大伴馬来田(おおとものまくた)様
準備が全てです。
帝への遷都進言に伴う集団引っ越し準備を水面下で大規模に行う羽目になりました。
こっそりやる必要がどれだけあるか分かりませんが、これが上の方針なのでイチ舎人としては従うのみです。
皇子様からご紹介されました協力者とは、大伴馬来田様を始めとした大伴氏の方々です。
大伴氏は摂津国を本拠地の一つとする氏族なので、人員や建材の確保も比較的容易いというのが理由だそうです。
そして、おそらく大伴氏も遷都に賛同しているのでしょう。
先の左大臣・大伴長徳様は中臣様の従兄弟だと馬来田様がおっしゃってましたから。
……という事で、
早速、謹慎していた馬来田様がご挨拶にやって来ました。
「かぐや殿。
我々が手となり足となり、其方の成さんとする事を全力で支援しよう」
いえいえいえ、私は何も成したくありません。
出来ればこんな事から逃げ出したいです。
私は手の指の爪の垢となり、足の指の爪の垢となります。
洗い流してポイして下さい。
……という本音を言いたいけど言えません。
張り切る馬来田様に当たり障りのない返事をしておきます。
「馬来田様、是非とも宜しくお願いします」
「ははははは、任されよ。
で、まずは何をするのだ?
今から飛鳥に参るのかな?
先に紹介した者に受け入れ先を確保する様、頼むか?」
「そうも考えましたが、全ての段取りに私が関与するのは不可能です。
動く前に担当者を任命したいと思います。
飛鳥の受け入れ先、難波の本拠地、建材の確保、人材の確保、運営の手配、それぞれに長けているであろう方を配置できますか?
身分とかは一切関係ありません。
最低限字が書けて読める者が必要です」
「難しいがやってみよう。
その他に何かあるか?」
「それぞれの拠点から難波に連絡するための定期便を確立したいと考えております」
「毎日、連絡したい事なぞ無いかも知れんぞ。
その度ごとでよく無いか?」
「連絡のために一日待つ事になれば、計画が一日遅れます。
その日のことが次の日の朝までに通達があれば、私達はすぐさま動けます。
それに報告しなければならない状況を作ることで担当者は真剣にならざるを得なくなります。
連絡者の負担を減らすため中間地点に拠点を置き、連携させたいと思います」
会社でもよくやる手ですね。
特に在宅勤務の時は連絡し合うよう徹底されました。
「分かった。
何でも頼れと言った私の言葉に嘘はない。
かぐや殿の言う通りにしよう」
こうして計画は始まりました。
◇◇◇◇◇
「では紹介しよう。
この者は私の弟、吹負じゃ」
「宜しく頼む。
あと兄者がご迷惑をかけた事、私からも詫びたい」
いきなり私の様な小娘に謝罪です。
多分、先の剣で切り付けられた時の事です。
「いえ、馬来田様は私を守って下さった方です。
お詫びだなんてとんでもありません」
あの後、馬来田様が土下座してお詫びしてきて宥めるのに苦労しました。
放っておいたら切腹しそうな勢いでしたから、大変でした。
「かぐや殿よ。
私はもう二度と皇子様を失望させる事はせぬ。
此度の支援を何一つ欠けること無く成し遂げよう」
「そこまで思い詰めなくとも大丈夫です。
完璧を求めますと辛くなりますよ。
失敗したり、思う様にならなくても責めたりしないで下さい」
「うむ……、そんなで大丈夫なのか?」
「むしろ何一つ失敗できない計画を立てる時点で失敗が確定します。
冗長というものが無ければなりません」
「分かった。
では役割だが、吹負が飛鳥に腰を据えて、受け入れ先の確保と建材の確保、屋敷の建て替えを指揮する者達を取り纏める。
そして私が摂津にて人足の確保と、食糧の確保、不足する建材の増援、伝令係の配置を指揮する者達を取り纏める。
かぐや殿はここに居て、毎晩来る伝令役を通して我々に指示を出して欲しい」
何か私が管理職のポジションになった様な気がします。
この際、私抜きでやってもらえないかしら?
