もあるだろうから紹介しておくよ。
こちらは音那、私の妻になる人だ。
私達はひと足先に飛鳥に移り住んでいたから、昨日ここに来て待っていて貰っていたんだよ」
………………
「えぇぇぇ〜!!
いつの間に!?」
「君がそう言うかね。
事あるごとに私に早く想い人を見つけろって言っていたじゃないか」
「ええ、そうですけど……。
理想が高いのに優柔不断で、頭は良いのに少々捻くれている多治比様を好いてくれる奇特な方が実在するとは思ってませんでした」
「君は一体私をどうゆう目で見ているんだい?」
よ〜く見ると、この女性には見覚えがあります。
「もしかして……歌の催しの時に歌を披露された方ではないですか?
確か土筆の歌を歌われた……?」
「はい、そうです。
あの時はお世話になりました。
憧れの額田様に私の歌を聞いていただける機会を下すってとても感謝してます。
かぐや様にはいつかお礼したいと思っておりました」
(※第168話『歌の催し』をご参照下さい)
「いえ、上司の奥方様に様付けされますと恐縮です。
かぐやとお呼び下さい」
「そんな、私なぞ家名を持たない家の出です。
この地のお姫様ですからかぐや様とお呼びしないとバチが当たります。
現に嶋様はつるっぱげになってしまいました」
ああ、犯人は私です。
「いえいえいえ、あれは嶋様が己の行いを悔いて自ら剃髪したのですよ。
ね! 嶋様」
「あ……ああ、そうだね。
私としてはあまり格式ばらず、二人には気軽に話をして欲しいかな。
ただ、あまり馬が合うのも困りものだから程々にお願いするよ」
妙に引っ掛かる言い方ですね。
まるで私と音那さんが仲良きなり過ぎると、多治比様が迷惑する様な物言いです。
なのでもっと仲良くなってやろうと、心密かに決意するのでした。
それにしても……
昨日、嶋様のお父様の古王様から『息子の嫁に来ないか』ハラスメント無かったのは、コンプライアンス意識に目覚めたのではなく、私が嶋様をピッカリにしたのがバレたからでもなく、単に私が用済みになったからだったのですね。
これで五人の求婚者の内、二人が脱落しました。
もっと大変だと思ってましたが、これは嬉しい誤算でした。
残り三人の内、二人は唐へ行っているから、後は飛鳥に居る御幸クンを更生するか、諦めさせるか、嫌われるか、説得するかして、求婚する気を無くさせましょう。
薄らとではありますが『竹取物語』のゴールが見えて来た気がします。
飛鳥京までの道も足取り軽く、あっという間に到着しました。
◇◇◇◇◇
明けて正月。
新春の儀が新たに造営された飛鳥板蓋宮で執り行われました。
式次第を読み上げる方が大きな声を張り上げます。
「大海人皇子様が舎人、舞師・なよ竹の赫夜郎女による舞の献上を執り行う!」
私は中央へと進みます。
『うをぉ〜』……抑え気味の響めきの声がした気がします。
♪ 〜
楽曲が始まりました。
シャン! シャン! シャン!
神楽鈴を高らかに鳴り響かせて、クルクルと舞を始めます。
白雉元年の改元の儀では、私はほんの少しの知り合いだけに見守られながら精一杯舞いました。
あれから四年。
会場は見知った顔ばかりとなり、この四年間にいろいろな事があった事が思い出されます。
多分あの御簾は皇祖母様と建皇子様が居る御簾です。
皇子様に精神鎮静の効果を乗せた光の玉をサービスしました。
チューン!
あそこは我が主人である大海人皇子ですね。
元気ですかぁ〜!
チューン!
ついでに会場にいる人皆さんにもお裾分けプレゼントします。
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
……
相変わらずお疲れのご様子の中臣様にもサービスです。
チューン!
正面真ん中の御簾は帝のお席です。
しかし御簾の向こうには誰もいません。
帝は多分、難波京におられるのだと思います。
そしてその横に皇太子様、中大兄皇子が座る御簾があります。
帝のお言葉にあった中大兄皇子の心に潜む阿修羅から大海人皇子も額田様も、そして真人クンも守ってあげたい。
いえ、絶対に守ってみせます!
シャン! シャン! シャン!
シャン! シャン! シャン!
シャララララララ~ ♪
私の決意を込めた舞が終わると、満場の拍手が起こりました。
厳かな儀式では珍しい事ですが、私を知る皆さんはとりわけ大きな拍手をしているみたいです。
こうして私は難波での大仕事を終える事が出来たのでした。
(第五章 おわり)
次話より幕間が続きます。
多治比嶋の妻、家原音那は実在の人物です。
ただし嶋の妻である事以外、出自は不明です。
後に音那は連性を賜りましたが、それ以前は無姓だったみたいです。
もしかしたらこの時に既にあった(らしい)家原寺との関係があるかも知れませんが、庶民の出である可能性が高いと思います。
しかし、下積み時代の嶋を支えた糟糠の妻として後の世に称えられる良妻賢母の鏡として、叙勲されたのでした。




