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真人クンの渡航の理由

フラグ回収作業回。

 ※第190話『必ず帰ってくるおまじない』直後の場面(シーン)です。


 真人クンと麻呂クンは難波へと行ってしまいました。

 私も一緒に難波へ行こうか考えましたが、中臣氏の宮が閉鎖になった後の後始末が残っていますし、額田様からひと月のお休みを仰せつかってますので、今帰ったら大目玉です。

 とにかくひとまず何よりすなわち与志古様にご挨拶ですね。

 今、横に居られますが……。


「かぐやさん、お見送りしてくれてありがとう。

 少しお話ししたいけれども良いかしら?」


「ええ、はい。もちろん」


 私達は中臣氏の宮へと入っていきました。


 ◇◇◇◇◇


 相対して座ると与志古様の目は赤く、涙を堪えていたのだと分かります。

 目尻の涙を拭うと、与志古様は話し始めました。


「本当は今からでも追いかけて、真人を止めに行きたい気持ちもあるわ。

 唐へ行くのは本当に危険な航海だそうなの。

 今は新羅と百済が争っている(※)から、今回は陸から離れた航路を取ろうとしているみたいなの」

 (※ 百済と新羅は城を奪ったり奪い返したりして争いの真っ最中でした。もう一つの国、高句麗は唐とガチ戦争状態。新たに即位した唐の帝・高宗は新羅と手を組み、高句麗に対抗しようとし、新羅は唐と組み百済を攻め滅ぼそうとしていた時代です)


 ああ、朝鮮半島に沿って船を進める北寄りの航路と、沖縄経由の東シナ海突っ切りコースのどちらが安全かと言われれば、圧倒的に前者ですよね。


「だけど、真人はこのまま大和国に居るほうがもっと危険なのかも知れない。

 だから、本人が行きたくないと言うなら、私は共に上野国(こうずけのくに)へ行って真人を護ろうかとも考えたわ」


「危険って、何があったのですか?」


「今は表立っては何も無いわ。

 ただ、額田様が皇女様を産んだでしょ?

 それをきっかけに継承問題が再燃しているのよ」


「継承問題?

 ……真人様は関係御座いませんよね?」


「私や鎌足様がそう思っていても、そう思わない方がいらっしゃると言うことよ」


「そんな……」


「貴女が知っての通り、真人は私が軽皇子様の夫人だった時に生んだ子です。

 だから今の帝の血を継いだ皇子という事になるわ。

 私が鎌足様に親子共々下賜されたとき他にも皇子様がいらしたのだけど、次々に亡くなって今は十歳になる有馬皇子様が帝の長子なの。

 十一歳の真人を除けばね」


「それで年齢を……。

 では真人様は皇子様として命を狙われるのですか?」


「真人は鎌足様の実子。

 表向きはそうなっているわ。

 女帝だった皇極帝の元、後宮の中がどうなっていたかなんて誰も知らないもの。

 だけど名門・阿部氏の流れを汲む有馬皇子を擁する勢力にとって東国氏族の車持の流れを汲む真人はずっと邪魔な存在だったの」


「それで臣下降籍したというわけですか?」


「ええ、鎌足様は帝に恩を売る事で鎌足様自身の保身を図ることが出来るし、私は真人を護ることが出来たの。

 帝にしても私と真人をむざむざ死なせたくないと思ったのかも知れないけど、今となっては分からないわ」


「ならばそのままで宜しいのではないのですか?」


「もし順当に帝の地位を継承するのであれば真人に出番なんてありません。

 しかし”順当でなくしたい人”が居るなら、話は別です。

 自らの権力のため邪魔となる皇子を亡き者とする事はここ数十年、嫌というほど行われているの」


 すごく回りくどい言い方をしているのは、個人の名前を出さないためなのでしょう。

 予想は出来ますが敢えて聞かない方がいいでしょう。


「では真人様に目を付けた方から逃れるためには唐へ行くしかなかった、という訳ですか?」


「それしかなかった訳ではありません。

 真人がそれを望んだという事が重要だと鎌足様が仰っていました。

 決して命乞いだけが目的ではないの」


「真人様はハキハキと答えてましたが、そこまで行きたいと?」


「ええ、二つ返事でした。

 反対する暇も与えてくれませんでした」


「そうなんですか……」


「かぐやさんは真人が唐へ行きたいと思った理由は分かります?」


「え、国博士には唐で学んだ者しかなれないからではないのですか?」


「それは言い訳みたいなものよ。

 あの子は幼い時からずっと貴女の後を追いかけて育ったの。

 その貴女は追いつくどころか、ずっと先を行ってしまって真人は焦っていたように思えるわ。

 唐へ行く話を聞いた時の真人は、これ以外に方法がないと思っていたように見えたの。

 きっと……真人は本気で貴女の事を好きなのだと思うわ」


「そんな、買い被りが過ぎております。

 私はしがない国造くにのみやっこの養女にすぎません」


「本当に貴女は……。

 真人の気苦労が分かる気がします。

 しがない(いらつめ)が中臣の紹介を受けて、継承権第4位の皇子様の舎人(とねり)となって、皇后様や皇祖母(すめみおや)様との友誼を得るなんてことは無いのですよ。

 それが貴女の卓越した知識や能力のお陰であるのは誰もが知るところなの」


「はあ……、何か申し訳御座いません」


「貴女はこう言いましたよね?

