真人クンの決心
求婚者(?)に大きな変化が!
知らせは突然やってきました。
『真人が遣唐使の一員として唐へと渡る事になりました』
讃岐との定期便の中に紛れ、与志古様から短い文(木簡)が添えられてました。
え?!
真人クンって……私より5コ年下だから数えで十一だよね?
というと満年齢で九か十くらいだから小学三年生か四年生だよね?
それで遣唐使って出来るの?
頭の中は混乱です。
もしかして遣唐使船を見るだけとか、
もしかして遣唐使をケントー中とか、
もしかして真人って割とたくさんある名前だから、実は真人違いとか。
でも与志古様がその様な事をわざわざ木簡にして知らせるわけがないし……。
現代だったらスマホで簡単に連絡できる内容でも、飛鳥時代で難波と大和は山を隔てた遥か遠くです。
ちょっと聞きに行く事も出来ません。
手紙で聞くにしても、何て聞けばいいの?
危ないから止めて〜! とか、
今すぐ結婚するから思い止まって〜! とか、
実はドッキリじゃないよね? とか。
便りの真偽が気になって、気もそぞろで細かい失敗が続いて、とうとう額田様から言われてしまいました。
「かぐやさん、最近様子がおかしいけどどうしたの?
このままでは皇后様や皇祖母様に取り返しのつかない失礼をしてしまいそうで心配よ」
「申し訳御座いません。
故郷からの便りで心配な事がありましたので……」
「そうなの。
では、私から皇子様に言っておきますので、貴女は讃岐へ戻りなさい」
「えぇ! 解雇ですか!?」
「違うわよ。
貴方を手放す筈がないでしょう。
一昨年から殆ど帰っていないのだから、ひと月暇をあげます。
心配事を片付けてきなさい。
それに貴方!
この二年間殆ど休んでいないでしょ?
働きすぎよ!」
過酷な飛鳥時代で過酷な労働環境を指摘されてしまいました。
確かに働き詰めだった様な気がします。
OLやっている時はこんな事は無かったのに、何故なんでしょう?
従業員には休みをあげる代わりに、シフト調整のしわ寄せを全部自分で抱えてしまうなコンビニの雇われ店長みたいな事をやっていたからかな?
でもこのままでは大失敗する未来しか見えないですし、気になって仕方がないので、額田様のお言葉に甘えることにしました。
一応、大得意様の間人皇女様と皇祖母尊様にはひと月、暇を貰い、讃岐へと帰る旨をお伝えしました。
間人皇女様からは
「早よぅ帰って来てたもぉ〜」と言われ、
皇祖母尊様からは
「建が寂しがるのう」としんみりと言われてしまいました。
建皇子は何も言わず、押し黙ったままですが、不機嫌そうです。
ごめんね。
◇◇◇◇◇
さて、いよいよ出発です。
引き継ぎも何とかしました。
従業員教育は完全ではありませんが、それぞれ専門家を育成しました。
二人づつ。
交代枠もバッチリです。
今回は難波に残って貰う人が多いので、讃岐に同行するのは源蔵さんと護衛さんだけです。
そしてもう一人、頭の眩しい多治比様が一緒です。
「忘れているかも知れないけど、私は君の監視役だからね」
うーん、足手まとい様お一人追加ですね。
今回のメンバーは体力自慢(私を含めて)が三人。
多治比様のひ弱な体力ではついて来れないと思います。
後で来て下さいと言いたかったのですが、その結果、山賊や狼の餌食になったのでは目覚めが悪いので、仕方が無く連れて行くことにしました。
丹比で一泊するので、その前に髪の毛を復活させておきました。
流石にお父様を驚かせる訳には参りませんからね。
丹比ではいつもの様にお刺身に舌鼓を打って、いつもの様に嫁に来ないかスカウトされて、いつもの様にお礼して出発しました。
お父様が嫁に来ないかと言った時、多治比様のお顔が引き攣っていたのに気が付きましたか?
道中、多治比様には申し訳無いのですが、休みなしの強行軍でした。
讃岐に着いた時には、膝をついてしまわれましたが、本当は昨日着く予定だったのですから仕方がありません。
多治比様を屋敷に押し込んで、私達はお爺さんお婆さんの待つ家へと帰りました。
「ただいま帰りました」
「おぉ〜、かぐやよ。
皇子様とはしっぽりな仲になったのか?」
帰って早々、お爺さんの不適切にも程があるセクハラ発言です。
「ご安心して下さい。
先の帝様と一緒に蒸し風呂に入る仲になりました」
嘘は言ってません。
「おおおおお!
