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殿中で御座る! の後始末

乱暴な映画……ランボウな映画……ランボ……おっと誰かが来たみたいです。

 私が血だらけになって屋敷へと戻ると新春気分の皆さんは騒然となりました。

 私はというと……。

 腕の怪我を光の玉で治療してしまったら後で面倒くささそうだなと考えていたり、斬られた時はさして感じなかった痛みがだんだんと痛みを増して我慢できなくなり一気に治したい葛藤と闘っていたり、勝手に宮を一人で出てきて大丈夫だったかと妙な心配をしたり、自分が斬られた事よりも後始末の事ばかり考えていました。

 とりあえず、痛いのは麻酔の光の玉で和らげました。


 光の玉で治せば完治してしまいます。

 しかし中途半端に治すというのは出来ないわけではないかも知れませんが、練習もなしに出来る気はしません。

そもそもその様な練習はしたくありません。

 仕方がないので外科的に止血する事にしました。


「太い縫い針と絹糸を持って来て!

 あと清潔な布をたくさん!」


 私はオロオロする皆んなに指示を出します。


「針は釣り針の様に曲げて頂戴。

 そうしたら絹糸と一緒に熱湯に浸けて消毒します」


 傷を布で圧迫して止血をしていますが、血が滲み出てなかなか止まりません。

 後で傷口を光の玉で消すとして、とりあえず縫合しておきます。

 昔、ベトナム帰りの兵士(ソルジャー)が出てくるアクション(乱暴な)映画にそんなシーンがあった様な……。


 準備が整いました。

 斬られたのが利き腕ではない方なのが幸いでした。

 ブズッと針を挿して、傷の反対側へと針を通します。


『ゔっ!』


 見ている源蔵さん達の声にならない声が聞こえます。

 針の頭が出たら、それを引き抜きます。

 そして通った絹糸をキツすぎないように結んで貰いました。

 これを五回繰り返しました。

 本当はラジオペンチみたいので針を扱うのでしょうけど、この時代にそんなものはないのでチクチクと手縫いです。

 麻酔の光の玉で痛みは無いとはいえやっている私自身も気分的にかなりキツく、精神鎮静の光の玉を当てて平穏を保ちながら縫合をします。


「姫様ならばこの様なことをせずとも……」


 サポートしてくれた源蔵さんが何か言いたげです。

『いつもの様に光の玉で治してしまいましょう』って。


 私は首を振りながら応えました。


「皇子様の重臣の方の前で怪我をしたの。

 傷跡が無くなると後々が面倒になるので、ひとまずこの様な形で治療しておきます。

 半年位したらきれいさっぱり治すから安心して」


「分かりました」


「折角の新年なのに騒々しくてごめんね。

 私は大丈夫だから、何か新年らしいことをしましょうか?」


「そんな!

 姫様、ゆっくりとお休みください」


「でもね。

 本当だったら跡形も無く治せる怪我をわざわざ治さないだけだから」


「そうは言いましても、血だらけになっておりお帰りになったの姫様を見て、正月気分など味わえるはずもありません。

 宮で何かご面倒な事になったのではないのですか?」


 流石に付き合いの長い源蔵さんにはバレているみたいです。


「面倒と言えば面倒かも知れません。

 だけど大ごとにはならないと思う。

 多分だけど」


「人前だったという事はどなたかいらっしゃるかも知れません。

 怪我人が歩き回ってはせっかくの工作が台無しですのでお休み下さい。

 後ほどお食事を運びます」


「じゃあ、お餅をお願い」


「大怪我されたのですから重湯です」


「えぇ〜」


「早く良くなって下さい」


「はぁーい」


 仕方がないので、怪我人らしくお部屋で休むことにします。

 あーあ、お雑煮作って食べたかったなぁ。


 その後、誰か来るかと思っていましたが、来客は無く一人静かに重湯を啜っていました。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、のんびりと朝食です。

 お得意様の皆さんはお正月は行事で忙しい方ばかりですので、かぐやコスメティック研究所の三が日の営業はお休みです。

 屋敷の皆んなには仕事は最小限にしてゆっくり休む様に言ってあったのですが台無しです。

 皆んな、ごめんね。


 朝餉の席で源蔵さんから昨夜、私の様子を伺いに来た人がいたとの事でした。

 私が治療を済ませて休んでいると聞いて、そのまま帰ったそうです。

 皇子様かどなたがの使いが確認に来たのかな?

 皇子様の宮の中で『殿中で御座る!』をやってしまったので、追って沙汰を待つ気分ですね。

 あ、『宮中でおじゃる!』が正しいのかな?

