蹴布(シューフ)初心者 vs 天才幼児
久々の蹴布ネタです。
分からない方は第99話『飛鳥時代のワークライフバランス(2)』をご覧下さい。
ですが第98話の(1)は出来るだけ読み返さない様にお願いします。
特にポエムの部分は……(見るなよ、見るなよ、絶対に見るなよ)
「おい、何をしている!」
御幸クンの大声で私は我に返りました。
しばらくの間、惚けてしまっていた様です。
「大変申し訳ございません。
驚きのあまり声が出ませんでした」
はっと気が好き、子供向けな言い訳をしました。
「そうか、驚いたか。
オレの父上様は凄い人だから当然だ。
はははははは」
御幸クンは満面の笑みを浮かべてボンボンらしい回答を返しました。
どうしよう?
このボンボン。
しかしボンボン度がどのくらいなのか判断するには情報が足りていません。
まずは探りを入れてみましょう。
「御幸様は普段どの様な事をされているのですか?」
「そんな事も分からないのか?
男は剣と弓の稽古をするのが慣わしだ」
「書とかは読まれませんのですか?」
「大伴は武の家系だ。
そんな軟弱な事はしない!」
うわぁ~、脳筋タイプですか?
「大変申し訳ありません。
このお屋敷は皇子様の離宮なので、お客様に武器を持たせる事が出来ないのです」
「オレに武器を持つなと言うのか。
無礼だぞ!
この婢めが!」
この歳で人を罵倒する語彙力をお持ちだなんて将来が有望すぎじゃない?
「武器を使わずとも楽しく身体を動かす事が出来ますので、それで如何でしょう?」
「何だ?
楽しいのならやってあげてもいいぞ」
ひょっとしてツンデレですか?
「少々お待ち下さい」
私はそう言い残してお部屋へと行き、暫く使っていなかった蹴布の羽を持って子供達のいる部屋へと向かいました。
「シンちゃん、少しお姉さんのお手伝いしてくれる?
蹴布の相手をして欲しいの」
「うん、やる!」
戻る途中、八十女さんの二番目の子供を呼んで一緒に行きました。
数えで5歳、満年齢にして3歳の可愛い盛りの男の子、シンちゃんです。
ちなみに一つ年上の九十九ちゃんは下の子のお守りをしています。
とてもおませなおねーちゃんです。
少し待ち侘びた様子の御幸クンのところへと戻ります。
「お待たせしました。
これです」
そう言って私は蹴布の羽を見せました。
「何だ、そのヒラヒラした物は?」
言葉はつっけんどんですが、気になって仕方ない様子です。
やはりツンデレ属性、確定?
「これは私の故郷で領民達が大人も子供も夢中になって遊んでおります蹴布と言うものです。
私とシンちゃんとでやってみますのでご覧下さい」
「それじゃ、シンちゃん、お願い」
私達は早速、蹴布でポーン、ポーンとラリーをします。
シンちゃんはお母さんがお仕事中、暇な時にしょっちゅう蹴布で遊んでいるので3歳児とは思えないくらいの腕前(足前?)です。
手足が短くて基礎体力もまだまだなのですが、狙ったところへ蹴るのはお手のものです。
なので相手をする私もやり易いのでラリーが長続きします。
「ありがとう、シンちゃん」
「うん、おねえさん」
十回くらいラリーが続いたところで一旦止めました。
「どうです、やってみますか?」
「簡単じゃないか、やらせてみろ」
前のめりに御幸クンが羽を手に取り、構えます。
「シンちゃん、お兄ちゃんは初めてだからそぉーっと蹴ってあげて」
「はい」
「そんな事はしなくて良い!」
そう言いながら、合図もせず御幸クンが羽をポーン! と蹴り出しました。
高く上がった羽はシンちゃんの遥か後ろまで飛びましたが、滞空時間が長かったので難なく追いつき、ポンと正確に蹴り返しました。
戻ってきた羽を目掛けて、御幸クンは溜めてから思いっきり足を振り抜きました。
が、羽は足に当たらず空振り。
羽はポトンと地面に落ちました。
御幸クン、すごく悔しそうです。
「御幸様。
御幸様は初めてなので、まずは力を抜いて正確に蹴る事だけ考えてみましょう。
まずは慣れる事です」
「うるさい!
オレに指図するな!
