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寂しくなっていく後宮

 間人(はしひとの)皇女(ひめみこ)様が御出立される日。

 後宮は一種の緊張感に包まれていました。

 ただし間人皇女様だけは例外。


「ちょっとコンビニ行ってきま〜す」

 みたいな軽~いノリで、帝にお出掛けのご挨拶を済ませたそうです。

 元々、間人皇女様に挨拶するつもりが無かったみたいですが、皇祖母様に挨拶だけはと言われたとか。

 しかし心はすでに飛鳥へと飛んでしまっている間人皇女様に悲壮さも深刻さも微塵も感じられず、帝は帝で皇太子様に迎合した離叛者が予想以上に多かったためそれどころでは無く、まさか目の前にいる皇后が今正に離叛している真っ最中(現在進行形、ビーゴーイングツードゥー)とは露とも考えておらず、アッサリご挨拶を交わしけただけだったそうです。


 ……というのが後宮での噂話。(一部誇張あり)

 私は帝に顔を見られない方が良いだろうとの判断で、決行日当日は施術所(KCL)でお仕事でした。

 そして間人皇女様が難波宮を発って数日してから、帝はまさかの事態に驚愕したという訳です。

 それはもう上へ下への大騒ぎになりました。


かなき着けが飼ふこまは引き出せず 吾が飼ふ駒を人見つらむか 』


 大切に託っていた吾の馬が、あのヤローに盗まれた!

 許すまじ、中大兄め〜!

 ……という感じです。


 帝が中大兄皇子様への怒りで吾を忘れ、後宮への興味を失っているうちに、夜逃げの様に人と物を運び出しております。

 飛鳥へ移動するのは全体の七割に当たる女孺(めのわらわ)采女(うねめ)氏女(うじめ)、そして彼女達に仕える大量の雑司女(ぞうしめ)の方々です。

 一方でお妃様はお残りになるので、その妃様に仕える者達や帝の生活を支える膳司(かしわでのつかさ)の采女さん達も一部残ります。


 折角七百人もの人が移動するのだから、飛鳥へ行く人達には一人一個、荷物を運んで頂きました。

 もちろん目録に記載済みですので、チョロまかす事は出来ませんし、させません。

 持っていく箱には真新しい画鋲で止めた紙が貼り付けてあり、紙には番号が書かれています。

 飛鳥へ持って行ったら、番号ごとに振り分けて、再配置する予定です。


 道中の安全は彼女達の実家にお願いしました。

 あまりに人数が多いのでこちらでは護衛を手配しきれませんでした。

 娘が可愛かったら人を寄越しな。

 近場に実家を持つ娘さん達に助けてメールを書かせました。

 まるでマフィアの様な脅しです。


 この様な調子で一日二十人以上もの人が後宮から立ち去っているので、日に日に後宮の中は静かになっていきました。

 二十日も経つと後宮から活気そのものが無くなってきましたが、それは後宮だけではなく灘波京全体も同様です。

 皇太子様の切り崩し工作は予想以上に徹底していたらしく半分以上が離反することが分かった途端、我も我もと沈む船からネズミが逃げ出すかの様に灘波京を去って行っているそうです。

 きっとあの陰険な中臣様の策だろうけど……。


 大海人皇子様と額田様ももうすぐ飛鳥京にある皇子宮へと向かうとの事です。

 私はやり残しがあるし、皇祖母様が難波にお残りになっている間は居残りです。

 皇祖母様は帝の説得をしているのですが、頑なにになってしまった帝は聞く耳を持ってくれないと嘆いておりました。

 本来であればこの国で一番偉い人のはずなのに、(みやこ)を自分で決められない事に尊厳(プライド)が痛く傷つけられたというのもありそうです。

 そして何よりも間人皇女様の件が物凄く衝撃(ショック)だったらしく、先の歌の様に間人皇女の実の兄との不義を疑っていて、公人としても私人としても恨み骨髄、コノウラミハラサデオクベキカみたいになっているそうです。