「ええ、それで宜しいですが、私の指示は必要ですか?」
「此度の件は皇子様がかぐや殿に命ぜられたものだ。
皇子様はかぐや殿が適任だと思い命じたのだ。
我々もそれに従う。
それに此度の件は隠密に行う必要もあると聞かされている。
私は摂津で謹慎だった身だ。
摂津に居ても不都合はない。
かぐや殿はいつも通りここで皇后様や皇祖母様や付きの官女らのお相手を続けて欲しい。
吹負も目立たぬ様気をつける。
露見する恐れを極力減らしたいのだ」
「そうですね。
そこまでお考えの事でしたら、了解しました」
「ある程度は私と吹負に任せて貰っても構わないが、難波にいなければ手に入らない情報もあろう。
全体を俯瞰できるかぐや殿に全体の指揮を任せたい」
馬来田様って見かけによらずジェンダーフリーのお考えの持ち主である事にビックリです。
「分かりました。
大まかな計画ですが、この様に考えております。
まず最初の5日で土地や屋敷を抑えて頂きます。
そして抑えた土地に付随する上物を詳細に報告して下さい。
それをどの様に修繕するか計画を立てます。
優先順位は高級官人の二件、そして中級官人の十五件です。
二ヶ月でできる範囲で修繕します。
同時に出来る範囲で外構工事をします。
下級官人の方には最悪、不具合の修繕のみになる事も考えますが、寒い時期に重なりますので、防寒だけは対策します。
必要な人足を飛鳥で集め、摂津より派遣して補って下さい
しかし必要な人足というのは随時変動します。
連絡を密に取って下さい。
私の方は屋敷にて皇后様や皇祖母様のご対応をしつつ、中臣様の奥方様と密に連絡し合い、得られた情報をお二人にお伝えします」
「分かった。
流石はかぐや殿だ。
今の話を聞いただけで上手くいきそうな気がしてきたぞ。
なあ、吹負よ」
「ああ、将として指揮を奮えば面白そうだ」
いえいえいえいえいえいえいえ。
全力でお断りします。
人死にが出る様な指示なんてできません。
するつもりも御座いません。
したくありません。
お願いしますから勘弁して下さい。
私は単なる総務課のOLなんです。
「私は物事を進めるための事務の指揮は出来るかも知れませんが、軍勢を進めるための戦さの指揮は無理です。
他を当たって下さいまし」
「勿体無いなぁ」
いいえ、全然勿体なくありません。
「人には向き不向きが御座います。
剣を抜いた暴漢を前に立ち竦んでしまう女子には荷が重すぎます」
「はっはっは、全然立ち竦んでいる様には見えなかったがな。
かぐや殿は全く目を瞑っておらなかっただろう」
「そんな事まで見ていたのですか?」
「ああ、見えていたから次の太刀を振るう前に押さえ付ける事ができたのだ。
かぐや殿が剣か何かの得物を持っていたら冷静に反撃出来そうに見えたが?」
「急な事で目を瞑る事すら出来なかっただけです」
「まあそうゆう事ならそうしておこう。
では早速準備に取り掛かろう。
明日の夜より伝令役が来る様に取り計らう」
「分かりました。
私も出来るだけ情報を共有出来る様にします。
宜しくお願いします」
「任されよ。では行ってくる」
こうして準備の三ヶ月、実行の一ヶ月、後始末の一ヶ月、計五ヶ月に及ぶ修羅場が幕を開けました。
千葉県木更津市に『馬来田駅』という無人駅がありますが、本出の大伴馬来田とは多分、関係ないと思います。
駅名は旧名の君津郡馬来田村に由来し、元々は上総国中西部を支配した国造、馬来田国造に因む地名なのだそうです。
飛鳥時代より遥か昔の事です。
しかし、千葉県のあちこちにこの時代の有名人を冠した地名や史跡、神社などが数多く存在しており、今後のストーリーを考える上でも大きな想像力を与えてくれます。