いよいよ帝とご親戚になるのか〜。
夢の様じゃ」
「はい、夢です。
先の帝は女性なので結婚は出来ません」
「なんじゃぁ〜。
女性でも構わぬ!
押し倒すのじゃ〜!!」
いきなりLGBT肯定派になったお爺さん。
帝を押し倒したら、その場で首チョンパです。
無視、ムシです。
「母様、只今帰りました。
すぐに与志古様のところへお話に参ります」
「何か心配事かい?」
「はい……、後で話します」
「そうかい。
こんなに急いで帰って来るなんて余程心配だったんだね。
行って来なさい」
「はい」
先触れは出しておりませんでしたが、飛び込みで中臣氏の離宮へ行きますと予め分かっていたかのように通してくれました。
通された客間で暫く待っていますと、与志古様と真人クンが来ました。
「与志古様、真人様、ご無沙汰しております。
便りを見まして、居ても立っても居られず、帰って参りました」
「心配掛けてしまってごめんなさいね。
でももう決まってしまった事なの。
それに……本人も強く希望しているの」
「そう……なんですか?」
「はい!
かぐや様、お久しぶりです」
久しぶりに聞く真人クンの声です。
まだ声変わりをしておらず声は子供ですすが、ハキハキした物言いは真人クンの成長を物語っております。
「でも、真人様はまだ十一と思いました。
独りで唐へ渡るのは危険すぎはしませんか?」
「かぐやさん、違うの。
真人はまだ十なの」
「え? そうなんですか?」
私は頭の中で真人クンと初めて会った時からの年月を数えましたが……あれ?
やはり十一の様な気がします。
でも与志古様がわざわざ言うのは何か理由があるのかも知れません。
「申し訳ございません。
数え間違えしてしまった様です」
「いいのよ。
それに独りで危険、と言うのも違うの」
「そうなんですか?」
「ええ、物部麻呂殿も同行することになりました」
えぇぇぇ!!
私は心の中で絶叫しました。
「麻呂く……様も唐へ?」
「はい! 麻呂殿も僕と一緒に行くと言ってくれました」
ちょっと待って!
遣唐使って船に乗って唐、つまり中国まで行くのですよね?
船ってひっくり返れば沈没するし、天気次第で何処へ進むのかもあやしくない?
この時代の航海技術ってどうなの?
「危ない……とかは無いのですか?」
「はい! 運が悪ければ死にます」
そんな、真人クン。
そんな物騒な事をハキハキと答えないで。
「でも命を賭けて行く価値はあります」
そうかも知れないけど、おねーさん心配で堪んないよ。
「ほほほほ、かぐやさんが混乱しているから順序よく説明しなさい」
「はい、母上様。
かぐや様。
僕が以前、高向様の様な国博士になりたいと言ったのを覚えてますか?」
「ええ、まだ阿部倉梯様がここにいらした時、そう言ってましたね」
(※第79話『幼女が語る同化政策と帰属意識』参照)
「国博士になるためには唐で学ばなかればなれません」
「そうかも知れませんわね」
「それに唐で一番優れたお坊様の下で学べるかも知れないと聞いております。
唐で一番と言う事はこの世で一番という事です」
「そうなのかも知れませんが……」
「僕は唐でたくさん学んで必ず帰って来ます」
目がキラキラしている真人クンを見ていると、何故か”あの人”を思い出させます。
本当は反対したいけど、反対出来る雰囲気ではありません。
だけど……。
「真人様だから言ってしまいますが、私は真人様には唐へ行って欲しくないという気持ちが御座います。
だけど男子の夢を壊す女子にはなりたくありません。
だからこれだけは言わせて下さい。
どんな事があっても必ず生きて帰って来て下さい」
「はい! 分かりました。
必ず無事帰って来ます」
「本当に?」
「はい、必ず!」
まさか真人クンがここまで前向きだとは思いませんでした。
もし真人クンが嫌がっている様であれば、難波へ連れ出してしまおうと考えていた私がバカみたいです。
讃岐にはひと月いる予定なので、真人クンや麻呂クンとじっくり話をしましょう。
遣唐使船が無事に帰れる確率はだいたい7割でした。
つまり3割は……だった訳です。
遣唐使船は複数の船で行くのですが、どの船に乗るかで運命が別れたりします。
正にDead or Alive.
命懸けの航海でした。
もっとも半島の情勢が不安定になってから、半島沿いの航路が使えない事も大きく関係しております。




