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さらば灘波京

ようや第五章も終わりが見えてきました。

 師走の中旬、後宮の引っ越しはほぼ終わりました。

 後は皇祖母様のご移動を待つだけです。

 皇祖母様の帝への説得は失敗したと言っていいでしょう。

 帝の言葉を信じるのなら、もはやお飾りの帝に用はなく、居ても居なくても同じだという事で、説得に意味がありません。

 帝にしても、むざむざと飛鳥へ行ってご自分の命を狙う皇太子様と顔を合わせたくないだろうし……。


 ちなみに帝に謁見したのはあの時、一回だけでした。

 後宮にいる時間を極力減らしたのもありますが、帝が内裏にある執務室に篭って姿を見せなくなったため後宮の何処にいてもお会いする事は叶いません。

 そもそも後宮の采女達の支度部屋に帝が現れるのがあり得ない事でしたから。


 ◇◇◇◇◇


「かぐやよ、婆ぁがここに通うのも今日が最後じゃ。

 明日、飛鳥へと向かう事になった。

 これまでご苦労じゃった」


「はい、勿体なきお言葉ありがとう御座います。

 皇祖母尊様も寒い中のご移動となられますが、道中お気をつけて下さいまし」


「ほっほっほ、婆あは歳じゃからの。

 ずっと輿に乗っての移動じゃ。

 輿を担ぐ者どもに転ばぬ様、発破を掛けておこう」


「私共もこの屋敷を閉鎖し、早々に飛鳥へと移ります。

 幸い、飛鳥の施術所は多くの方に好評を得ているとの話です。

 飛鳥へ参りましてもぜひお越し頂けます事をお待ちしております」


「そうじゃな。

 次に逢い見えるのは飛鳥じゃろう。

 向こうでは気疲れも多そうじゃ。

 また世話になろう」


「建皇子様もお越し下さいね」


 私の言葉に皇子様はコクリと頷いてくれました。

 幼い皇子様は理由は分からなくても、何処かへと引っ越しする事はご理解されているのでしょう。


 こうしてかぐやコスメティック研究所(KCL)は営業を終了しました。

 貴重品は既に箱に仕舞われております。

 まだ新しい畳や障子などの建て具は、以前の仮住まいに使用していた屋敷へと持っていきます。

 こちらの屋敷は未だ地元の人の産場として利用されており、私も手が空いた時にはお手伝いへ行っております。

 この作業は津守様にお願いしました。

 皇祖母様が飛鳥へ行くならば私達も移動しなくてはなりません。

 雑務でズルズルと出発を遅らせる訳にも参りません。

 既に大海人皇子様達御一行は飛鳥へと移られましたし。


 人気(ひとけ)の少ない難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)は真新しいゴーストタウンの様です。

