職場復帰早々・・・
新年度、始まりました。
少しは時間に余裕が欲しい。
一月ぶりの難波です。
津に目をやると、大きな遣唐使船らしき船が小さく見えますのでまだ遣唐使は出発していなさそうです。
しかし天候を考えると台風シーズンは絶対に避けたいでしょうし、梅雨時の荒天も避けたいでしょうからまもなく出航するかも知れません。
もっともこの頃の人が東シナ海の天候と大和の天候がどれくらい違うのかを把握していればですが……。
◇◇◇◇◇
「長らく留守に致しまして大変申し訳御座いませんでした。
お陰をもちまして心配事を片付ける事が出来ました」
まずは額田様にお詫びとお礼をします。
「それは良かったです。
で、想い人とは何か約束したのですか?」
額田様、創作のためなら他人の恋愛はご自身の栄養だと思ってらっしゃるフシがあります。
そんな上司の期待に応えるのが部下の役目です。
私は徐に懐に入れた扇子を取り出して、額田様へ恭しく献上しました。
「その方には去り際にこの歌をお渡ししました」
額田様はパタパタパタと扇子を広げて、一首だけ書かれた歌を凝視しています。
例の歌です。
長い長い沈黙の後、額田様がすくっと立ち上がって、私の方へと歩み寄って、ガバッと抱きしめました。
「かぐやさ〜ん、何て美して悲しい歌なの〜。
私、感動してしまって声も出ません〜」
む、むぐ。
子供を産んだお母さんのオッパイは凶器です。
額田様!
ギブギブギブ。
「ぬ、……額田様。
こ、この歌はお別れの歌ではなく、また会いたいという歌です。
その想いを伝えられまひたので、私は満足してほります」
残り少ない酸素を使い切って額田様に言いました。
すると額田様は凶悪な絞め技を解き、
「それは良かったですわ。
私も歌が浮かんできそう。
紙と筆をお願い」
と、お付きの人に頼みます。
お付きの人は間髪を入れずにサッと紙と筆を差し出しました。
もやは職人技です。
ヤの付く強面の人が「タバコを咥えたらすぐに火を差し出さんかい!」と言うやつですか?
それとも
飲みたくなったら樽酒、眠たくなったら寝台を次々と差し出す力持ちな彼氏? ……ですか。
かぐやコスメティック研究所にいらっしゃるお客様には不在にしたお詫びをしましたが、従業員の皆んなが頑張ってくれたおかげで、何も滞りなく出来ていたみたいです。
ただ一人、建皇子様を除いてですが。
すごく不機嫌な建皇子様は私のお尻の辺りにピトッとくっついて離れません。
もちろん振り払うなんて出来るはずもありませんし、したくもありません。
とりあえず、一ヶ月ぶりの光の玉をプレゼントします。
建皇子の手を取り、精神鎮静の光の玉を手渡しで与えます。
チューン! チューン! チューン!
何となく建皇子様に落ち着きが戻ってきた感じがします。
その後は落ち着いて絵を描いて楽しんでいましたが……。
私が基礎を教えたため、完全に絵柄が飛鳥離れしています。
もしかしたら、現代でも通用しそうな?
どうしましょう?
薄い本の挿絵を頼んだら完璧に仕上げてしまいそうです。
【天の声】皇子様に何やらすんだ!
◇◇◇◇◇
こうして以前の同じ生活が戻りました。
ただ一つ違うのは毎朝、津を見るのが日課になった事です。
そんなある日、皇子様から呼び出しがありました。
まさか、額田様から連絡がいってなくて無断欠勤扱い、そしてクビに!?
そんなはずはないと思いつつ、皇子様待つ部屋へと参りました。
「お呼びと伺い、急ぎ馳せ参じました」
「いや、急ぎではないが聞きたい事があったのだ」
いつもは傍に馬来田様がいる事が多いのですが、今日は一対一の面談です。
「はい、私が知っていることでありますれば何なりと」
「聞きたいと言うのは、其方がやっている母上をはじめとして女子向けに行っている事についてだ」
「はい、お陰を持ちましてご好評頂いております」
「それをだな、同じ事を飛鳥でもやる事は出来るか?」
飛鳥支店?!
