決行日(Xデー)当日
冒頭の建白の言葉は全くの空想です。
正しい古語でもないと思いますが、雰囲気だけ……という事で。
『帝におきましては令しきなる政を奉り讃え候。
帝に傅きし臣下一同を率いて皇太子、中大兄皇子が建白す。
ここに難波の宮を捨て飛鳥への遷都すべし、と』
いよいよ皇太子様による遷都の進言と難波から飛鳥への集団移動にゴーサインが出ました。
ちょうどその頃、私は飛鳥に居ました。
飛鳥に来た目的は主に三つです。
① 受け入れ体制が計画通りであるかを確認するため。
② かぐやコスメティック研究所・飛鳥支店の開所のため。
③ 頑張ってきた大伴氏の皆さんを慰労するため。
施主の希望を100%応えるのは難しいかも知れませんが、修繕した屋敷は見た目は真新しく、ある程度の満足感が得られればそれでヨシとしたいところです。
高級官人向けの屋敷はまだお庭が完成しておりませんが、後はお任せしましょう。
中級官人向けの住宅は区画全部を同じ雰囲気で統一したので、住宅メーカーの分譲住宅の様な計画都市の様な雰囲気が漂っていて、現代人の私から見ても近代的な感じがします。
下級官人向けの住宅は、40件以上ある中古物件をそれぞれ修繕したので仕様はバラバラです。
ただ屋根だけは全て板葺に敷き直したので、見栄えがします。
一部屋だけですが畳の間もあります。
思いっきり受け身の練習をして下さい。
まだ十件くらいが工事中ですので、部民さん達にはあと一踏ん張りして貰います。
まずは①クリア!
完成したかぐやコスメティック研究所・飛鳥支店を見るのはこれが初めてです。
難波本店(?)の印象を損なわないため同じ瓦屋根です。
蒸し風呂も広い畳の間もバッチリです。
わーーい。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……
パシーん!
【天の声】畳と見れば受け身をするんかい!
これから外構工事に入りますが、完成すれば高級旅館の様な佇まいになると思います。
開所に当たって、半分の従業員に飛鳥へ来て貰いました。
転勤手当はもちろん出します。
暫く開店休業状態になるので、その間に代わる代わる引っ越し休暇を取得して貰います。
暫くはお客様は来ませんが、明日誰が来てもご奉仕出来る様、受け入れ体制だけはバッチリ整えます。
今回の異動は八十女さんや憂髪さんなど讃岐出身者が多く、急な人事にもかかわらず飛鳥へと来てくれました。
多治比様のご紹介で従業員となった居残り組も一ヶ月以内に飛鳥に転勤するかを決断して貰うつもりですが、どうだろう?
残念ながら難波本店は上からの命令で閉鎖しなければならないので、居残るという選択肢は無いのです。
退職金も考えておいた方がいいかな?
難波に戻ってから考えましょう。
とりあえず②もクリア!
そして③。
馬来田様と吹負様のご兄弟とその他の担当の方々にお酒を持って行き謝礼をしましたが、私の方が慰労されそうなくらいに持て成されてしまいました。
「かぐや殿よ。
本当によくやってくれた。
実を言うと、最初皇子様からこの話を受けた時、私は無理だと思っていたのだ」
「私も難しいとは思っていました。
最悪は古い屋敷をそのまま受け渡す事も考えておりました。
でも、皆さんが一丸となって頑張って頂いたお陰で、こんなにも立派なお屋敷をご用意出来ました。
本当に皆様のお陰です」
「そうは言うがな。
我々では落とし所というものが全く検討付かなかったのだ。
出来上がった屋敷の数々は、屋敷というよりもはや街を造ったと言っていい。
来た連中はきっと驚くであろう。
なあ、皆の者!」
「「「「「おぉう!」」」」」
それぞれ担当を請け負っていた大伴氏の皆さんも重圧から解放されて上機嫌です。
でもこれから移動という大イベントがあるんですけど、今それを言うのは野暮ですね。
「それにしてもかぐや殿の仕事は少々変ではあるな」
「変? ……と申しますと」
弟君の吹負が何やら言いたげな様子です。
「宮の建設というものは田所(※豪族の私有地)の部民を連れてきて働かせて造るものとばかり思っていた。
しかしかぐや殿は部民や集めた人足共に食事と住居を与え、見返りどころか休みまでも与えよと言うではないか。
その様な甘い考えでは上手くいかぬと思っていたが、結果はまるで逆だった。
部民共があの様にきびきびと働く様を見た事がない」
「それは私も不思議に思っていました。
こちらの都合で働きに来た方々に食事も住処も用意せず、どうして仕事をさせる事が出来ると思うのでしょうか?
ひもじい思いをして働かされて果たして仕事になるのか、労役とは言え逃げ出したくならないか、とても不思議でした」
この時代の豪族は、自分の支配地域に住む領民を奴隷同然の様に考えています。
上が取り決めた事を下々は何も考えずに受け入れて当然、みたいな。
だから貨幣すら無いこの時代に働いた対価を労働者に与えるという私の資本主義的な考えは、周りには奇異に見えたみたいです。
普通は働いた後、気持ちばかりの心付けを与えるというのがこの時代の考えです。
「そうだな。
財に物を言わせて押し進めた感があるが、効率は良かった。
あの金須は皇子様から賜ったものか?」
「いえ、全て私の懐より捻出したものです。
讃岐の父様より私の身を案じて用意下さった金と日々の労務で得た収益によるものです」
「何と! それでは此度の件は其方一人が全て負担していたのか?」
馬来田様が驚いたかの様に声を上げます。
「後で報奨があるでしょうし、無かったとしても屋敷にてやっております女性向けの美容事業のおかげでお肌も懐も潤っております」
「美容というのは女子が女子に按摩をしたり、蒸し風呂に入ったり、化粧したりするアレか?」
「ええ、アレに御座います。
額田様だけで無く、皇祖母様や皇后様にもお気に召して頂いております」
「高々美容にそれほどまでのものなのか?」
女性の美に対する執着を知らない馬来田様は美容がどれだけ繁盛するのか理解できないご様子です。
皇子様とは大違いですね。
「明日よりこの地にて難波と同じ施設が開所します。
もし宜しければ馬来田様の奥方様にもお越し頂ければ、ご感想が聞けますよ。
お世話になったお礼に初回は無料でご奉仕しますので。
ふふふふ」
自分で言っていて我ながら悪どいと思いますが、デリカシーの無い馬来田様が女性の恐ろしさを知る良い機会です。
「そうゆう事なら是非立ち寄らせて貰おうか。
私も既にこちらに居を構え、皆此方への移転は済んでいる。
妻にそう言っておこう」
「吹負様もどうぞ」
「ああ、言っておこう」
「明日でしたら私はまだこちらに居りますので、ご挨拶が出来ると思います」
柔らかい物腰で話しながら
『これでお得意様二名ゲットだぜ!』とほくそ笑む私。
でもまさかあの様な事態になるとは……。
貨幣のない時代に「無料」とか「懐が潤う」とか「収益」などの経済に関係する言い回しに違和感を感じているのですが、他に良い表現方法が見つからず苦慮しております。
あと前話のLINE風にしたアレ。
やはり「。」があった方が読みやすかったでしょうか?