 本当に私達が最後の退艦者になった気分です。

 私は今、時代の移り変わりの瞬間にいるのだと実感しました。

 多治比様に引き連れられて初めてここに来た時の感動は今でも忘れません。

 きっとこの(みやこ)を観た人は皆同じ様に感動した事でしょう。

 奈良ドリームランドが閉鎖された時もきっとこんな感慨だったのだと思います。


【天の声】だいぶ違うと思うぞ。それに奈良ドリームランドは解体されたが、灘波京は後の時代にも使われている。


 翌日、大きな行列が街道を進む様子が見られました。

 私達、KCL従業員一同は少し離れた街道に向かって手を振ってお見送りしました。

 大名行列であれば土下座して見送るのでしょうけど、この時代にそこまで厳密な約束事(とりきめ)はありません。

 行列を見送った後、私達はいそいそと荷造りをしました。


 そして出発当日。

 屋敷の周りにはたくさんの人が居ました。

 一瞬何事かと思いましたが、よく見れば見覚えのある方ばかりです。

 刀自さんも居ました。


「刀自さん、ご無沙汰しております。

 今日はこんなに人がやってきて驚きました」


「津守様から今日、かぐや様がここを発つので屋敷の後始末をお願いされたと伺いました。

 なので是非お見送りをしたいと申しましたら、津守様が他にも声を掛けてこの様になった次第です」


「かぐや殿、久しぶりだ。

 かぐや殿に世話んなった連中に声を掛けたらこんなになっちまってな。

 出来るだけ賑やかに見送りたいんで押しかけて来たんだ」


 あの時産まれた三つ子も居ます。


「あの時の子がもうこんなに大きくなったのですね」


 しゃがんで子供達の頭を撫でました。

 刀自さんの子供らしく、大人しくて素直に撫でさせてくれます。


「ええ、かぐや様に頂いたこの子達の命。

 ご恩は一生忘れません」


「いえ、私は自分がやらなけれならない事をやっただけですよ。

 頑張ったのは刀自さんですから」


 思えば刀自さんの健康を取り戻して子供を産める身体と心の支援(サポート)をしようと、あれこれやった結果が今のKCLの礎となりました。

 刀自さんに出会ったから今があると思うと、不思議な縁を感じます。


「かぐや殿、他の連中にも声を掛けてやってくんな。

 皆、出発前に是非かぐや殿に会いたいって言ってるからよ」


 殆どの方が小さな子供を引き連れています。

 きっと皆んな私が取り上げた子達なのでしょう。

 お母さんは覚えていても、赤ん坊は少し育つと顔形が変わるので分かりません。

 でも一人一人に頭を撫でて、見送りに来てくれた人達にお礼を言って回りました。


 そろそろ出発しないと今日中に丹比に到着できるか不安になってきたので、名残惜しいと思いつつ出立です。


「皆さん、お見送りありがとう。

 短い間でしたけど、充実した毎日を過ごせました。

 お元気でお過ごし下さい」


 荷物を積んだ荷車を引く源蔵さんと従業員(スタッフ)、そして護衛さんと共に、屋敷を後にしました。

 皆んな大きく手を振ってお見送りしています。

 こうして私の難波での生活は終わりを告げました。


 ◇◇◇◇◇


 この日、大きな荷物があるので丹比で一泊です。

 いつもの多治比様のお屋敷にお邪魔しましたら、そこには嶋様がいらっしゃいました。


「あれ、多治比様は飛鳥ではなかったのですか?」


「忘れていると思うけど、私は君の監視員だからね」


「申し訳ありません。

 すっかり忘れておりました。

 あと画鋲をありがとうございます。

 かなり好評で今後も欲しいと仰る方がおります」


「それは有難いね。

 あんな簡単な加工で喜ばれるなんて思わなかったよ。

 ところで明日は飛鳥の(みやこ)まで行くのかい?」


「途中、讃岐に立ち寄って一泊します。

 翌々日の早朝、施術所へ到着して、お仕事を再開するつもりです。

 皇子様からは年内はゆっくりせよと申しつけられておりますが、飛鳥の施術所が人手不足なので早々に職場復帰しなければなりません」


「君は忙し過ぎはしないか?」


「はい、それは反省しなければならない事です。

 人を増やして、今後は従業員(スタッフ)の育成に力を入れて、私が表に出る事は控えようかと考えております」


「それはどうゆう心境の変化かな?」


 理由は二つです。

 一つは皇太子様(オレ様)から、十市皇女様と共に世話役として近江へ来いと言われている事。

 (※第177話『オレ様、再び』参照下さい)

 皇祖母様の取りなしで暫く先送りになりましたが、いつ再燃するか分かりません。


 そしてもう一つ。

 帝と話をしたからとは言えません。

 帝にお会いした事を皇祖母様にはご報告しましたが、皇子様には言ってありません。

 帝から、今後皇子様に危機が訪れる可能性を指摘されました。

 治癒能力(チート)を持つ私が側に居れば、それだけで生存率が高くなります。

 それは施術(エステ)よりも大切な事だからです。


「それは……私の能力をもっと違う事に役立てたいと思う様になったからです」


 すると多治比様は何かを察したのか

「そうだね。君の能力を知る者として、私も君の考えに賛成だ」

 と肯定しました。


 一度、多治比様には思いっきり光の玉で傷を治すのを見せていますし、ピッカリにしましたから私の能力を身をもって知っております。


「急ぎではありませんが、着実に進めようと思います」


「私も手伝える事があれば手伝うよ」


 その夜、いつもの様にお刺身を堪能しましたが、不思議な事にお父様の古王様から『息子の嫁に来ないか』ハラスメントはありませんでした。

 コンプライアンス意識に目覚めたのか?

 はたまた私が嶋様をピッカリにしたのがバレたからか?


 ……後者の様な気がします。


 そしてその翌日、私は懐かしの讃岐へと帰りました。




作中では奈良ドリームランドの様に廃墟になったかの様な描かれ方をしておりますが、実際には飛鳥に遷都した後も灘波京は倍都(ばいと)として副都心的な位置付けで維持されておりました。

大仏の造営で有名な聖武天皇の時代、744年に難波京へ遷都がなされ、この時代の灘波京を『後期灘波京』とされております。

大阪歴史博物館には灘波京の復元模型が展示されております。

作者も一度は見に行きたいと思っております。

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