「そうですね……。
準備が整えば可能です。
飛鳥では手に入り難い物が何点か御座いますので、流通の確保が必要です。
逆に飛鳥から取り寄せている物も多数御座いますので、差し引きすればむしろ利点が勝るかと思います。
ただ、物が準備出来ましたとしても人の準備は簡単では御座いません」
「人は難波に居ろう」
「流石に難波と飛鳥の掛け持ちは無理に御座います。
半分に割いてしまうと、休む間が無くなり奉仕の質が落ちるかと思います」
「違うのだ。
難波は閉ざすのだ」
「え、……何故でしょうか?」
「まずはそれから説明しよう。
分かっていると思うが他言無用だ」
「はい、承りました」
「兄上は帝に飛鳥京への遷都を進言するつもりだ。
私もそれに同調する」
「帝が是と申されましたら、皆が揃って飛鳥へ参るのですね。
しかし帝がそれを受け入れなければどうなるのでしょうか?」
「やる事は変わらぬ。
皆、揃って飛鳥へと参るつもりだ」
かなりギャンブルな気もしますが、大丈夫でしょうか?
「皇太子様の御進言に賛同頂ける方は他にもおりますのでしょうか?」
「兄上はかなり自信を持ってらしたが、よくは分からぬ」
「状況は分かりました。
飛鳥への移転をスムーズにするためには、予め飛鳥京に新たに同じ屋敷を建設しなければなりません。
突貫工事で建てるとしましても、少なくとも三ヶ月は必要となります」
「難波にある施設はどうするのか?」
「飛鳥へ持っていけるものは小物ばかりで、あまり御座いません。
山を越えて持っていくより、飛鳥で準備した方が楽です」
トラックでもあれば話は別ですが。
「そうか。
我々も飛鳥へ戻ろうとすると準備にひと月は必要になるだろう。
いざ移動しようとすると、荷造りだけでなく、人の手配、受け入れ先の準備などやらねばならぬ事は山積みだな」
「出来るだけ同時に行動すべきかと思いますので、いつ難波の施設を閉鎖するか時期が来ましたらお教え下さい。
屋敷へお通い頂いております皇祖母尊様や間人皇女様に対しまして、突然閉鎖しますというのは無礼が過ぎるかと思います。
どの時期に公にして良いか分かりますと幸いです」
「そうだな。分かった。
だが、母上や姉上に糾されたら正直に言って良いぞ。
姉上は無理だとしても、母上にはご一緒頂きたいと思っている」
「間人皇女様も皇太子様が頼みましたら、承諾すると思いますが……」
「流石に皇后に就いた姉上が帝を置いて飛鳥に来ることはあるまい」
「ものは試しです。
間人皇女様が敬愛して止まない皇太子様に御進言しては如何でしょう?」
「まあ言うだけ言っておこう。
其方はいつから行動を開始する?」
「それなのですが、遣唐使船はいつ出航するのでしょう?」
「それが何と関係するのだ?」
「知り合いが船に乗る予定なので、気が気でないのです。
それを見届けずに飛鳥へ舞い戻るのは心残りなので」
「確か、明日か明後日ではないかな?
唐での処遇や、行き先、配置、などを振り分け終わり、今は唐の文化風習を覚えるための研修中だ。
もうすぐ終わると聞いている」
「ありがとうございます。
ではそれを見届けましたら、飛鳥に戻りまして建設予定地を決め、屋敷の建設までの段取りを取り決めます。
恐らく十数日あれば片付くと思います」
「その辺は流石だな。
頼りにしているぞ」
「はい、承りました」
どうやら私の難波での生活もあと僅かみたいです。
きっとゴタゴタとするんだろうなぁ……。
いよいよ孝徳帝と中大兄皇子との全面対決です。
勝負に行方の鍵を握るのは……?
バレバレですね。