皇祖母尊さまのご相談
皇祖母尊の会話は書いていて何気に面白いと感じます。
いよいよ第一陣の移動が始まったみたいです。
これで最後の施術、といらしたお客様には額田様のお名前が入った紹介状をお渡ししました。
今後とも御贔屓にってヤツですね。
儲かりまっか?
ボチボチでんな〜。
皇子宮でも引越し作業が終盤を迎えているそうです。
流石に皇子宮となると貴重な品の数々を日雇いの人足に任せる訳にはいかず、馬来田様の号令の元、舎人の皆さんが一生懸命に動き回っているそうです。(伝聞)
◇◇◇◇◇
「ようこそお越し下さいました」
本日も皇祖母様と建皇子様がお越しになりました。
最近間隔が狭まっておりますが、通いぞめなのでしょうか?
「お付きをぞろぞろ引き連れた婆ぁがしょっちゅう来てしもうて、迷惑では無いかの?」
「いえ、全くその様な事は御座いません。
元よりこの施術所は額田様が主人です。
額田様がお招きになる方々を迷惑と思うだけでも罪深き事と思います」
「其方は年の割に割り切りが良いのう。
少しは若者らしく文句の一つも言ってみたらどうじゃ?」
「恐れ入ります。
ですが、ここ暫くは心安らかな日々を過ごしております故、大声を張り上げる機会は御座いません」
「ふふふふふ、羨ましいのう。
婆ぁは悩み事が増えて裸足で逃げ出したくなる事も度々じゃ。
今日も疲れを癒しておくれや」
「はい、承りました」
建皇子様はいつもの様にタタタッと走って来て私の腰のところにピトッとくっ付いております。
いつもの皇祖母様の婆ぁ冗談で場が温まった後、お気に入りの施術エステを開始しました。
そして施術の途中、皇祖母様が質問をしました。
ふと思いついた、というより元からこのタイミングで言うつもりだったのでしょう。
いつもの事ですので。
「そう言えば……間人から、飛鳥に移りたいがどうすれば良いか相談されての。
婆ぁは本当に困り果てておるよ。
かぐやよ」
あ、絶対に私が間人皇女に言った事がバレています。
「申し訳御座いません」
「謝らぬでも良い。
婆ぁに話を振らねば他の誰も相談に乗れぬ事なのは分かっておるでな。
むしろ其方が婆ぁに相談する様に言ってくれて有難い」
「恐縮に御座います。
ですが皇祖母尊様が困ってしまわれているに私が関与している事は間違い御座いません」
「そうじゃな。
建が其方にこんなにまで懐いておらなんだら、婆ぁも悩む事も無かったであろう。
今、其方が建から離れてしもうたら、どれだけ泣くのかと思うと頭が痛くなるほどじゃ」
「そう遠く無い将来、建皇子様は私以外にも繋がりを持てる様になると思います」
「かも知れぬな。
じゃがそうで無いかも知れん。
婆ぁとしては其方を託って宮に置いておきたいくらいじゃ。
じゃがそうしたら周りが黙っておるまい」
捉え様によってはかなり際どい発言です。
「周りが、ですか?」
「大海人と額田は無論じゃが、間人も其方を気に入っておる。
婆ぁや間人に付いてここへやって来る後宮の者達もこの施術所は癒しとなっている様じゃ。
それにな、鎌子に其方の話を振った時の反応が面白かったの。
あの冷徹な鎌子が顔を顰めておった。
其方は鎌子に一体何をしたのじゃ?」
「えぇ……っと。
申し訳御座いません。
中臣様にはお世話になっておりまして、皇子様の舎人となったのも中臣様のお陰です。
与志古様ともお子様方とも親しくさせて頂いておりますが、中臣様に何かをされた覚えは御座いますが、私が中臣様に何かをした覚えは御座いません。
せいぜいお手伝いをした事がある位に御座います」
「ほっほっほっほ。
鎌子の懐にそこまで入り込んだ者はそうはおるまい。
今の話だけで十分、鎌子の弱みを握っていると言って良いよな。
それに其方は鎌子の嫡男とも仲が良いのだろう?」
「真人様が幼き時より見ておりますで、姉か母の様な気分ですが」
「その様じゃな。
遣唐船が出る時も其方は心配で来ておったな」
あ、バレてました。
「まるで絶世の美女の如く周りから好意を寄せられるとは、其方もなかなかじゃの」
「男女の彩とは少し趣が違う様に思いますが……」
「女子の魅力なぞ様々じゃ。
眉目秀麗だけでそうはならぬぞえ」