男子(おのこ)の夢を壊す女子(おなご)にはなりたくありません』って。

 流石、鎌足様が見込んだ娘だと思いました。

 私もよ。

 だから無事帰ってきたら真人……多分帰って来た時は違う名前になっていると思うけど、真人を宜しくお願いします」


 与志古様はそう言って、深々と頭を下げました。


「い、いえ! そんな!

 与志古様、頭を上げてください。

 むしろ私なんて面白みも何もない地味な女になって、見向きもされないかも知れませんが、それでもよければ、どーんと受け止めて差し上げますので」


「ふふふふ。

 貴女の自分に対してどうしてそこまで自己評価が低いのか不思議です。

 でもそこが貴女の良いところでもありますから」


 本当に勘弁して下さい。

 現代の私は大した能力(スペック)を持たない平凡な喪女だったのです。

 与志古様の様な後宮で幹部クラスだったキャリアウーマンでもありません。

 普通のOLなんです。

 大人になって見捨てられるのは私の方というのは謙遜でも何でもありませんから。


 ◇◇◇◇◇


 こうして与志古様から讃岐を後にする際の引き継ぎや後始末を全て終わらせました。

 そう言えば、忌部氏の宮はどうなるのかな?

 難波へ戻る前に秋田様に確認へ行きました。


「秋田様、生え際はご健在でしょうか?」


「姫様、会って早々それはないでしょう?

 姫様こそ向こうでは大変だったと多治比殿から聞きました。

 相変わらず無茶しているみたいですね」


 やっぱ多治比様は秋田様に例の件を言ってたのですね。


「安心して下さい。

 多治比様には謹慎期間、頭を強制的に丸めて頂きましたから」


「それは私にとって不安でしか無いのですが……。

 姫様が常人に推し量れぬ力の持ち主である事は我々一同知っている事ですが、それでも剣を向けられたというのは見過ごす事が出来ない事です。

 多治比殿には二度とこの様な事が無いよう厳重に抗議しました」


「権力の中枢に近ければ近いほど、物騒になるのは仕方がありません。

 皇子様の世継ぎが関係してしまう以上仕方がありませんね」


 私もだいぶスレてきました。


「それに関しまして私が知っている事をお教えしておきます。

 何かの助けになるかも知れません」


「ありがとうございます」


「最近の政の動向として、皇太子様は川原に新たに建設した宮を本拠地として、勢力を伸ばしています。

 中臣様は持ちうる情報網を駆使して、主に東国の氏族を取り込んで味方を増やし、朝廷内の奥深くまで入り込んでいます」


「大海人皇子様はどのようなお立場ですか?」


「大海人皇子様はあくまで皇太子様への恭順の意を示していて、皇族の中でも皇祖母(すめみおや)様もどちらかと言えば皇太子寄りです」


「間人皇女様もお兄様が大事そうでしたから、帝は孤立しているという事ですか?」


「皇后様の話は今初めて聞きました。

 でもそうであるなら、帝は予想以上に追い詰められているかも知れません。

 真人殿が行くことになった二十年ぶりの遣唐使も唐との関係を重視する帝の意を汲み編成されたものです。

 一方、皇太子様は百済への傾倒が激しい事が筑紫国の者の反発を招いている様子があります」


「筑紫国の方は百済が嫌いなのですか?」


「筑紫国の者というより、筑紫国にいる任那の末裔が自分達の故郷を滅ぼした百済に思うところがあるみたいです。

 外交方針が違うお二方で政権を争えばその影響は国内だけに留まらないかも知れません。

 逆を言えば、国の外の者の思惑によって要らぬ争いや、命を落とす者も出るかも知れません。

 くれぐれもお気をつけ下さい」


「分かりました」


「多治比殿は皇子様の臣下だから分かっていても言えない事があります。

 私はここに残り、情報収集して、何かあれば私から便りを出します。

 姫様も何かありましたらご連絡を下さい」


 この先の歴史を多少知っているとは言え、概要(アウトライン)しか知らないので、秋田様の助言は助かります。


「ではこれはお礼です」


 チューン!


 生え際前進、頭頂の薄毛に効く光の玉をプレゼントしました。

 秋田様は心からお喜びになっているみたいです。


 こうして私は難波への帰路につきました。


記録によりますと半島寄りの航路をとっていた5回に渡る遣隋使は難破の記録がありませんが、遣唐使が再開された頃の半島の情勢はとても不安定でした。

しかし半島を避けて薩摩から東シナ海を横断する外洋ルートを通るには、当時の造船技術はあまりに未発達でした。

また一艘に百人以上乗船したと考えると、詰め込みすぎだった可能性も高そうです。

遣唐使船は4艘が船団を組んで航海するのが通常でしたが、全船無事だったのは数えるほどだったとか。


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