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間人皇女様のご相談

意図してか、意図しなくてか分かりませんが、主人公が暗躍しております。


 皇祖母様の厳しい追求に何とか耐えた(?)私は、いつもの通り、いつもの様に、いつもの仕事をやっております。

 本日は間人皇女(ひしひとのひめみこ)様がお越しになりました。


「おぉ〜、かぐやよ。

 久しく見ておらなかったが息災であったかえ?」


「ご心配頂き、光栄に御座います。

 舎人としてのお仕事が立て込みましたため、しばらく難波を留守にしておりました」


「そーかそーか、待ち侘びてたぞ。

 お化粧だけはかぐやに敵う者がおらぬのだ。

 是非とも頼むのじゃ。

 いつもより厚く塗ってくれ」


「承りました」


 気分によってお化粧は変えてみたくなるものです。

 お客様の要求(リクエスト)に答えるのも顧客満足度の向上に必要な事です。

 こう言った感性(センス)は残念ながら従業員(スタッフ)にはまだ備わっておりません。

 史上最高と言われる日本のおもてなし精神はそう簡単に身につくものでは御座いませんから。


 まずは蒸気風呂でゆったりと寛いで頂き、それから身体を清め、施術を施すのが間人皇女様のお気に入りです。

 お化粧は食事をご堪能頂いてからです。


 そして食事中、間人皇女様からご相談が。


「かぐやよ。

 其方(そち)は兄様が帝に建白書を奉られたという話を聞いておるか?」


「はい、昨日皇祖母様からも同じご質問を受けました。

 飛鳥への遷都をご提案されたと伺っております」


「そうじゃ。

 じゃが帝はやっとの思いで完成した難波の宮を離れるつもりは無さそうなのじゃよ」


「そうなのですか……」


「兄様は飛鳥にいる事が多くて、妾が難波に居るとなかなか逢えぬ。

 だから帝には飛鳥へ行って欲しいと思うておる」


「他の方は何か仰っておられないのでしょうか?」


「う、ん……。

 実はな兄様が直々に妾に『其方だけでも飛鳥へ移って欲しい』と言ってくれたのじゃ」


 あ、そう言えば私が皇子様にそう提案した……かも?

 (※第194話『職場復帰早々・・・』をご参照ください)


「ソウナンデスネー」


 私は関係ない、私は関係ない、私は関係ない、……。


「本当であれば喜び勇んで飛鳥へと行きたいのじゃ。

 しかし妾とて皇后としての自覚くらいはある。

 それがお飾りの皇后だとしても、じゃ」


「真剣に考えるからこそお辛いですね」


「そうなのじゃ!

 妾は真剣なのじゃ!

 妾だけではない。

 後宮の者達の事も考えねばらなぬのじゃ。

 後宮の者達を放って一人で飛鳥へ参るわけにいかぬのじゃ」


「その事は周りの方にもご相談されたのでしょうか?」


「いや、兄様に言われたのは昨日じゃ。

 それ以来ずっと一人で迷うておる」


「申し訳御座いません。

 宜しいでしょうか?

 内密なお話なのですが、一つお聞かせください。

 後宮の方々は帝のご意志に従うとお考えか、それだけでもお聞かせ願えませんか?」


 私は横にいるお付きの方に話を振ってみました。

 立場上ものすごく答え難い質問ですので恐らくは答えてくれないとは思います。

 ですが、私が飛鳥へ行くべきと言ってしまったら大問題です。

 他人へ無茶振りです。

 ごめんね。


「い、いえ、私共は上に従うだけです。

 二心は御座いません」


「上とは誰じゃ?

 尚侍〔ないしのかみ〕か?

 帝か?

 母上か?

 それとも妾か?」


 曖昧な答えに苛立った間人皇女様が声を荒げます。


「ひっ!

 こ、後宮は帝のためにあります。

 後宮の頂きに(おわ)すのは皇后様です。

 わ、私共は皇后様の命に従います」


「かぐやよ。

 この者は結局のところ何と言っておるのじゃ?

 分かり易く教えてたも」


 え、私?

 でも、答えたのはお付きの方なので、それは私の意見じゃないよね?


