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【幕間】真人の決意(2)

前話に引き続き幕間です。

第五章は歴史が動く時期と重なりますので、幕間と称して説明を入れる事が増えそうです。


 (※前話に引き続き、唐へと旅立つ事になった真人クン視点の幕間です)


 今、かぐや様に『行かないで』と言われたら僕の決心は何処かへ飛んで行ってしまいそうだ。

 だって僕が唐へ行きたい理由はかぐや様だから。

 だけど今更引けないし、止めてしまえば僕は今の僕のままなんだ。

 だから僕は自分に言い聞かせた。


『僕は絶対に唐へ行くんだ!』


 ◇◇◇◇◇


 目の前にはますます大人っぽくなったかぐや様が居る。

 もう母上様と並んでも子供扱いされないくらい大人の人だ。


「与志古様、真人様、ご無沙汰しております。

 便りを見まして、居ても立っても居られず、帰って参りました」


 やはり、かぐや様は母上様から教えられてやって来たんだ。

 僕のために難波から来てくれた事が無性に嬉しくなった。

 どうしよう。

 決心が鈍りそうだ。


「もう決まってしまった事なの。

 それに……本人も強く希望しているの」


「そう……なんですか?」


「はい!

 かぐや様、お久しぶりです」


 僕は努めて明るい大きな声で挨拶をした。

 声も外観(見て呉れ)も大人でないのなら、せめてハキハキと応えなきゃ。


「でも、真人様はまだ十一と思いました。

 独りで唐へ渡るのは危険すぎはしませんか?」


「かぐやさん、違うの。

 真人はまだ十なの」


「え? そうなんですか?

 申し訳ございません。

 数え間違えしてしまった様です」


 僕も何故かは分からないけどそうなったんだ。

 唐へは十一歳は入れないって規則(キマリ)でもあるのかな?


「いいのよ。

 それに独りで危険、と言うのも違うの」


「そうなんですか?」


「ええ、物部麻呂殿も同行することになりました」


「麻呂く……様も唐へ?」


「はい! 麻呂殿も僕と一緒に行くと言ってくれました」


 『麻呂殿』と少し大人っぽい言い方で言ってみた。


「危ない……とかは無いのですか?」


「はい! 運が悪ければ死にます。

 でも命を賭けて行く価値はあります」


 ちょっと言い過ぎたかな? と思ったけど、僕の決意を言っておかないと、僕自身が行きたいと言った事を知って欲しかった。

 もしかしたら父上様に命令されて嫌々行く事になったと思われたら格好悪いし。


「かぐやさんが混乱しているから順序よく説明しなさい」


 あ、そうか。

 母上様に言われ、どうして僕が唐へ行きたいのか言っていない事に気が付いた。

 でも正直に言ってしまうのは恥ずかしいから、もう一つの理由(たてまえ)を言っておこう。


「かぐや様。

 僕が以前、高向様の様な国博士になりたいと言ったのを覚えてますか?」


「ええ、まだ阿部倉梯(あべのくらはし)様がここにいらした時、そう言ってましたね」


 やはり覚えてくれていたんだ。

 それだけでも無性に嬉しくなった。


「国博士になるためには唐で学ばなかればなれません」


「そうかも知れませんわね」


「それに唐で一番優れたお坊様の(もと)で学べるかも知れないと聞いております。

 唐で一番と言う事はこの世で一番という事です」


「そうなのかも知れませんが……」


「僕は唐でたくさん学んで必ず帰って来ます」


 どうだろう?

 かぐや様は納得してくれたかな?


「真人様だから言ってしまいますが、私は真人様には唐へ行って欲しくないという気持ちが御座います。

 だけど男子(おのこ)の夢を壊す女子(おなご)にはなりたくありません。

 だからこれだけは言わせて下さい。

 どんな事があっても必ず生きて帰って来て下さい」


 やはりかぐや様は僕が唐へ行くのは反対だったんだ。

 何だかすごく嬉しい。

 しかも僕の事を『男子(おのこ)』と大人扱いしてくれるのがもっと嬉しかった。

 だから僕は男らしく、はっきりとした声で答えた。


「はい! 分かりました。

 必ず無事帰って来ます」


 ◇◇◇◇◇


 こうしてかぐや様から唐へと行く事を納得して貰ったんだ。

 でももしかぐや様に『やはり行かないで欲しい』なんて言われたら、僕の浅はかな決心は簡単に揺らいでしまうだろう。

 だから次の日、かぐや様が来ても顔を合わさない様にした。

 その次の日も、そのまた次の日も……。

 そうして僕たちが、唐へ向かう前に手続きや向こうへ行くための準備などをするため、難波宮へ向かう日がきた。

 僕と麻呂君とお付きの者達、そして護衛がこれから難波へと出発する。

 母上様とかぐや様が見送ってくれた。


「真人クン、いよいよ出発だね」


「うん……」


 ……何て言えばいいんだろう?


