後宮
突然の辞令?
本日は突然の皇子様からのお呼び出しです。
皇祖母様に何か余計な事を言ってしまったのでしょうか?
心当たりはない事はありません。
むしろ心当たりがあり過ぎます。
いえ、心当たりしかありません。
平身低頭、出来うる限り低い姿勢で遜って、気分を害さない様、嵐が過ぎるのを待ちましょう。
すーはー
「かぐやです。宜しいでしょうか?」
「お、来たか」
「本日はお日柄も良く、皇子様におきましてはご機嫌麗しゅう……」
「かくやよ、其方は何を言っておるのだ?
まあよい、急ぎのため要件のみ伝える。
其方には後宮へと行って貰う。
よいな?」
はえ?
突然の舎人クビ宣言です。
何も手立てを打てず、僅か十秒足らずで玉砕しました。
ちょっと待って!
皇子様は遷都するおつもりですよね?
遷都のついでに左遷?
シャレになりません。
取り残される帝の世話を私がしろっていう事?
もしかして皇祖母様を怒らせちゃった?
ありえるかも!
頭の中がぐるぐる回っております。
「どうした?
じきに迎えが来る。
それまで屋敷で待機しておれ」
「準備をしなくて宜しいのですか?」
「全部、向こうで用意するらしい。
詳しくは迎えのものに聞くがいい」
「承りました。
額田様にもご挨拶をしたかったのですが、その暇も御座いませんので宜しくお伝え頂きましたら幸いに御座います」
「どうした?
今日の其方は一層おかしいぞ」
一層なんて、普段からおかしいみたいな言い方です。
乙女心が傷付きました。
お別れの挨拶にピッカリの光の玉をお見舞いして差し上げましょうか?
「それでは失礼します」
「ああ、頑張ってくれ」
私は屋敷に戻る道中、現代でも体験しなかった人事異動をこんな形で経験することになるのかと、トボトボと歩いて行きました。
しかしあの口調ですと迎えがすぐにでも来る様な言い方でした。
屋敷へと戻り、私は内裏へを参上するのに相応しい服に着替えました。
皇子様に面談する時もそここの衣を纏いますが、そこは主人と舎人の関係なので、あまりに他所行きな衣は着ません。
しかし内裏となれば、高官を始めとして高貴な方々がいっぱいです。
さらに最奥の後宮となると、どの様な格好になるのでしょう?
想像もつきません。
幸い額田様から下賜されたお気に入りの衣がありますので、それに着替えました。
待つこと三十分。
お迎えの方がお見えになりました。
歳は三十歳くらいで、何処となく与志古様と似たような雰囲気をお持ちの方です。
「わざわざありがとうございます。
何も持たずに赴いてよいと言われましたが、本当にそれで宜しいのでしょうか?」
「ええ、必要な者はこちらで揃えるとの仰せなので、心配しなくていいわ。
それでは参りましょう」
とても事務的に話を進める方っぽいので無駄話をせず、大人しく後についていきました。
灘波京の玄関ともいえる朱雀門を通り抜け、内裏へと向かう門をくぐり、この先は後宮という閤門の前には衛士が居ました。
木簡を見せて中へ入ると、内側には女性の衛士が門を守っています。
絶対に逃がしゃへんで、という体制です。
もう逃げられません。
後宮の中は広いと言えば広いですが、雑司女達が歩き回っていて、賑やかというか、少々雑多な感じです。
静謐なる事が美徳の近代モラルはまだこの時代には確立されていないらしく、よく言えばおおらか、悪く言えば騒がしい娘さん達です。
案内された部屋で暫く待っていますと、数人の宮人が入ってきました。
そのうち一人は施術所にいらした方です。
私を案内してくれた女性が話を始めました。
「この中でこの者を知っている者もおろうが、改めて紹介する。
大海人皇子様の舎人の赫夜郎女じゃ。
皇祖母尊様とも、皇后様とも懇意にしておる。
此度の遷都の建白において数多の受け入れ先を用意し、先の尚膳の与志古郎女様をお支えしたが、他ならぬこの者じゃ」
個人情報が漏出していませんか?