「後宮におります者達は帝をお支えするために働いておりますが、後宮の運用を任されておりますのは皇后である間人皇女様です。

 間人皇女様が右を向けと言えば皆右を向きますし、左を向けと言われれば皆左を向きます」


「つまり妾が飛鳥へ行けと宣えば、その通りにするということか?」


「左様に御座います。

 とても重大な責務を任されておられるという事に御座います」


「じゃが、後宮が誰一人居なくなるのは都合が悪かろう」


「皇祖母様にご相談されるのが宜しいかと。

 帝のお立場も、皇后としてのお立場も、どちらもよくお判りしております唯一の方です」


 間人皇女様の母上である皇祖母様は、先の帝・皇極帝であり、その前の帝の舒明帝の皇后だったお方です。

 私にとってお話出来る事が信じられないくらい凄い方なのです。


「そうじゃな。

 そうしよう。

 少し考えすぎて頭が痛くなってきた。

 甘いものを持ってきてたも」


「はい、承りました」


 いつもの事なので注文(リクエスト)される前に用意してあります。

 すぐに用意出来ました。


「どうぞお召し上がり下さい」


「うむ、ここの甘味は格別なのじゃ。

 妾が飛鳥へ行くとこれを食せないのは悩ましいとこじゃな」


「あ、申し訳御座いません。

 お伝えし忘れておりました。

 このお屋敷は額田様のために建てた施設が故、大海人皇子様が飛鳥へと移られた後は閉鎖致します」


「何と! それは誠か?!

 其方はどうするのじゃ?

 解雇か?

 妾が召し抱えようぞ」


「いえ、私も皇子様に従い飛鳥へと行きます。

 そして飛鳥でも同じ事を続けます。

 既に屋敷は用意出来ましたので、飛鳥へ行きましても同じ事ができる手筈に御座います」


「何と! 其方は妾を見捨ててしまうのかえ?!」


「いえ、この屋敷にお通いになられております間人皇女様や皇祖母尊様に不義理な真似をせぬ様にと、皇子様より厳命されております。

 途中で投げ出さず最後まで運営してキッチリ終わらせるよう、きつく申しつけられております故、いきなり閉鎖する事は致しません」


「ああ……そうなんじゃ。

 驚き過ぎて目が回りそうじゃ。

 お代わりを持ってきてたも」


「承りました」


 お代わりをするのもいるのもいつもの事なので、用意してあった焼菓子を持ってきて貰いました。


「つまりひと月後、大海人が飛鳥に行ってしまった後はかぐやはここを閉鎖し、飛鳥で施術を続けるのじゃな?」


「左様に御座います」


「のう、其方はここが閉鎖になるのをどう思うかえ?」


 間人皇女様が先程のお付きの方に質問します。


「こ、こ、皇后様がここに通われる様になり大変お綺麗になられました。

 それが無くなるのはとても惜しいと思います。

 また、わ……私共ではかぐや殿ほど上手く化粧が出来ません。

 道具も化粧品も同じ物を融通頂きましたが、(わざ)では到底及びません」


 まさかの高評価?

 お付きの人にも認められていたんだ……と意外に思ったのですが、いや待て。

 ひょっとしてお付きの人も施術の恩恵に預かりたいのと違います?

 隣で並んで施術する事はありませんが、皇后様をお一人に出来ないので蒸気風呂には一緒に入るし、お風呂にも浸かります。

 私が間人皇女様にお化粧している間に、別の者がお化粧も施して差し上げています。

 だって売り上げアップのため……ではなく皆んなが綺麗になると間人皇女様はお喜びになりますから。

 顧客満足度向上のためのサービスです。


「そうじゃな。

 妾もここに通えないなんて耐え難き事じゃ。

 大海人に弱みを握られているのは癪じゃが、そうは言っておられぬ。

 母上と話し合う必要がありそうじゃ。

 ではかぐやよ。

 気合いを入れてお化粧を施してたも!」


「はい、承りました」


 濃い化粧というより、メリハリをつけて目を強調した化粧(メイク)を試してみました。

 今の間人皇女様の気持ちにピッタリの化粧(メイク)だと思います。


「おぉ〜。

 かぐやのお化粧は摩訶不思議じゃ。

 顔が美しく彩られるだけでなく、心までも化粧された様な気分なのじゃ」


「はい、だからこそお化粧は楽しいものなのです」


「ん! 今から母上に会って相談するのじゃ。

 それではまたなのじゃ」


 こうして間人皇女様は意気揚々とお帰りになりました。

 心の何処かでやっちゃった感を感じますが、敢えて考えないことにします。

 私は皇后様に聞かれた事に偽りなくお答えしただけのはず。


 ………ですよね?

同じ後宮でも飛鳥時代と平安時代とではだいぶ違います。

飛鳥時代の皇后は皇后宮を持ち、帝が通い婚をする様な形態だった様です。

従って後宮とは帝の身の回りをサポートする私的機関の様な扱いだったみたいです。

後宮内が女性だけで運用されているのは後の大奥と同じですが、記録によりますと女性の役人としての地位はそれほど低くなく、外部機関と男性職員と協業し、真面目に業務を行い、大奥の様なハーレム的な要素はあまりなかった様子が伺えます。

なので作中の説明は歴史的観点においてあまり正しいとは言えませんが、出来たばかりの難波長柄豊碕宮では皇后が宮を持たずに広い後宮を統べていたという設定に書き換えました。


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