社交場としてのKCL
KCLの日常回です。
対外的な正式名称は『美容療法施術所』。
内内の呼び名は『かぐやコスメティック研究所(KCL)』。
来客の皆さんは前者を呼んおりますが、従業員はこの屋敷が完成した時から使っているこの名称を使っております。
【天の声】突然の解説、どうしたんだ?
美容療法施術所は皇子様の命を受けた私が音頭を取って額田様のために建設した、と対外的にはそうなっております。
つまり美容療法施術所の実質上の所有権は皇子様にあり、額田様がこの屋敷の主です。
言わば私はこの屋敷を取り仕切る筆頭女将の様な?
……いえ違いますね。
主任? 店長? マネージャー? CEO?
何が言いたいかというと、このお屋敷は事実上の主人である額田様を中心とした社交場となっており、結果として額田様の影響力が大きくなり始めております。
元より歌人として名を馳せていて、しかも容姿端麗。
旦那様の大海人皇子は現段階で帝位継承序列第二位の貴公子です。
先に仕えていた皇祖母様の覚えも愛でたく、義姉の皇后様とも仲が良い。
実は政治的お立場でも完全淑女なのです。
普段親しくして下さるにはあまりにも尊い方ですね。
もしかしたら施術所をいち早く飛鳥に新設する事を命じたのは、皇子様がこの事を存じていたからかも知れません。
そうでなければ飛鳥支店出店に際してあそこまで全面的なバックアップはしないでしょうし、今も私が施術に注力できる様配慮して下さいます。
男性なのに女性の園の価値を認めるというのは中々できるものではなく、皇子様の秀逸さを改めて考えさせられます。
施術所のその様な側面を考慮して、施術中は出来るだけお客様が重ならない様に配慮しております。
そして施術が終わった後、ご婦人方は屋敷に留まって世間話という腹の探り合いの場となっております。
基本的に額田様に友好的な方々の集まりですので、殺伐とした雰囲気にはなりません。
しかし、皇太子様が遷都の建白書を提出して以来、施術所の大広間が情報交換の場として使われる事が多くなりました。
また、東国出身のご婦人方は移動の段取りとか誰がいつ何処へ行く事になったかをヒソヒソと話している様子が散見されました。
そのおかげでで、私もすっかり情報通になってしまいました。
だってご婦人方が勝手に話すのですから。
仕方がありませんので、従業員にはここで得た情報は絶対に口外しないよう念を押し、私は覚書にして知り得た情報を皇子様にだけお知らせしております。
皇子様の舎人である私が得た情報を上司が知らないというのは、非常に拙いですので。
報連相はいつの時代も大切です。
◇◇◇◇◇
本日は与志古様がお見えになりました。
だいぶお疲れの様子なので疲労回復に重点を当てて、リフレッシュして頂きました。
チューン!
仲の良い東国の氏族出身のご婦人方とご一緒です。
「かぐやさん、下見に行って来た者から報告がありました。
ビックリしていましたよ」
「何か、不手際が御座いましたでしょうか?」
「いいえ、貴女の仕事に不手際なんて無いでしょう。
行った先があまりに綺麗な屋敷なので別の屋敷と間違えたのではないかと探し回ったけど、やはり目の前の綺麗な屋敷がそれだと知って、二度驚いたと言っておりました。
急な話でしたし、用意する数も多かったから、飛鳥の古い朽ち果てた屋敷を取り繕っただけの荒屋の様な屋敷を覚悟していたらしいの。
そうしたら京で評判になるくらいに綺麗な屋敷がズラッと並んでいて、まるで京を立て直したみたいだと言っているのよ」
「いえ、綺麗にしましたのは外側だけですので」
「そんな事はないでしょう?