それに舎人はつい先ほどクビになりました。
それにしましても困りました。
中途採用で初出勤となった方の案内は何度かした事があります。
皆さん、それなりの経験をお積みになった一廉の社会人ですが、それでも新しい環境にどう馴染めばよいか分からずにいました。
その緊張をほぐすために私は、社のルール、今後のスケジュール、中途採用者向けプログラムの説明等を丁寧にして差し上げてました。
しかし古代にその様なシステムはなく、仕事は目で見て盗めと言わんばかりです。
意を決して、私は挨拶と共にお願いをする事にしました。
「かぐやと申します。
過分なご紹介痛み入ります。
ここ後宮へは、今朝がた皇子様より申し付けられて、右も左も分からずここへと参ってしまった次第です。
未熟な私にホンの少しでもお力添えを頂けましたら幸いです」
「ほんにかぐや殿は謙虚ですね。
しかしかぐや殿がやり手である事は皇祖母尊様も知るところです。
頼りにしていますよ」
「いえ、私に出来る事は些細な事ばかりです。
あまり期待されても恐縮です」
なんかキリが無いですね。
「ところで。
申し訳ございませんが、これから私はどの様な事をするのでしょうか?」
「……?
聞いていないのですか?
皆さんもキョドっております。
「先程も申しましたが、今朝がた皇子様より後宮へ行けと申し付けられまして、詳しくはこちらで伺う様にとの事でした」
「ああ、それでかぐや殿は何処かしら表情が硬かったのですのね。
分かりました。
順を追って説明しますわ」
「宜しくお願い致します」
「皇祖母尊様が皇太子様の遷都の建白にご同意されたのはご存知でしょうか?」
「同意されたかどうかは存じませんが、遷都に前向きになられておりました」
「ええ、昨日正式に同意を表明されました。
そして正式にでは御座いませんが皇后様もそれに倣うと仰っております」
「そうだったのですね」
「ええ、ですので後宮の者は皇后様と共に飛鳥へと移ることになりました」
「そこで私めが呼ばれたという事でしょうか?」
「そう、此度の件でかぐや殿の活躍は目覚ましいものがあります。
私達も是非とも協力をと皇祖母尊様に願い出たの」
「どの様にご協力すれば宜しいでしょう?」
「飛鳥へと移る段取りなどを特にお願いしたいと思っております」
……あれ?
私って『後宮へ行け』って言われたんですよね?
『後宮に入れ』とは言われてなかった様な……。
「あの〜、申し訳ございません。
私は後宮に入るって意味でここに連れてこられたとばかり思っていたのですが、違うのですか?」
?????
私の疑問に、皆さん妙〜な空気が漂っております。
「誰がそう言ったの?」
「いえ、誰も何も教えて頂けていないので」
「あ……あははははは」
案内してくれた女性は大きな口を開けて大笑いし始めました。
「ごめんなさい。
まさかかぐや殿が入内するつもりでここへ来ていたなんて、しかもそれに私が気づいていないと思ったら可笑しくて可笑しくて」
よく見ると他の方も口を押さえております。
「面目御座いません」
「いいのよ。
こちらも説明不足でしたから。
では初めから順序よく説明しましょう。
かぐやさんには忌憚の無い意見をお願いするわ」
◇◇◇◇◇
どうやら私はクビにはなっておらず、単なる手伝いとして後宮の方に呼ばれただけみたいです。
これもそれも皆、きちんと説明しなかった皇子様が悪い。
私は全然悪くない。
【天の声】多分、読者の大半はそれに気付いていたと思うぞ。
先週の風邪は1週間以上経った今でも完治しません。
検査でコロナでない事は分かっていますが、これほどキツい風邪は6年前にインフルエンザに罹患して以来でした。
季節の変わり目は体調を崩しやすいのでくれぐれもお気をつけ下さい。