 源蔵さん達が火消し装束に身を纏って討ち入りする事にならなきゃ良いけど。


 食事をしていると、護衛さんが報告にきました。


「姫様、輿が二つこちらの方へ向かっております。

 恐らくは皇子様と額田様の輿かと思われます」


 予想はしていました。

 何かあった時、先頭に立って物事を解決する今時のCEOみたいにデキる男・大海人皇子ならそうするかも知れないとは思っていましたから。

 やはり皇子様、フットワークが軽いですね。


「皆さん、お休みのところを申し訳ないけど、お持て成しの準備をお願い。

 作りだめの焼菓子(クッキー)を用意して、お飲み物は温かい麦茶で」


 私は皆んなに指示を出して、門の方へと行くと、輿は目前まで来ていました。

 輿が降ろされると中から皇子様が出てきました。


「かぐやよ。

 怪我は大丈夫なのか?」


「はい、お気を煩わさせてしまい申し訳ございません。

 この通り治療を済ませており、大事御座いません」


「其方の事だ。

 無茶をしたのであろう。

 少し話をしたい。

 話が終わったらすぐに帰る」


「滅相もありません。

 御用でしたら私の方から参りますので」


 するともう一つの輿から額田様が降りて駆け寄って来ました。


「かぐやさん。大丈夫なの?!

 動いていては駄目じゃないの?」


「ご心配お掛けして申し訳御座いません。

 この通りピンピンしております」


「そう……、良かった」


「それでは中の方へ。

 大層なお持て成しは出来ませんが、ごゆるりと」


「ああ、邪魔する」


 額田様の個室(プライベートルーム)へと二人を案内して、私は下座へと座ります。


「かぐやよ。

 詳細は馬来田(まくた)と嶋より聞いたが、念の為其方からも話を聞いておきたい。

 昨日の様子を教えてくれ」


「はい、畏まりました。

 昨日、新春の宴の後、馬来田様に呼び止められまして、案内されたお部屋に嶋様をはじめ十数名ほどの家臣の方がおられました。

 そこで十市皇女様が人質として連れて行かれるという噂について問い正されましたが、私は皇子様が仰らない事を申すわけににはいなかないと返答を拒否して、退出しようとしたのですが、その中のお一人が剣を抜いて斬りかかれました。

 その方の名前は存じません。

 馬来田様が取り押さえましたので、馬来田様がご存じだと思います。

 私は治療のため、道具が揃っているこの屋敷へと戻りました」


「ふむ……、大体馬来田の言った通りだ。

 実際に怪我はどうなのだ?

 見せてみよ」


「あまり気は進まないのですが……」


 と言いながら、私は包帯を取って傷を見せました。


「何だ? それは」


「針と糸で傷を縫い合わせて止血しました。

 幼い時から裁縫を嗜んでおりましたので多少の心得が御座います」


「心得があるって……ひょっとして自分でやったのか?」


「え、はい。

 利き腕でなかったのは幸いでした」


「この先、ずっと糸で縛ったままなのか?」


「いえ、今はちょっとした(はず)みで傷が開いてしまいます。

 組織が癒着して傷が開かなくなりましたら糸を抜きます」


 (バタン!)


 額田様のお付きの人が、生々しい話に卒倒してしまったみたいです。


「人を呼びます。

 少々お待ち下さい」


 私はそう言い残して運び手を呼びに行き、三人ほど連れて戻りました。


「それじゃ、お願い」


 気絶したお付きの人を運び出して、会談を再開します。


「申し訳御座いません。

 少々刺激が強かったみたいでした。

 毎月の様に出産に立ち会っておりますと、血とか怪我とかに慣れてしまっていますので」


「かぐやさん、出産した当の私でも少し気が遠くなりそうよ」


「重ね重ね申し訳ありません」


「まあ良い。

 此度の件については、剣を抜いた者は解雇。

 その他の者は当面の間、謹慎とした」


「はい、心して罰をお受けいたします」


「おい、何を言っておる!

 其方は被害を受けた側であろう」


「ですが宮の中で騒動を引き起こしたのは私の対応にも問題があったからです。

 両成敗でなければ、不服も出てくると思います」


「それはそうだが……。

 では向こう一月謹慎とし、宮へ参ることを禁止する。

 いいな!」


「はい、畏まりました」


 要は今まで通りにせよって事ですね。


「だがな、私は其方の行動は間違っておらぬと思っている。

 どれほど優れた者であっても、口の軽い者を私は重用出来ぬ。

 私が最後に頼るとしたら、それは能力よりも口の堅い者だ。

 それにな、其方が無事で良かったと思っている」


「はい、有難きお言葉、感謝致します」


「かぐやさん、また来るからね。

 でも無茶しない様にね」


「はい、承知致しました」


 こうして私は一ヶ月の謹慎と相成りました。


傷の縫合は古代エジプトで行われていました。

701年の大宝律令には医疾令いしつりょうの篇目があり、古代日本においても医療という概念はあったと思われます。

しかし、日本での縫合手術の記録は調べてみましたが見つかりませんでした。

恐らくは消毒の知識のない古代では縫合手術後、必ず化膿(細菌感染)するため、コテで焼く治療(焼灼止血法(しょうしゃくしけつほう))がなされたのではないかと想像しています。

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