次行くぞ」
……というや否や先程と同じ様に全力キックで羽を蹴り出しました。
だいぶ右側に外れて飛んだ羽をまたまた上手にポンと正確な場所へ蹴り返します。
そして今度こそと大振りの足にカスって、羽は30センチも飛ばずに落下しました。
御幸クン、顔真っ赤です。
「おい! そこのお前。
もっと蹴り易いところへ返せ!」
殆ど八つ当たりですね。
「御幸様、蹴り易い場所ってどの辺ですか?」
私が聞いてみると、御幸クンは自分の50センチ手前に手をやって、
「この辺に決まっているだろ?!」
と一方的にに要求してきます。
「じゃあ、シンちゃん。
この辺に蹴ってくれる?」
離れた場所にいたシンちゃんに羽を渡して、それを蹴って貰いました。
御幸クンはそれを目掛けて全力で蹴り返しました。
三度目の正直、まぐれ当たりです。
羽はシンちゃんの後方3メートルくらい後ろへと勢いよく飛んでいきました。
体の小さいシンちゃんは全力で追い掛けて、何とそれをオーバーヘッドキックで返しました。
凄い!
更に凄いのはあんな体制で蹴ったのに先程とほぼ同じ場所へと羽を蹴り返していました。
何故か悔しそうな御幸クンはまたまた全力で蹴り返そうとしましたが、まぐれは二度続きません。
先程のように足を掠めて、羽がポトンと落ちました。
「チクショー、こんなの面白くない!」
案の定、予想通り癇癪を起こしました。
しかし私も年下の子に敵わない対戦をさせてしまった事は反省しなくてなりません。
落ちていた羽を拾い上げて、シンちゃんにお願いをしました。
「シンちゃん、自分の羽を持ってきて貰える?」
「うん、持ってくる」
とても素直なシンちゃん。
シンちゃんが羽を取りに行っている間に、私は手に持った羽を御幸クンに両手で差し出しました。
「はい、これを御幸様に差し上げます。
まだ慣れていないだけです。
一人でも出来ますのでこれで練習して下さい」
でも、目にうっすら涙を溜めた御幸クンは素直に受け取ろうとしません。
私はそれに構わず、じっと御幸クンが受け取ってくれるのを動かずに待ちました。
負けて悔しかったとは言え、気になっているらしく、御幸クンはオズオズと手を差し出して受け取りました。
そうしているうちにシンちゃんが戻ってきたので、シンちゃんにお願いをしました。
「シンちゃん、いつも一人で蹴布をやっているでしょ?
ちょっとやってみてくれるかな?」
「うん、いいよ」
使い込んだ羽をポンポンポンポンポンと器用にリフティングします。
見ているこちらまで楽しくなるような上手なリフティングです。
「御幸様。
シンちゃんはこうやって毎日練習しているので上手になったのです。
もしご興味があれば、御幸様もお暇な時に遊んでみては如何でしょう?
実際にやってみますと分かりますが、(下手なほど)疲れますよ」
おっといけない。
心の声が出掛かっていました。
「どれ、やってみる」
御幸クンは懲りもせず全力キックで羽を蹴り上げます。
それを追い掛けてもう一回ポーンと蹴り上げ、三回目で遠くへと行ってしまいました。
しかし、全力で蹴っても良い事がないのに気付き、段々とそれっぽくなっていきます。
15分ほど熱心にやっているうちに冬だと言うのに汗びっしょりです。
私は汗を拭う布と飲み物を持って、二人に声を掛けました。
「一旦休憩しましょう。
汗を拭いてお飲み物を召し上がって下さい」
それを聞くや否や、御幸クンは汗も拭かず飲み物を飲み干し、再びリフティングを始めました。
シンちゃんは私の横でに来て汗を拭いて、飲み物を受け取りコクコクコクと飲みます。
うーん、母性本能がくすぐられます。
初めて会った頃の真人クンを思い出します。
一時間ほどして、施術がひと段落したお母様達がお戻りになりました。
「どうですか?
退屈していませんでしたか?」
と、櫛名様が聞きました。
「私の故郷の遊びで楽しんで頂けたみたいです」
「まあ、それは良かった」
「それではお食事にしましょう。
ここは食事も自慢の一つです。
美容にはとても良い食事ですので」
「それは楽しみです事。
御幸、一緒に……まあ、汗びっしょりじゃないの」
「少し待ちますので、お身体を洗いましょうか?」
「お願いできる?」
「ええ、お任せ下さい」
こうして私は御幸クンをお風呂へと連れて行き、投げ入れるようにお風呂へと浸かれせました。
御幸クンはオ◯ンチンを見られるのが恥ずかしいらしく、必死に隠していますが、中身がアラサーの私にとって、子供の龍の玉なぞ興味ありません。
恥ずかしがる御幸クンに構わず、ゴシゴシゴシと全身隈なく洗って差し上げました。
あーれー
草案では八十女さんの二番目の子の名前は『ガン蔵』にしようとしましたが、この話を書いているうちにシンちゃんに変えたくなりました。
天才・小野伸二選手にあやかって、シンちゃんです。
引退が惜しまれます。