引越しアドバイザー就任
突然の解雇宣言で後宮へと入ることになった私。
このまま帝の慰み者となり、蕾のまま花を儚く散らせてしまうのか?
……というのが勘違いである事が分かり、ホッと一安心。
安心ついでに官人の皆様とお話をしました。
案内してくれたのが内侍司の長官つまり尚侍さん。
他の御三方は……
蔵司の次官、典蔵様、討ち入りでござる!
膳司の次官、典膳様、パンパン!
縫司の半官、掌縫様、打つべし! 打つべし! 打つべし!
後宮を取り仕切る内侍司の長官という事は事実上のトップ? ……と驚いたのですが、実は内侍司だけ長官がお二人居るのだそうです。
司の長官は帝の妃、夫人、賓が就任されることが多く、表だって帝に反旗を翻す真似が出来ないとの事。
そこで比較的自由に動ける皆さんが音頭をとり、引っ越し作業をする事になったのだそうです。
しかし、尚侍様以外の皆さんは難波京への遷都を知らない世代のため、宮の引っ越しをどの様にすれば良いのか分からず困っているところ、皇祖母様が良い人材を紹介すると仰いました。
曰く、飛鳥への移動する宮人らの後ろ盾となり、その準備を一身に引き受けた支援者であると。
曰く、飛鳥中のあぶれた人足らに仕事を与え、飛鳥に活気を甦らせた立役者であると。
曰く、大和国、難波国、はては吉備に至るまで材木をかき集め、瞬く間に街を京の中に街を創ってしまった張本人であると。
しかもこれらを難波に居ながらにしてやってのけた傑物であると。
かなり話が誇張されていますが、私が関与したのが全部バレています。
皇子様が話されたのか?
でも、何となくですが皇祖母様の情報網の気がします。
飛鳥に知り合いが多いって言ってましたし……。
話をしている時、聞き慣れた声がしました。
「邪魔するぞえ」
皇祖母様です。
部屋の中の空気がピリッとした緊張感が走ります。
「畏まらぬでええ。
それにしてもかぐやよ。
普段見慣れておる其方をこの様な場で見掛けると新鮮じゃの」
「畏れ入ります。
私もまさか後宮に入ることになるとは先程までつゆ知らず、何故に皇子様の舎人を突然解雇になったのか悩んでいたところに御座います」
「ほっほっほっ、それは良いの。
そのままばれずにしておけば良かったにのうぉ。
勿体ない事をしたの」
皇祖母様の笑い声に、先ほどの緊張した空気が弛緩していきます。
それ以上に私が皇祖母様と親し気に話をするのに驚いている様子が見えか隠れします。
「今後について話しておく。
そうすれば其方らも動き易かろう」
「「「「はいっ!」」」」
「暫くの間は宮の中では静かにしておれ。
外で用意する分には一向に構わん。
間人には早々に飛鳥へ行って貰う。
飛鳥へ行くと申してからここでウダウダしていたら何かと煩わしいからの。
事前に間人が当面困らぬ程度に人と物を予め用意せよ」
「「「「はいっ!」」」」
「間人が飛鳥へ行ってから皆の者は行動を開始なさい。
その間、儂は帝を説得する。
移動はひと月で全て終わらせよ。
ひと月説得して帝が折れぬ場合、儂は諦めて飛鳥へと行こう」
「「「「はいっ!」」」」
「あの……差し出がましい事を申しまして申し訳御座いません。
皇祖母尊様のご準備が如何なさいましょうか?」
「儂の事は気にするでない。
孝行息子が二人も居るでな。
じゃからかぐやよ。
後宮の事を頼まれてくりょ。
建が拗ねるから一日置きでな」
「はい、承りました」
「私達からも宜しくお願いするわ」
「はい、ご期待に添えます様、尽力致します」
こうして私は後宮の引越しにも関わる事になってしまいました。
引っ越しの計画を立てたいのですが、その前にまずは現状確認からですね。
ついでと言っては何ですが、折角の後宮なので見物してみたいという好奇心もあります。
◇◇◇◇◇
飛鳥へ持って行かなければならない物、置いて行っていい物、捨てても良い物、に分けて持っていく物リストを作りたいと思います。
しかしそれを何も考えずに一覧にすると何が何だか分からなくなります。
そこで現代の本社社屋の引越しの時に経験を活かして、グループ分けします。
大したことではありません。
どの備品がどの部屋、どの場所にあったのかをシールに書いて貼り付けます。
それを引越し業者に持って行って、グループ毎に分けます。
シールは何で代用しましょう?
木札……、木簡……、紙……。
うん、高価ですがやはり紙にしましょう。
少しでも軽くしたいし、この時代の宮にある品の数々は現代に残っていたら国宝レベルのものばかりです。
そう考えると箱とはいえ木札を打ち付けるにはものすごく抵抗があります。
では何を使って紙を貼りましょう?
ノリ? テープ? 釘?
やはりアレですね。
追手から逃れるために道にばら撒いたり、気に入らないクラスのヒロインへの嫌がらせをするためコッソリ上履きに入れるアレです。
画鋲。
何と、画鋲は紙を木に貼り付けるのにも使えるのです。
大発見ですね。
【天の声】分かってて言っているよな?
金属加工は多治比様に頼みましょう。
材質は真鍮で十分。
数は……差し当たって三千個、最終的には一万個用意して貰います。
小言や悲鳴が聞こえてきそうですが、気にしない ♪
支払いは皇女様に回しておいてね。
一通り後宮の中を見て、概要は掴めてきました。
計画も大体固まってきました。
間人皇女様のための先発隊も飛鳥に着いて準備中です。
そうこうしているうちにも間人皇女様の飛鳥行きが差し迫って来ましす。
水面下での準備は大忙しです。
◇◇◇◇◇
「かぐやよ、妾がこの施術所に来るのも今日で最後じゃ。
世話になったの」
「こちらこそ皇后様の施術を任されるという光栄に預かりまして、恐悦至極に御座います」
「飛鳥にある施術所はいつでも通えるのじゃな?」
「はい、飛鳥へ向かった方々に詳しい場所をお教えしてあります。
ぜひお越し下さい」
「楽しみにしておるぞ。
かぐやも一日も早く飛鳥に来てほしいのじゃ」
「はい、私も飛鳥と難波の掛け持ちは早く解消できればと思っております」
「飛鳥では兄様も待っているという話じゃ。
ああ〜、待ち遠しいの〜」
間人皇女様は帝の事は全く歯牙にもかけず、心は既に飛鳥へと飛んで行ってしまっている様子です。
遠足を楽しみにしている小学生か、はたまたデート前日の女子高生か?
年齢は大海人皇子のお姉さんなので二十五歳より上のはずですが、奔放な言動のせいで額田様よりも若く見えます。
今のはしゃぎ方を見ますと、当時十代半ばだった間人皇女様が五十過ぎの叔父でもある帝に嫁ぐ時はさぞ嫌だったのだろうと思わずにはいられません。
重積から解き放たれた開放感すら伺えます。
帝には申し訳ありませんが、間人皇女様にとってこれで良かったのでは? と思ってしまいました。
そしていよいよ、その日はやって来ました。
当時の後宮のシステムにつきましてはあまり資料が残っていないため、後の時代のシステムを借用している部分が多々あります。