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【幕間】鎌足の焦燥・・・(8)

この作品には不適切な台詞が含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本小説の特性に鑑み、飛鳥時代当時に表現をあえて使用し執筆しております。


テロップ多様の『ふてほと』、次回最終回ですね。

(前話に続き、鎌足様視点の幕間です)


『白痴』などと軽(※ 孝徳帝の即位前の皇子名)らしい年号となった今年、念願の宮が川原の地に完成した。

(※あくまで個人的な意見です)


 五年前、巨勢徳太が蘇我氏の屋敷を攻めた時の兵を想定して造られた宮だ。

 火矢を放たれても燃えぬ土作りの真っ白な外壁。

 異変をいち早く察知するため、高くそそり立った五重塔。

 敵兵を足止めする一際(ひときわ)高い塀。

 半年は持ち堪えるであろう食料の貯蔵。


 失火対策も万機を喫した。

 屋敷の至る所に水桶を用意し、ボヤの段階で消化できる様にした。

 逃げ場のない間取りを無くし、宮のどの場所に居ても逃げ場がなく閉じ込められる事はない。

 庭には池を造り常に水を蓄えておいた。

 ……要はかぐやの提案の通りにしたのだが。

 また唐の書に記載されていた漏刻とい時刻を正確に測る絡繰(からくり)を作らせている。

 まだ完成には至っていないが、目的は宮の中に水を常時引き込むためだ。

 失敗したところで一向に構わん。


 建物は万全だ。

 問題は人材の方なのだ。

 二年前、皇子宮が火事になったというのに動けた者はたったの五人だった。

 他は屋敷の中の調度品を盗み逃げ去った。

 宇麻乃(うまの)の話では逃げた者はほぼ全て絞首の刑に処したという話だ。

 その事はどうでも良いが、問題は宮にいた者がその様な者ばかりだったという現実だ。

 認めたくはないが、葛城皇子は人望が薄い。

 理由は皇子の猜疑心の強さにあるのだと思っている。

 皇太子となる前からずっと蘇我に命を狙われ続けて、皇太子となった今でも変わらない。

 人を頼らぬから独断専行が多くなり、結果として振り回される者達は次第に離反していくのだ。


 皇子だけでない。

 私もだ。

 私は能力主義なところがあり、無能を許せない性格(たち)な故、使えぬと思った者をバッサリと落としていく。

 ついてこれたのは宇麻乃(うまの)くらいだ。

 だが宇麻乃(うまの)は衛部の者であり、部下であっても家臣では無い。


 皮肉な事に、なまじ出自の家柄が良いだけで気位が高く大して使えぬと讃岐へ左遷した舎人共は見事に成果を残している。

 かぐやの指導力の高さを思い知らされる話だ。

 この様な事ならかぐやを大海人皇子に頼らずに、私が舎人として迎えるなり、娶ってもよかったかも知れぬ。


 しかし今になって愚痴を言っても始まらん。

 出来ることからやっていくしかあるまい。

 まずは派閥工作だ。

 蘇我を討つ時に倉山田殿を味方に率い入れた様に、帝派を切り崩していくのだ。


 大和国はガチガチに派閥が固められているので後回しにせねばなるまい。

 今は亡き内麻呂殿も帝に表向きの恭順の意を示しながらも、新しく制定した冠位には従わず、以前の色の衣を身に付けていた。

 改革を主導する側になりながら自分達の既得権益は譲るつもりが無い。

 融通が利かず、平たく言えば石頭なのだ。


 筑紫国は百年以上昔に大きな戦があり、表向きは恭順の意を示しているが、人の感情というのは容易くは変わらぬ。

 反帝派として取り込む余地があるだろう。

 河内国と摂津国は難波京への遷都に伴う負担から帝に対する不満が溜まっている。

 私にとっても摂津は庭場(テリトリー)だ。

 思う存分刈り取らせて貰おう。


 そして一番の狙い目は東国だ。

 愚か者の軽は夫人だった与志古を私に下賜したが、それによって車持氏をはじめ東国の氏族の心象を著しく傷付けた事に気が付いておらぬ。

 恐らく、宮育ちの外界を知らぬ不勉強(アホ)な軽は、東国を遅れた国として見下しているのだろう。(※あくまで個人的な見解です)


