多治比嶋の謝罪……?
カタルシス成分、注入!
……しました?
かぐやコスメティック研究所、略してKCLは本日も営業中です。
とは言え、お得意様はまだまだ年初の儀が続いておりますので、来客は殆どありません。
昨日、間人皇女様が
「お化粧してたも~」
と駆け込みでやって来られたくらいでしょうか。
なのでスタッフの皆さんには休みを与えて、私も現代の一人暮らしに戻った様な生活をしています。
自分の食事を自分で用意して、余暇を趣味(の書)で過ごす健全な生活です。
成り行きとはいえ、ほぼ休み無しのブラック企業化していましたから。
おコタでマッタリとしてしていますと護衛さんが来て来客があると伝えてきました。
ちなみに讃岐から一緒に来た護衛さんはずっと一緒ですが、VIPが来客としてくる様になってからは護衛さんを増強しました。
前帝と皇后様ですから、一人二人では全然足りません。
KLCで一番人数を割いているのは護衛さんと言っていいでしょう。
「分かりました。
すぐに参ります」
門まで行くとそこには謹慎中の多治比様がいらっしゃいました。
最近忘れがちですが、『竹取物語』では石作皇子の可能性のある方です。
今後の立ち回り方を含めて、対策を考えた方がよいかも知れませんね。
「やあ、かぐやさん。
お見舞いとお詫びに来たのだけどいいかな?」
「それは構いませんが、付きの者たちには休みを与えておりますので大した持て成しは出来ませんですよ?」
「いや、詫びに来てまで持て成しを期待するほど、私は非常識じゃないよ」
「では、どうぞ」
私達が中へ入ろうとすると一緒に来た護衛さんが呼び止めました。
「恐れながら。
中へ剣のお持ち込みはご遠慮されたく、お預かり頂きたいのですが」
「あ……ああ、そうだね。
それじゃ預かってくれ」
多治比様は一瞬怪訝そうな表情を見せましたが、思い直すかの様子で剣を外して、護衛さんに渡しました。
多分、護衛の隊長さんが私の怪我の理由を知って、護衛全員に連絡したのだと思います。
多治比様を客間へ通すと、自分で飲もうとしていたタンポポコーヒーと保存用の焼菓子を出しました。
「すみません。
自分用にしか用意していなかったのでこれしか無くて……」
「いや、構わないよ。
というか、構わなくていいよ。
まだ怪我が癒えていないから、君が動き回っているとこちらが恐縮してしまう」
「分かりました」
私は多治比様の前に座り、自分用のハチミツとミルクの入ったタンポポカフェオレを口にしました。
「歌の催しの時にも思ったけど、暫く見ないうちに変わった物が増えたよね」
「そうですか?」
「畳って言うんだっけ?
今私が座っている堅いゴザもそうだし、君が飲んでいる飲み物も初めて見るよ」
「そうですね。
こちらに来てから二年間、額田様にとって最上と思われる物を取り揃えようと奔走しましたから。
その間、この地に不慣れな私のために多治比様には大変お世話になりましたおかげで、充実するようになりました。
改めてお礼致します。
ありがとうございました」
「いや、止めてくれよ。
さっきも言ったように私は詫びに来たんだ。
その様な態度を取られると困ってしまう」
「そう仰いましても、多治比様に何か非があったわけでも御座いませんでしょう?」
「だけとね、何かあったら私が守ると言いながら何も出来なかったじゃ無いか」
「あー……そう言えばそう仰ってましたね。
申し訳御座いません。
期待していませんでしたので、聞き流しておりました」
「くっ……。
それはそれで傷付くね」
「仕方がありません。
初めて難波に来た時に途中でへばってしまっているお姿を見ていますので」
「まあ、そうだけどね。
それにしたっても、もう少しあの場にいた私の事を非難してもいいんじゃないかな?」
「斬りつけた方には思うところは御座いますが、もう解雇になったと聞いています。
それに私自身、苦情対策に失敗したと思っております。
もう少し答え様はあったはずです。
少し大人げなかったと反省すること仕切です」
実際に総務のお仕事なんてそんなものばかりです。
理不尽だからやらないと言っていたら、社内失業してしまいます。
「大人げって……、まあそうゆう考え方もあるのだね。
だけど、斬りつけた者と同様に私は君に話せと迫った側だ。
彼と大して変わりは無い」
「では多治比様も私に斬り掛かるのですか?」
「いくら何でもそれは無いよ。
だけど彼と同じ側に居たのは事実だ。
皇子様からも呆れられた事だろう」
「何か言われたのですか?」
「いや、謹慎を申し渡すとだけだよ。
お隣にいた額田王からはまるで蚰蜒を見るような目を向けられたけどね」
「ではそちら方面に目覚めたとか?」
「勘弁してよ。
何なんだよ、目覚めるって」
「いえ、私は他人の性癖にとやかく言うつもりは御座いませんので」
「本当に……。
まあ、そんなだからまずは君にお詫びをしたかったのだけどね。
まさか文句すら言って貰えないとは思わなかったよ」
「それは申し訳御座いませんでした」
「いや。
秋田殿には君のことを頼まれていたのに、怪我を負わせてしまって、しかも私は加害者の側に居たのだ。
彼には申し訳が立たないよ。
自分でも情けなくなる」
「ではどうしたら良いのでしょう?」
「私としてはもう少し私達に怒りの矛先を向けてくれた方が気が楽なのだけど、何故こうなってしまうのだろう」
「そうですね……。
この様な言葉がありますが、ご存知ですか?