「無事に帰ってくるって約束を忘れないでね」


「うん……」


 ……忘れるはずないよ。


「麻呂クン、病気しないでね」


「うん」


「はい、これ。二人に」


 そう言ってかぐや様は僕達に扇子を渡した。

 何故扇子なんだろう?


「これは?」


「必ず帰ってくるというおまじないを書いた扇子よ。

 この歌を書いた紙を持っていると逃げ出した猫も帰ってくるそうよ」


 疑問に思って聞いてみたら、かぐや様らしい答えが返って来た。

 猫かぁ……。

 今の僕は大人になったらかぐや様から見たら、子供か猫の様なものなのかな?


「何だよ、それ!」


 麻呂君が僕の代わりに文句を言ってくれた。


「おねーちゃん」


「なに、真人クン」


「必ず帰ってくるから」


「うん、待ってる」


 子供なら子供でいい。

 昔の様にかぐや様を呼んだ。

 今度帰ってくる時にはきっと……。


「扇子のお礼は何がいい?」


「そうね……花がいいな」


 花?

 唐に花ってあるのかな?

 あったとしてもどうやって持ち帰るのだろう?


「帰ってくる前に萎れちゃうよ」


「花を本に挟んでおくと、花の水分が紙に吸い取られて花の色が長持ちするの。

 押し花っていうの」


「そうなんだ。

 おねーちゃんはやっぱり物知りだね。

 珍しい花を持って帰るからね」


 かぐや様は大人になっても変わらないな。

 貴重な書に花を挟むなんて考えた事もなかった。

 よし! たくさん持って帰るよ。

 唐なら珍しい花がたくさんあるかも知れない。


「う……ん」


「オレもお礼を持って帰るよ。

 かぐや様、何がいい?」


 すると麻呂君も僕と同じ様にお土産を聞いた。


「うーん、そうね。

 じゃあ珍しくて綺麗な貝殻をお願い」


「分かった。

 絶対持ってくる。

 真人殿もオレが守るから安心してくれ」


 悔しいけど麻呂君は護衛の人達と毎日稽古して、剣の腕前がすぎく上達している。

 僕も麻呂君が稽古を始めた頃、一緒にすれば良かった。

 そうすればかぐや様とも一緒に稽古できたのに。

 ……今更だけど。


「うん、分かった。

 でも心配が倍になりそうよ」


「ひどいっ!」


「あはははは」


「では行って来ます」

「じゃあ、行くぜ」


「じゃあ、元気で」


 僕達はかぐや様に手を振って別れを告げ、難波へと出発した。

 頂いた扇子を開くと、そこにはかぐや様の綺麗な字でこう書かれていた。


 『たち別れ 因幡の山の峰に生ふる 松とし聞かば今帰り来む』


 何て綺麗な歌なんだ!

 かぐや様は歌は得意ではないと言いながら、時々誰も知らない名歌を披露する事がある。

 もしかしたらかぐや様本人が詠ったのかも知れない。

 でもそんな事はどうでもいい事だ。


 こんな風に大人のやり取りで歌で自分の気持ちを告げる事があると、多治比先生は教えてくれた。

 かぐや様に碌に返歌もできない子供の僕はまだまだ未熟なんだ。

 帰ってくる時は、かぐや様が驚くくらい大人になって、立派になって……。


 絶対にかぐや様に相応しい(おとこ)に僕はなるんだ!



 (幕間おわり)

 『たち別れ 因幡の山の峰に生ふる 松とし聞かば今帰り来む』

この歌は古今和歌集に収載された在原業平の歌です。

六歌仙の一人としても有名な巨匠で、後世に与えた影響も多大です。

百人一首にも選ばれておりますので聞き覚えのある方は多いかと思います。



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