 なので今回の件で深く関わった私が帝の目に触れないよう、出入りの際には注意を払いました。


 ◇◇◇◇◇


「かぐやよ、婆ぁはちと気疲れが激しい。

 心を癒す施術は無いかの?」


 本日も隔日でお通いされている皇祖母様の施術の日です。

 精神鎮静の光の玉(チート)を使えば確実ですが、皇祖母様はとても聡い方なので十中八九私の異能(チート)に気付くと思います。

 というか既にバレているかも知れません。

 出来れはアレは最後の手段にとっておきたい。


「それでは一つ私が舞をご披露しましょう。

 舞をご覧になった方々からはご好評を頂いております」


「ほお、それは良いな。

 そう言えば改元の義で舞を披露しておったのは其方だったな。

 其方が雉に糞をされたのを見て、笑いを堪えるのに難儀したぞ。

 つい昨日の様に覚えておるわ。

 ほっほっほっほ」


 ああ……、ここにも私の黒歴史を知る方がいらっしゃいました。


「笑うのも精神(こころ)の疲れを癒す特効薬に御座います。

 では準備して参ります」


 私は部屋を出て、源蔵さんを呼びに行きました。

 私が舞を披露することが多かったので、源蔵さんには笛を練習して貰っていました。

 レパートリーは一つしかありませんが、出し物(かくし芸)としてはそれで十分ですので。

 そして、飛鳥へ持って行くつもりの長持から久々の(あか)い裳(裳)と巫女服に袖を通しました。

 笛だけでは音が寂しいので神楽鈴を箱から取り出して準備オッケー。

 皇祖母様が待つお部屋へと参りました。

 皇祖母様と庶民の男性が同室するのは問題ですので、源蔵さんは部屋の外で演奏です。

 部屋では皇祖母様と建皇子様が並んでお待ちになっていました。


「お待たせ致しました。

 建皇子様、宜しかったら後で絵に描いて下さい」


 建皇子様はコクンと頷きました。

 合図とともに演奏が始まりました。


 ♪〜


 シャン! シャン! シャン!


 神楽鈴を高らかに鳴り響かせて、クルクルと舞います。


 シャン! シャン! シャン!


 まずは皇子様にいつもの精神鎮静の光の玉。

 チューン!


 皇祖母様には弱めの精神鎮静の光の玉。

 チューン!


 皇子様にオマケの精神鎮静の光の玉。

 チューン!


 皇祖母様には追加の精神鎮静の光の玉。

 チューン!


 皇子様にトドメの精神鎮静の光の玉。


 チューン!


 皇祖母様には最後の精神鎮静の光の玉。

 チューン!


 シャン! シャン! シャン!

 シャン! シャン! シャン!

 シャララララララ~ ♪


 最後のキメのポーズを決めて、舞い終わりました。

 ペコリ。


「ほっほっほ、確かに心に響く舞じゃのう。

 皆が気にいるのも分かるのお。

 どうじゃ? 建よ」


「…………キレイ」


「! 建………」


 その瞬間の皇祖母様は半泣きとなって、これまでに無く嬉しそうで、感無量のご様子で建皇子を抱きしめておりました。


 ◇◇◇◇◇


 いよいよ後宮の引越しも終盤。

 思い切って持って行く荷物を絞った事が功を奏しました。

 残した物は不用品か国宝級のお宝です。

 貴重な品々は倉に保管しました。

 難波に残る蔵司(くらのつかさ)で管理します。

 不用品は放置です。


 もう後宮には最小限の人員しかいませんので食事にも事欠く様になりました。

 なので、私が施術所(KCL)から持って来て、後宮に残っている人達に配膳しております。

 まるで戦場みたいになってきました。

『私はこの戦いが終わったら結婚するのよ』


 皆さんと一緒に食事をしているとノソノソと足音が近づいてきました。


「随分と寂しくなったものよのう」


 後宮で聞かれるはずもない男性の声です。

 周りの皆さんはビクッと反応して、ササっと身を正して平伏しました。

 私も一テンポ遅れてそれに倣いました。

 後宮に自由に出入り出来る唯一の男性、帝です。


「其方らは何時ここを発つのじゃ?」


「…………」


 誰も何も言えません。


「言えぬか?

 ではそこの者、表を上げよ」


 誰? 誰に言っているの?


「そこの一人だけ身につけている衣の違う者じゃ」


 わ、私?!


「はい」


 ゆっくりと顔を上げました。


「ふ……む、後宮で見た事の無い顔じゃな?」


「………はい」


「じゃが、見覚えはあるの。

 大海人の舎人だったか?

 舞を披露した娘がここに居るのは何故かの?」


 どうしましょう。

 何て言いましょう。


「はい、仰います通り、大海人皇子様の舎人、赫夜(かぐやの)郎女(いらつめ)と申します」


 バレている以上、ウソを言えば傷が広がります。

 正直に答えました。


「ここでは話しをしづらい様じゃな。

 では余について参れ」


 逃すつもりは無さそうです。

 いざとなったら……。


 私は反撃すべきかどうか考えながら、帝の後ろを歩いて行くのでした。



文中の歌は万葉集に収載された孝徳天皇の歌です。

皇后に逃げられた男の悲哀が聞こえてきそうな歌です。

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