『争いは同じ水準の者同士でしか起こらない』と。
私にとって件の人は争いに成り得ない方なのだと思って下さい」
「それは面白い言葉だね。
確かにその通りなのかも知れない。
だけど私も彼と同列で、君の遥か格下だと思うと面白くない話でもあるよね?」
「……仕方がありませんね。
少々お待ち下さい」
私はそう言い残して自分の部屋へ戻って、和鋏を取って戻りました。
「この鋏も多治比様のお陰で手に入れることが出来たものです」
「そうなんだ。
それがどうしたんだい?」
私は徐に右腕の包帯をシュルルっと取り外しました。
「これが斬られたときに出来た傷です」
「結構、ザックリと斬られたんだね。
その糸は何かな?」
「あの後、屋敷へ戻った私は針と糸で傷を縫い合わせて出血を止めたのです」
すると多治比様は露骨に顔をしかめました。
「そんな事を……」
「ええ、初めてでしたが、応急処置にしては上手くいきました」
「まさかと思うけど……、いや聞くのは止めておこう。
で、同じ傷を私の腕に付けるのかな?」
「まさかその様な事を」
私は傷を縫い合わせた糸を一つ一つプチン! プチン! と和鋏で切っていきます。
痛いのは嫌なので麻酔の光の玉を当てておきます。
そして全部切り終わったら、糸を丁寧に抜き取りました。
「かぐやさん!
そんな事をして大丈夫なのか?!」
「大丈夫ですよ。
見ていて下さい」
そう言うと、右腕へこれ見よがしに光の玉を当てます。
チューン!
傷は跡形も無く消えました。
「これで多治比様が思い病んでいらした怪我はキレイに無くなりました。
これでいいでしょ?」
呆気に取られる多治比様は何も言葉が出ない様子です。
「多治比様は長らく讃岐にいらしたのですから薄々は知ってらしたよね?
私には斯様な能力が有るって」
「あ、……ああ。
恐らくはそうだろうと。
だけどここまで鮮やかなものだとは……」
「誤解の無いように申し上げますが、この能力は万能ではありません。
制約も多いです。
でもね。
癒やしの力だけではありません」
私はそう言うと多治比様に光の玉を当てました。
チューン!
「わわわっ!」
すると多治比様の髪の毛がスルリスルリと抜けて、ピッカリになりました。
多治比様は抜けてしまった自分の髪の毛を見て狼狽して、自分の頭に手を当てて唖然として、抜けてしまって元に戻らない毛へ視線を戻して呆然としています。
「讃岐で糞尿処理とか開拓作業をしているピッカリ軍団はご存知ですよね?
彼らは元・山賊だったり、不法移民として罪を犯した人達なの。
彼らの(髪の毛の) 生殺与奪権は私が握っているの。
私に斬り掛かった男も本当はどうにでも出来たのですが、あまりこの力を人前で披露したくないのは何故か分かりますよね?」
多治比様は青い顔で頷きます。
「か、かぐやさんは……な、何が目的なんだ?
こんな力を持っているのならどんな事も可能でしょうに」
「ごめんさない、私も分からないの。
私をここへ送り込んだ方は、これと言って具体的な指示をしてくれなかったから」
「ならばどうしたいんだ!」
らしくもなく、少し言葉遣いが崩れていますね。
「別に何も。
私は身の回りの人に幸せになって欲しいの。
讃岐の様に皆んなが幸せになって欲しいの。
だけど、私利私欲のため人を不幸にする者を私は許さない」
「では、我々とも敵対しないんだな?」
「少なくとも皇子様はお手伝いして差し上げたい方です。
額田様は大好きだから幸せになって欲しい。
多治比様は……陰ながら応援してます。
早く良い人を見つけて下さい」
「良い人なんて、この頭では無理だよ」
「その様な頭でも好いてくれる人が宜しいですよ。
罰を与えて欲しかったのでしょう?
謹慎期間はその頭でお過ごし下さいな」
「そんな……、あんまりだ」
「剣で斬られるよりマシですよ。
ほほほほほ」
これで多治比様からは今まで以上に警戒されるでしょうけど、警戒対象に求婚なんてするはずが無いからこれで良かったのではないでしょうか?
そう思いながら、私は屋敷中に高笑いを響き渡らせるのでした。
おーっほっほっほっほ……けふんけふん。
昨日の投稿以来、頭の中で「Burning heart」の曲がずーっと繰り返し再生されています。
何故でしょう?