 だが、中臣氏は東国に関連(コネクション)があるからよく知っている。

 東国には大和川とは比較にならぬ大河が流れていて、豊富な水のおかげで作物がよく育ち民の数が多い。

 民の数が多いという事はその地を治める者の力も強大になるという事だ。

 更に任那の住民が移民して定住した結果、中央と遜色がないほどに栄えているのだ。

 与志古の伝手を最大限に利用するとしよう。


 こうして我々の帝に対する切り崩し工作は始まった。


 ◇◇◇◇◇


 約一年後、私は上毛野氏かみつけのうじを始めとして東国の氏族の取り込みに成功しつつある。

 上級官僚とまではいかないが、中級官僚に多く東国出身者を送り込んだ。

 そのために官庁組織を再編成し、役職を増やしたのも功を奏した。


 そんなある日、阿部内麻呂殿の嫡男から連絡が入った。

「石綿という繊維から出来た燃えぬ布が手に入ったので献上したい」と。


 私も燃えぬ布とやらに興味を覚え、葛城皇子も是非とも呼び寄せよと仰せなので、川原の宮に招くことにした。


「其方が内麻呂の嫡男、御主人(みうし)か?」


「は、亡き父に代わり阿部倉梯氏の長を引き継ぎました阿部倉梯御主人に御座います」


 葛城皇子の問いに、内麻呂殿の嫡男はハキハキと応える。

 以前見た時は頼り無さげな子供であったが、久しぶりに見る彼はしっかりと自分というものを持った青年に成長していた。


「この燃えぬ布の原料となる石綿はどこで見つけたのだ?」


「阿波国の山中にて見つけました」


「よくそのような辺鄙な場所にまで探しにいったものだな」


「亡き父に石綿探しの命を受け、筑紫国、肥国、越国を歴訪し、忌部氏の協力を得てようやく見つけることが叶いました」


「余のためにそこまで尽くしたものは、中臣氏を除き他にはおらぬ。

 其方の働きに対し十分な対価、待遇を与えよう。

 実に見事(あっぱれ)であった」


「有り難きお言葉、勿体無く存じます」


「しかしその前に、その布が誠に燃えぬ布であるか確認したい」


「それは当然の事かと存じます。

 是非ご存分にお調べ下さい」


 倉梯の言葉には揺るぎのない自信に満ちている。

 では思う存分に試させてもらおう。

 焚き火を用意し、布を投げ入れた。

 しかし何時まで経っても布に変化は訪れない。

 火の中から布を棒で掬い取ってみたが煤で汚れただけで、微塵も燃えていなかった。


「確かに燃えておりませぬ」


「ほう、この目で見るまで信じられなかったが誠に燃えぬのであるな。

 だが少し味気ないではないか?

 この布を染めることは出来ぬのか?」


 皇子の問いに倉梯は胸を張ってこう答えた。


「恐れながら。

 例え墨で汚したとしても火にくべますと、布は燃えず墨だけが燃え、模様が消えてしまいます


 もしかしたらこれは火乾布と言われるものではないか?

 書に書かれていたのを見た覚えがある。

 まさかそれが実在するなどとは……。


「なるほど。

 燃えぬ布とは我らが予想を上回る代物らしい。

 それだけに貴重だ」


 皇子は有りもしないと思っていた火鼠の衣が手に入ったことを思いの外、気に入ったようだ。


「阿部倉梯よ。

 其方の働き、しかと心得た。

 して望む役職はあるか?

 できうる限り叶えてやろう」


 皇子の言葉は私にとっても有り難い。

 有能な人材は是非とも引き入れておきたいのだ。

 しかし彼の返答は私の期待とは違っていた。


「恐れながら。

 私は未だ若輩の身に御座います。

 約二年間、倉橋の地を留守にしておりますれば、まずは亡き父に代わり倉橋の地を平定することより始めたく存じます。

 また若輩者には若輩者らしき役職から始め、経歴を積み重ねることが今後の糧となりましょう。

 出来ますれば倉橋に近い飛鳥の地に役職をお与え頂けますれば幸いに御座います」


 高官は皆、難波京へ行ってしまっている故、飛鳥京に居るのは下級官子ばかりだ。

 欲がないと言えば聞こえが良いが、我々の傘下に下ることを拒否しているとも思える。

 気のせいかも知れぬが、彼の目が私に対して鋭い視線を向けている様に思えた。


 だがこの時、御主人(みうし)がとんでもない思い違いをしていることに私は気づいていなかった。



 (つづく)


社会科の教科書では645年の乙巳(いつし)の変以降、中大兄皇子と藤原鎌足が中心となって大化の改新を推し進めたと記述されておりましたが、あくまで日本書紀にそう記述されているのであって真実は違うだろうというのが最近の通説となっているみたいです。

本作は、大化年間での改新は不完全なもので、後の世の危機的状況に危機感を覚えた偉人達が新しい秩序の構築を成し遂げたものであるという考えの元、構成されております。

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