「単に子供から好かれるだけかと。
大人になれば皆、眉目秀麗な女子へと靡いていきます」
「ほっほっほ、そうか? 建よ」
近くに居た建皇子様は急に話を振られてビックリしてましたが、大きく首をブンブンと横に振りました。
「だそうじゃ。かぐやよ」
「有難き事です。
では、施術が終わりました。
お食事になさいますか?」
「頼む。
建も食べるかえ?」
建皇子様も少しずつ食べられる種類が増えて、ここの食事がすっかりお気に入りとなっております。
皇祖母様の問いにコクリと頷きました。
奥から運ばれてきた特別メニューは……、
皇祖母様にはおからと豆腐を中心とした精進料理の様なメニューです。
お年を召しているので油っぽい物は控えております。
宮では炭水化物中心の食事をなさっているとの事なので、高タンパクなメニューです。
建皇子様は麹で膨らませたパンと酪、そしてハチミツを加えて甘くした新鮮な牛乳です。
もちろん殺菌済みです。
「建は甘い牛の乳が好きじゃのぅ。
獣の乳を生で飲むのは身体に悪ぅないのか?」
「ご安心下さい。
中に潜む悪き物を加熱する事で滅しております。
また乳の中には骨を作るのに必要な滋養が含まれております。
これから身体が大きくなります建皇子様には是非お取り頂きたい滋養に御座います」
「だそうじゃ、建よ。
もっと飲むがえぇ」
さしものゴッドマザーも完全に婆婆バカと化しております。
「建と共にここへ来る様になって、婆ぁはホンに心が休まる。
やはり、建一人を飛鳥へ送る訳には参るまい」
皇祖母様はポツリと独り言の様に零しました。
「かぐやよ、一つ教えてくりょ。
間人は何故飛鳥へと行く気になったのかや?」
「ええ、はい。
私がこの場でお伺いした限りに御座いますが……
皇后様は兄上に御座います中大兄皇子様から『其方だけでも飛鳥へ移って欲しい』と言われお悩みでした。
しかし皇后様は皇后としての御自覚と後宮に棲む宮人達のことを思い、板挟みとなっておりました。
後宮者達は皇后様に従うと言っており、皇后様はどうすれば良いのか分からなくなってお仕舞いになられました。
そこで私はお悩みならば皇祖母尊様にご相談されては如何かとお薦めした次第です」
「なるほどのぉ……、葛城がか」
ごめんなさい。
大海人皇子を通してそう勧めたのは私です。
「かぐやよ。
其方は兄妹が仲が良い事をどう思う?」
え? いきなりハード過ぎませんか?
「私は……。
私は今の血を分けた兄弟や、叔父甥が骨肉の争いをする姿を宜しい事だとは思いません。
それならば仲が良い方が遥かに良い事と考えます」
「そうじゃな」
ふー、何とかやり過ごした。
「兄妹から生まれる子とは何故忌むのか、産婆でもある其方は知っておるのか?」
……やり過ごせていない。
「兄妹に限らず、親子、叔父姪、叔母甥、など近親者から生まれる子や、更にその子供が病気に対して抵抗する力が弱いなどの症例があります。
別の言い方でこれを『血が濃くなる』と申します。
従いまして出来るだけ遠い血を取り組む事がこの世に生ける者としては望ましいとされております」
「なるほどのぉ。
建が話す事が出来ぬのも血が濃いからか?」
「申し訳御座いません。
それは分かりませんが、私個人は違うと感じております」
「違うとは?」
「子供の時に話す事が苦手な子が大人になってその様な素振りも無かったかの様に振る舞う事は珍しくありません。
逆に子供の時に落ち着きのない子がせいちょうしても治らない大人もおります。
血だけではなく成長や周りの環境、愛情によって、先がどうなるかは分からないのです。
今ここで結論付けたくはありません」
「……ふふふふ」
静かに笑ってられるみたいです。
少し怖い。
「かぐやよ。感謝するぞ。
婆ぁはもっと長生きして、建の行く末を見とうなった。
飛鳥でも世話になるぞよ」
???
何故か分かりませんが、皇祖母様は飛鳥への遷都をお選びになってしまいました。
私のせい?
何で?
本日資格試験のための出願をしました。
おかげで本日もギリギリの時間での投稿です。
試験は7月、次回の資格試験はハードなので本職と執筆の合間に勉強もしなければなりません。
……ムリかな?