この施術所を敷き詰めている畳と同じ物を敷き詰めた部屋があって快適に過ごせそうだと絶賛していましたわよ」
「期間が限られておりましたので出来る限りは修繕を施しましたが、実際に向こうへ移り住みまして気になる箇所を見つけ、修繕しなければ、仕事は終わったとは言えません。
今の私は、それが取り返しのつかない不具合でない事を祈るばかりです」
「慎重なのは悪い事はないけど、もう少し褒めさせて欲しいわ」
「何か申し訳ありません。
まだ外構工事も終わっておりませんので安心出来ないのです」
「いいのよ。
私のお願いに予想以上の成果で応えてくれたのだから。
だから後は、滞りなく皆さんが移動して、基盤を整えないとね」
「かぐやよ、良いかな?」
お隣にいた若いご婦人から質問です。
確か上毛野氏の若奥様です。
「はい、何に御座いましょう?」
「この渡された屋敷の図だけんど、マス目に描かれた部屋の広さはどのくらいなん?」
「このマス目一つが今お座りになっております畳一枚の大きさになります。
この部屋には畳のマス目が四と五列ですので、20枚分の広さに御座います」
「はー、それは分かり易いだぃねー
ではここに来れば広さが確認でぎるのだぃねー」
上州弁がかなり強い方ですね。
「宜しければ、畳を一枚か二枚、お持ち帰りになられますか?
古い物ですが大きさを確認ならば問題ないと思います」
「え、いーのなん?」
「ええ、この屋敷もあと一月ほどで閉鎖します。
この屋敷で敷き詰められております畳も、閉鎖後に引取って頂ける方を探している事のなのです」
「ありがたぃね。
是非とも頼みてぇのだけんど、本当にいーのなん?」
「ええ、目立たないところの畳を外しますので」
「でぎれば池田氏にもお願いでぎるんかぃ?」
池田氏……この方も東国出身の氏族の方です。
「どの様に運びましょう?
重いですので、明日、人を遣って運ばせますが」
「なっから助かりらぁね〜」
「いえ、容易き事です。
飛鳥での新たな生活にお役立て頂ければ幸いです」
「はー、かぐや殿はまるで天女様みてぇだぃねー」
「そうよ、かぐやさんは讃岐の領民からは天女として崇められているの」
与志古様、シー!
「それは私が国造の姫なので、皆がお世辞でそう言っているだけです」
「久路保の嶺ろの天女様もこんな感じなのかなぁ?」
久路保の嶺ろ?
……ああ、赤城山ですね。
関東遠征で赤城神社へ行った時、万葉集の歌を記した碑がありました。
イケメンボイスがロータリーエンジンを搭載した車で峠道を攻めるお山です。
「観た事は御座いませんが、山頂に湖のある景色がとても綺麗な嶺だと伺っております」
「よくご存知だぃねー。
こっちの人は上野に興味が無いと思ってたんさね」
「その様な事は御座いません。
皇子様や中臣様が目指す国造りにとってなくてはならないご盟友だと存じております」
これはお世辞ではなくて、これからの歴史の中で東国は重要な地位を占めるという歴史的な事実でもあるのです。
「ほぃでさぁよろしく頼まぃね」
「はい、承りました」
「それにしてもかぐやさん、東言葉を全く苦にしないのね」
「え? はい。
私に分かり易い様にお話下さってますので、ごく普通に聞き取れました」
与志古様は不思議そうに言いますが、現代ではテレビ、ラジオ、インターネットで方言を耳にする事もしょっちゅうです。
北関東の方言で漫才をする芸人さんもいたし、人より耳馴染みがあるのかも知れません。
特定の単語が無くて、ゆっくり話して貰えればどうにかなるものです。(※例外あり)
こんな具合に各国の方言を聞き比べしながら、何処の出身の方がどの様にしているという情報もバッチリ仕入れて皇子様へ報告するのでした。
好きで間諜をやっているのでは無いのですが……。
万葉集に東海、信越、関東などの東国の歌、東歌が多数収録されております。
万葉集に東歌が収録された経緯は諸説ありますが、当時、朝廷を中心とした国家を設立したい中央政府にとって東国は無視できない存在であったのだと想像します。
現に後の白村江の戦いや壬申の乱で美濃や東国の豪族が活躍しています。
文中の上州弁につきましては、何ちゃって上州弁なので間違いや変な言い回しにつきましてご意見のある方はご指摘下さい。
以前、GYAOでアニメ『お前はまだグンマを知らない』は全話視聴しましたが、上州弁をマスターするまでには至りませんでした。
m(_ _)m